楽園は楽ちんだけど楽しくない!

 本作の魅力はふたつ。

 ひとつは意表を突く展開。もうひとつは主人公のキャラクターである。

 記憶を失くした末松律歌が目覚めた町は、すべてが通販で揃う世界。なんでも買える。しかもすべて無料。何不自由ない暮らし。彼女の周囲には気の合う仲間もいる。
 そのままずっと、そこに住めばなんの苦しみもないのだ。

 だが、律歌はそこに疑問を持った。その楽園のぬるま湯に安穏とつかり続けることを自ら拒否したのだ。

 彼女が動き出すことにより、徐々に明らかになって行く秘密。謎。そして醜悪な人間のエゴ。

 読み進めるうち、ページを繰るたびに様変わりする物語。謎が解かれれば新たな謎が顔を出し、箱を開けば、中から出てくるのはさらに大きな箱。

 これはいったいどうなっているのだと読み進むうちに、読者は未曽有の狂気と驚愕にさらされる。


 とにかく物語の展開がすごい。ラストまで読んで、これ、最後にこうなること分かっていて冒頭とか書いていたのかと思うと、作者の構成力には舌を巻かざるを得ない。
 先が分かっているのに、作者がその場面その場面で読者を欺くことが出来るのは、そのシーン、そのときのキャラクターの心情を1つ1つ丁寧に描写できるからだ。


 そしてその、騙し絵の入れ小細工、開ければ開けるほど大きなって行くマトリョーシカのようなストーリー展開の中で、しっかりと貫かれる主人公・律歌のキャラクター。
 ぶれず、曲がらず、へこたれず。
 かといって律歌は、決して血の通わないブルドーザーのような性格ではない。傷つき、悩み、苦悩する。殴られれば、倒れて気絶だってする。ただし、必ずもう一度立ち上がるのだ。
 その姿に読者は胸を熱くし、心を動かされる。

 本作は、集約するなら、驚愕の展開に瞠目し、主人公の姿に勇気をもらう。そんな作品であるといえよう。

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