ワルツを眺めていたいだけ 2

アスター・ツバァイスワー男爵令嬢が、私の指南役に着いて一年と半年が経った。

彼女が指南役に着いて半年で、最速で法改正されたおかげで、有能で勇敢な女性達の騎士の採用も可能となった。


女性騎士を志願するものはあっという間に増え、母上や姉、妹達からの評判も上々だ。やはり、近衛騎士が男だけというのは少し気疲れしていたらしい。

試験的な運用過程で、舞踏会などの守衛でも貴族間の、特に若い子女からも感謝の声が多い。

まだ慣れない会場で、休憩したい時やお手洗いに行きたい時に付き添ってくれるのが同性だと、それだけで安心感が増すという。それに、忙しそうに従事するメイド達を捕まえるより、気を使う事なく声がかけやすいとも多くきく。

騎士達からも感謝の声が多い。

女性がいる事で、やる気が倍に増えたという。あと婚活しやすくなったと、これは騎士の家族から言われた。


色々な事が良い方向に動き出したが、ちょっとしたトラブルや不便さも見えてきたので、それは今調整していっている所だ。


女性騎士が一応の定員1500人に増えた所で、女性騎士だけで一師団とし、第九師団として新設された。師団長等といった役職等もそれぞれに与え、本格的な運用が始まったのが、つい3ヶ月前の事だった。



※※



今日は、朝から男女合同訓練だったので、視察という名目で、私も朝から訓練に立ち会っている。

今は昼休憩を終えて、午後の訓練の一日目、弓矢の練習中だ。


(同じ服装だが、やはり女性は花があるなぁ。)


訓練着と有事の際の服装は、デザインから武器全て男女共通にしてある。

その方が仲間意識を持ちやすいだろうと、宮廷のお抱えデザインナー達が嬉々として会議で話し合っていた。

代わりに、平時と正装はこだわりにこだわって、男性用までそれに合わせて作り直そうとしたので、慌てて止めた。予算内に収めるのに苦労した。


(活躍次第で、来年から再来年度の予算に衣服代を上乗せして増やせるかもなぁ。)


今日は訓練に参加する事ができないので、所定の場所から用意された椅子に座って、つまらなく騎士団長達から入れ替わり立ち替わり、訓練内容や次期高役職候補、近衛候補の説明を受けていた。

つまらなくも無いが面白くもない内容に、欠伸を噛み殺して、隣に立っていた近衛騎士の一人であるロビン・ツバァイスワー男爵子息に話かけた。


「なぁ、ロビン」


「何でしょう?」


「…私の指南役は、なぜ、この訓練に参加していないんだ。」


「肩書きが増えすぎた為、忙しすぎて訓練に参加する時間さえ取れないようです。ですので、リンデル伯爵令嬢あらためリンデル師団長が業務代行しておられます。」


「…そんなつもり、なかったんだけどなぁ。」


「いや、こうなる未来しか見えてませんでしたけど。殿下、私も同じ屋敷に住んでいるはずの姉に、ここ1月ほど会えていません。」


「奇遇だな、私も1月前から指南されておらん。というか、会えてさえいない。……指南役は、まだ配達人から外せないのか?」


「外せるわけないでしょう。姉の書類回収率、期日内100%ですよ。業務が今以上に滞れば、姉が過労で死にます。」


「…役職着くの、嫌がってたもんなぁ。本人に直接10回断られた上に、最終、男爵の家名で断られたしなぁ……」


「父に頭を下げてる姉を、久しぶりに見ましたよ。…ていうか、二人が話をしているのを久しぶりに見ました。」


「…そうか。」


気安く話すロビンとは、学友でもあった。

彼が中等部に上がった頃から、姉と父親の中が険悪なことは、聞いていた。

拗れた原因を、彼もはっきりと教えてもらえた事が無い為、仲介したくてもできないのが辛いとよくこぼしている。

二人で苦笑いしていれば、音もなく涼やかな声が後ろから降ってきた。


「…私が、『立派な淑女』になったのが、相当気に入らないようですからね。文句は、母に言って欲しいものです。」


耳に馴染んだ落ち着いた声音に、苦笑いのまま振り向いた。

彼女は、ロビンの近くまで歩み寄り、少し慌てる彼を瞳で制した。


(あぁ…今日の彼女も、一部の乱れもない完璧だ。)


