ワルツを眺めていたいだけ 3

ツバァイスワー家は、一代限りの男爵家である。

この国では、本来、賜った爵位と共に少しばかりの領地と城をもらい、次代の一代限りの男爵家が現れるまでそれを守る、形だけの名誉職だった。

しかし、ツバァイスワーは違った。

彼は、爵位と100人の騎士をもらい受けた。

城と領地はいらないと一度断ったが、国王陛下から『好きに使って良い。』と笑いながら耕作地ではなくカラバン渓谷とその一帯の森林を賜ったのである。

そんなバントーレ王国で今一番有名な男爵は、隣国の視察団を迎えるために、第一騎士団長等と共に、視察団が飛来するであろう王宮のやり過ぎなくらい巨大で頑丈な第一解錠門前で直立していた。


「まだ来ないんですかねぇ、いい加減飽きてきました。」


「仮にも宰相が、そんな軽口叩かないで下さいよ。」


少数の選ばれた精鋭騎士と、そう疲れたように話す案内役の宰相の隣で、今回の視察団の目的である第九師団長が呆れ顔で嗜めていた。

ひどく気やすい雰囲気の二人だが、それもそのはずで、彼と彼女は正真正銘の親子である。ツバァイスワー師団長の父娘とは違いとても仲が良かった。


「フランソワの良い縁談話でも、溢れ落ちてこないかなぁ。」


「嫌ですよ、同職者は。私の婿には、文官が良いです。」


「そうだなぁ…、良さそうな人がいないか聞いてみよう!」


「よろしくお願いします。」


大規模な見合い会場じゃないんだから。

二人の朗らかな会話に、後ろに控えていた者達が、心の中で盛大にため息をついた。


「騎士だとね〜…うちの顧問より強い男じゃなきゃ、認められないもの。」


楽しそうな声とは裏腹に、フランソワ・リンデル師団長の空気が一気に張り詰めた。

いままで寡黙に佇んでいた男爵も、思うところがあったのかピクリと米神を動かした。

その時、空の一部が歪み、空間が切り裂かれ、潮騒と共に隣国の視察団一行が宙に浮かんで現れた。


「敬礼!!」


彼女の勇ましい声で、バントーレ王国騎士団側のものが一斉に同じ格好をとる。


「お久しぶりでございます、リンデル宰相殿。騎士団の皆様方もお出迎えいただき、感謝申し上げます。」


海原の波の上を歩くような慎重な足取りで、空に作った道と階段を一番に降りてきた男が恭しく頭を下げた。

柔和な笑顔に、爽やかな声を乗せて、シードリャック皇国の第三皇子が挨拶をしたのだった。


※※


そもそもこの国の王侯貴族達が、金を稼ぐことに抵抗が無いのは、主な収入源が税収ではないからである。

この国は、莫大なエネルギー源である雷煌石の産地である。建国の由来でもある。

王侯貴族達の主だった仕事は、国から分配された輸出品による利益を、各々の領地に還元する事だった。例えば、ライフラインの速やかな運営に道路などの整備である。

そして、騎士団への入隊義務である。


世界中のあらゆる機械に使われているソレを、各国へ輸出することで国の国庫の9割が賄われているほどだ。

雷煌石で出来た地盤の上に出来た国だと揶揄されるほどの輸出量を誇るが、逆に言えば下手に掘るとすぐ掘削地となってしまうため、観光施設や商業施設が建てづらい。

加えて、爬虫類系の生き物の一部が、雷煌石の放つ煌炎と言う特殊な光線により生態系に影響を受け、なぜか巨大化および凶暴化した。


この【センプター】と言われる雑食な生き物には、年に2回産卵期があり、その時期はより凶暴化する。

それらは生来の性分で見境なくセンプター以外の動く生き物を襲うため、センプターへの対策費という名の軍事費が跳ね上がり、年々数が増え、学習していくソレらに騎士らの実力も跳ね上げざる負えなくなっていった。

昔は資源を狙われて侵略戦争を仕掛けられた事もあったが、いかんせんその当時より数が増えたセンプターの根城のような国になっている現状では、手を出す前に壊滅だ。

世界会議などで話し合われた結果、近年では隣接している国や被害が深刻な国と共同戦線を張り、軍の応援を送るなど友好的な立場を確保していた。


前提はここまでになる。

つまり大規模なセンプター討伐が年2回ある。そうなると、その年で場所は変わるが僻地へ人がごっそり動く為、その2回の時期は討伐先の地方都市にとっても書き入れ時なのだ。

