第162話 平和にとだけでは終わらなかった経験

 「ただいま~っ!」

 私が箕崎真衛への謝罪を失敗して間もない内に快活な声が響く。その可愛らしい声色からもこの家本来の住人が帰宅してきたことを示していた。

「おかえり真実。このみちゃん、ゆずはさんも」

「ただいまお兄ちゃんっ、今日は――あれっ、どうしたのリシアちゃんその恰好? すごく似合っててかわいいけど……」

 箕崎真衛に軽く抱き着きながら居間の方に顔を向けた真実が私の存在に気付き尋ねてくる。確かにルリトのお屋敷であれば違和感の無いメイド服も、ここで普段着用しない私が着ているとなれば疑問に思うのも当然よね。

「ああ、これは――」

「人手が足りないと聞いて助けに来たら箕崎真衛に私達だけの秘密という弱みを握られメイド服への着替えを覗かれそうになったあげく、私にしてほしかったらしいご奉仕をさせられたのっ……」

 箕崎真衛の言葉を遮り嘘偽りのない説明を特に真実より遠くのこのみへ届くよう伝えてあげた私。

「っ!? ちょっ――」

「ふ~~ん、どうしていつも説明しなきゃいけない状況下に身を置くことになっちゃうのかなぁ真衛君~?」

「という訳で、用も済んだみたいだし私そろそろ帰るわ……」

「え、えっと、も、もう少し言い方を考えて貰いたかった……ような……」

 箕崎真衛に謝罪の言葉が伝わらなかった八つ当たりの面がありつつも、円香が箕崎真衛をからかう気持ちを少し理解しながら着替え直す為に荷物を纏めて座敷へ向かおうとする。

「そっ、そういえばゆずはさん、どうでしたかルリトちゃんのお家は?」

「っ――」

 えっ、ゆずは達の向かった先って、ルリトの家? すれ違った? いや、そんなことよりも……

「ルリトさんから頼まれていたものは、途中で購入して無事に届けることが出来ました。一緒に添えたクッキーも大変喜んでくださって――」

(ゆずは達は私と同じように、用事があるからしばらく遊べないと、言われたのかしら――――)

「ま~も~る~く~ん~? 露骨に話題そらしてな~い?」

 もし言われたなら、訊ねられた今この場で箕崎真衛に伝えるはずじゃ……いえ、もっと前から既に伝えてたとか? もしかして、遊べないと言われたのは――

「どうしたの?」

「っ……!??」

 真実に声をかけられ、私は再び意識を外へ戻す。

「えっと、急に立ち止まっちゃったみたいだから……」

 ……目の前にいる小さな彼女に訊けば、容易にはっきりする単純なこと。でも、「特に言われてないよ~」などの無邪気な発言が返ってきたら――

「……だいじょうぶ、何でもないわ」

 真実へ小さな笑みを浮かべて再び歩みを進めた。自分で勝手に胸をちくりと刺すような思い過ごしであれば構わないのだけど、悪くはなかった経験の中ちょっぴり複雑な気持ちを秘めたまま、私は水島家を出ることになるのだった――。


            〇 〇 〇


 「結局、リシアさんは何を言いたかったのでしょうかね~マモルさん?」

 リシアちゃんが水島家から帰った直後、リリムちゃんが呟くように訊ねてくる。その言葉は純粋に疑問をぶつけているのか、全てを理解し、あえて聞いているのだろうか……。

「あ、えっと、まあ、その……なんていうか、僕の勘違いじゃなければ――」

「おや、それじゃあまだ伝わってないと思ってるのはリシアさんだけってことでしょうか、それとも……いや~面白いですねぇ~」

 ニヤニヤと笑みを浮かべるリリムちゃんに僕は苦笑いをしつつ言葉を続ける。

「いつかまたリシアちゃんの意思が固まる機会があるのなら、その時お互いに気持ちを確認出来れば僕はそれで――」

 リシアちゃんの去った玄関を見つめながら呟きリリムちゃんへ向き直る僕に、リリムちゃんも表情を戻し――

「ジト目のコノミさんに後ろから睨まれ続けてなければ、もう少し平和に終われた出来事だったのですがねぇ……」

 ――たのは一瞬だけだった。まあ今回はリリムちゃんも証人なのでさらに詳しい弁明がしやすいと思う。彼女が面白がらず真実しんじつを話してくれることだけ願いたい……。

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僕は未熟な心の先生 だきまくら @yamakyou

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