指南役に立ってから、いつも編み込みでカチューシャを模したような髪型だ。

前髪を編み込んでいるから、彼女の額にかかる髪の毛も一本もない。

全てを両サイドで編み込んで、三つ編みにし、後ろで左右に交差させてから耳の後ろ辺りで完璧に止められている。白い頸が、よく見える。

まるで、花冠のような愛らしい髪型のはずなのに、彼女からはそんな可愛いらしい雰囲気は滲まない。


そんな彼女が今着ているのは、平時に着る制服だ。

ショート丈のナポレオンジャケット。

深紅のパイピングラインと控えめに輝く金ボタン、嫌そうに付けたであろうあらゆる肩書きを示すリボンの胸飾り。

ハイウエストのタイトなスカートは、膝下15センチとお淑やかな丈である。しかし、シアーな黒タイツと右サイドに入っている深めのスリットが色っぽい。

ナポレオンジャケットのデザインを前に出したかったらしく、スカートはシンプルに、パイピングは入れなかったようだ。

それぞれオーダーメイドのショートブーツは、汚れなく磨きあげられている。

この服装の時は、彼女の現在の業務が配達人である事を示している。


「挨拶が遅れまして申し訳ありません、殿下。」


「ツバァイスワー指南役、忙しい中すまない。貴女と第二師団長との関係は、ロビンから少し相談されていてな…」


彼女の静かな礼を片手で解いて、気まずい顔のロビンをフォローする。

普段あまり表情を変えない指南役が、自身の弟の情けない顔を見て、ふっと溢すように、困り顔で笑った。


「父は、私がする事全てが、気に入らないようでしてね。そんな事より、本日は、配達人として参りました。殿下に、急ぎの書簡です。確認後、ご署名願います。」


いつもの澄まし顔に戻って、私の侍従長に配達鞄を手渡した。

彼女は、書簡を入れる鞄を開ける事ができない。鍵は、それぞれ配達先の責任者が鍵を持っている。

配達人は、運ぶだけ。

本当にそれだけのことだが、配達先が多岐にわたる為、忙しいのだ。


「今日の配達は、これで最後なのか?」


「配達は、これで終わりです。後は、この書簡を陛下付きの侍従長に渡せば、久しぶりの休みを2日間与えられています。」


「休みか…ん?しかし、明日は隣国から第九師団の視察をしに、軍部の視察団一行が来るのでは無かったか?」


「あ〜……」



侍従から受けとった書簡に目を通して、署名をしながら、そう聞けば彼女から聞いたことの無い狼狽えたような声が出てきた。

驚いて顔を上げれば、苦虫を噛み潰した顔で、ある方向から顔を背けている。


「アスター!!お前は、まさか、まだアイツと会っているのか!!?」


「「は?」」


「殿下、ほんと、マジで…間が悪い…」


「「え?」」


第二騎士団から突如響き渡る怒号と、項垂れた指南役から今まで聞いた事が無い崩れた口調に、ロビンと一緒になって間抜けな声が出た。


「なんであの距離で、ここの会話を拾えるんですかねぇ?我が父親ながらに、化け物みたいな五感ですよ、ほんとに…。署名もいただきましたし、殿下、私は配達の任務に戻ります。早急に。」