そして、この時期には石の輸出ができなくなる。掘削地の周辺にセンプター達が好んで産卵用の巣を作るためだ。普段は、岩肌のイカついカラバン渓谷やドバロ山脈に引っ込んでいる。

国の収入が無くなる間、遠征で出費が一年で一番多くなる。

騎士団に割く金に全てを振る為、王侯貴族含め全ての者達が、自分達の生活を自分達で守らなければならなくなるのだ。

つまり、年2回、税金が徴収される。

普段、公共料金や学費等税金は一切徴収していないが、年2回だけこの国民税は一律取られる。そして、これが愛国心を育てることになった。


『バントーレ王国は、何者にも手を差し伸べる。雷煌石の恩恵を、皆に分け与える義務がある。そのかわり、王国に住まう者達に年2回の忠誠を問うとする。愛無き者は、育め。愛を嘲笑う者は、去れ。怠惰な精神は、心身を醜く肥大化し、また崇高な信念は、心身を美しく磨くであろう。我々は世界を護る騎士を誇り、その死すら尊ぶ。全ての民に愛を捧ぐ国であり、全ての民から愛を返される国であろうではないか。』


3代前の皇太子妃の言葉である。

その時、彼女の言葉がただの武闘家であったツバァイスワーの魂を揺さぶった。

そこから一門は、武を磨き、愛国心を育み、今世オリガー・ツバァイスワーの代にして漸くその魂を完全な物としたのだ。


「シードリャック皇国の者が、やけにバントーレと我がツバァイスワーについて語るじゃないか。」


「昔、学院時代に留学してきた奴から耳が痛くなるほど語られたもんでね。お返しに、私もシードリャック皇国の愛を語り返しましたよ。」


「それは…ひょっとして」


背の高い見目の良い二人組の男達が他愛ない会話を楽しみながら喫煙している。

そこへまたノックの後に扉を開けて、喫煙しにきた者が一人。

喫煙所の一角はテラスになっていて、階下にはシードリャック皇国一団を迎えた第一解錠門とその後ろに続く演武場が見渡せた。

今は、数刻前に迎えた一団と共に合同訓練が行われている所である。


「休みじゃなかったのか?お前」


「非番だったけど、第三秘書室の秘書がやらかしたから、緊急の書類運搬で呼び出された。」


「第三秘書室。アイツら次は何やらかした?お前の格好見るに、起きて直ぐきたんだろ?」


「近衛騎士団にも飛び火するから、他人事みたいに笑ってられなくなるよ。」


「お前…それ、誰かの首が飛ぶんじゃないか?」


「さてね。」


女は、いつもは纏めている髪を無造作に下ろして、うんざりした顔で煙草に火をつけた。

煙草と言っても、この世界で嗜まれているものは、ほぼ薬のようなものだった。氣を練る者の昂った気持ちや血流を鎮める効能が主だ。ただ匂いが独特なので、吸わない者の鼻につく。

いつものキッチリ着込んだ平時の制服姿ではなく、訓練着を適当に着崩している彼女だが、普段の隙の無い彼女らしくない服装と髪型に、言われなければ本人とは気づかないくらいだった。


「そういや、アスター。お前の元カレって、コイツか?」


「分かってんなら、今聞くなよ。ユアン、こっち見んな。見たら、あの耄碌した馬鹿が喫煙所ごと私達を吹っ飛ばしかねない。」


「良かった…無視されるような、別れ方してないつもりだったんだけど。感動の再会で、熱烈なハグかますとこじゃないの?」


「「あーもう、ほんとバカ」」


「えぇ〜?」


うちのツバァイスワー男爵は、地獄耳だって散々言っただろうが。

と彼女が言い終わる前に雷が喫煙所に直撃したのだった。

ちなみに、化物兄妹とシードリャック皇国の化物が3人係で必死で城の喫煙所を守り抜いたので、何ものにも傷一つ付かないで済んだのだった。


「今回の視察は、実に有意義でありますねぇ。」


「お恥ずかしい限りです…。」


シードリャック皇国の第三皇子リアンとバントーレ王国の第一皇子ステファンは、リアンの方が3歳年上であるが、とても仲が良かった。そのため、この騒動は彼らの長年の親睦により使節団の報告書からは省かれることになる。

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