「えぇ!?いや、ツバァイスワー第二師団長の位置から、ここまで軽く200メートルは離れてるだろう?嘘だろ??」


「ロビン、父に伝言を。『いつまでも蒸し返して、耄碌してんのか?』と。」


「嫌だ、死にたく無い、嫌だ、姉さん行かないで!!!」


「大丈夫だ、お前は誇り高きツバァイスワー、なにより、あの化け物から生まれた一人だ。」


「だいじょばない!!?姉さん、せめて兄さん(もう一人の化け物)呼んできて!!!」


こんなに必死なロビンを見るのは、久しぶりだった。

しかし、指南役の顔色は、何も変わらずに素早く鞄を侍従から受け取ると、迫り来る何かから早々に背を向けた。

私たちの陣営から指南役がさっさと駆け足で離れたと思ったら、第二騎士団団長が、一部の訓練生を連れて、彼女に向けて隊列を組んだ。

よく見れば、訓練生は皆ツバァイスワーの一門である。彼女とも旧知の中だろう。ていうか、訓練生に混じって指導側の高官もいる。


「おい、マジか。」


「模擬戦闘訓練だそうです。」


いや、冷静に何を事後報告に来てるんだよ、第一師団長。訓練を親子喧嘩に使うな、こっちは公務だぞ。


「私達の『師団長』を殺したいなら、あんな小隊ではなく、せめて大隊は持ってきていただきたい所ですわ。」


凛としたハリのある声が、また陣営から零された。ため息混じりの言葉だったが、その顔には愉快そうな笑みがこれでもかと張り付けられていた。


「リンデル師団長は、何を言っているんだ?」


「そういえば、最後まで、アスター嬢を師団長に推していたの、リンデル師団長でしたね。」


「えぇ…いや、えぇ…?」


第一師団長の言葉にさらに戸惑ったが、私の近衛達はその言葉に俄に浮き足立っていた。

まぁ、それも仕方ないのかもしれない。

何せ、あのツバァイスワー達の本気が目の前で見られるのだ。ツバァイスワーの実力を半信半疑で見つめる者達ですら、嘲笑しながらも視線は逸らしていなかった。


「リンデル師団長殿、私は『顧問』です。」


指南役が苛立だしげにリンデル師団長を睨め付ける。確か、リンデル師団長とアスター指南役は、淑女学院で先輩と後輩の間柄だった。なるほど、既知の仲と言うわけだ。


「矢に『込めろ』!放つ前に、弓の状態を『固定』させておけ。少なくとも、10連射はぶっ放せ…あのツバァイスワーの面汚しになっ」


ツバァイスワーの武術。

それは、体の中心から練り出された氣を纏う事で、あらゆるモノを強化する。

古来からある我が国の武術であるが、今のツバァイスワー第二師団長ほど、それを極めた者は今までいなかった。

だから、彼は爵位を賜わったのだ。

その功績から陞爵の話がたびたび上がるが、彼はそれを固辞し続けている。

いわく、『それでは意味が無い』のだと。

後に続く者にこそ、叙勲してほしいのだそうだ。どこまでも、愚直なほど、彼は国と武を愛していた。


「姉ちゃん!俺いる?」


「いらん。」


ロビンのあげた声を、冷めた声が一蹴した。

彼女は、向けられる鏃と殺気にため息をつきながら、鞄を守るように体勢を整えた。

迎え撃つようだ。

空いている右手で、胸元のボタンを上から2つ外して、胸の内ポケットを何やら探っている。

胸元から取り出されたのは、煙草だった。

手早く火をつけて、彼女の妙に色っぽい口元から煙が吐き出される。

そんな所作すら、あぁ…素晴らしい。

やはり、彼女は完璧だ。


「殺せ」


ドスの効いた静かな号令。

ツバァイスワー第二師団長の攻撃開始の合図が、恐ろしすぎた。

普通は、『放て』だろう。

親子喧嘩とか言ってゴメン。

横走りする雷の如く、彼女を切り裂き穿とうとした数十に氣で作りかえられた矢が疾る。

あたりに雷鳴が響き渡る。

その威力を誰一人分散させる事なく、彼女だけを殺す為に、私たちの眼前を一瞬で疾った。


「そんなヌルい殺る気は、逆に殺すぞ…」


指南役から、今まで聞いたことのない物騒な台詞と殺気が放たれた。

せまる殺意を意に返さず、彼女は悠然と笑って、紫煙を吐き出している。


「殿下、明日の為にも、怪我人はいない方が良いんでしょう?」


「無論だ。」


彼女の顔に、ソレが届く事は無かった。

彼女は煙草一本で全て止めて見せたのだ。

吐き出した煙に、氣を練り込み、あっという間に強固な防壁に変えていたから。

空中で止めた一本を手に取り、揺蕩う煙をソレに纏わせ、更に右腕に氣を練りながら強化していく。

なんて、無駄の無い氣の錬成と練度、それにその速さ。


「殿下、『この実演を、一ヶ月分の指南』に変えさせていただきたく思います。それでは、御前失礼いたします。」


そう言うや否や、彼女はその凶悪な一手を、第二師団長目掛けて、なんの躊躇いもなく右手からふり投げた。

先程の雷が稲光だったのかと思えるような、雷豪が地面抉りながら、第二師団長を襲う。

彼も彼で、守りに入ろうとした隊員達に撤退させると、軽く体勢を整えた。


「…どちらがヌルいんだかな」


パンッとその一撃を、彼は拳一つで打ち砕いた。本当に化け物だ。

彼女を振り返れば、もう姿は消えていた。

その鮮やかなやり取りに、誰もが言葉を失った。そして、誰ともなく拍手を打ち鳴らし、気がつけば喝采が起きていた。

これで、二人ともが本気を出していないのだから、恐れ入る。


「学園でも、ロビンの氣の練り方は飛び抜けていたが…お前も将来、あそこまで行くのか。」


「そのつもりではありますが、今はまだ程遠いです。」


そう答えたロビンの顔は、どこか誇らしかった。

皆が盛り上がるなか、訓練は続き、そして終刻となった。

その間、皆が気になりながらも、誰も口にしなかった事がある。


(アイツ、って誰で、なんなんだ?)


誰も、恐ろしくて、聞けなかった。




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