幕間 永遠を歌う、君に

幕間 永遠を歌う、君に(第一部完)

 チルドレン十三番『死神』のセツは、近頃すこぶる調子がいい。

 華々しいとはとてもいえないデビューから始まったセツだけど、一度吹っ切れたあとは早かった。情報屋の使い方も、遊戯の駆け引きや進め方も、少年ならでは覚えのよさでぐんぐん吸収していく。このひと月の戦績は、二十のチルドレン中セツが三番。そのうち、チルドレンの稼ぎ頭になるんじゃないかって、彼のファンは日々成長する少年を眺めて談笑する。

 勝利の秘訣は。前にファンのひとりが尋ねたとき、セツはそばかすの薄れた顔に笑みを載せてこう答えたという。目を瞑ること。耳を塞ぐこと。それだけで嘘みたいに、弾は当たるようになる。哲学者みたいなセツの言い回しに、ファンはぽかんとするばかりだったけれど。

 

 青空の下、ナキはシャーロックの屋敷の屋上から、門を出ていく白い棺を眺めている。チルドレンがまたひとり死んで入れ替わったのだった。セレネが死に、ソルが死んだのはもうふた月前のこと。ソルの死体からタグを奪い、ナキはチルドレン十九番の座を手に入れた。つつがなくファミリーに戻ったかに見えたナキの『コマドリ』が、だけど昔のようには囀らないことに気付いているのは、たぶんまだナキだけ。

 うたえない。うたえないよ、もう。

 最期のソルの言葉――あの一件のあと、ナキが対峙するターゲットは皆、引き金を引く直前でソルの顔に変わる。その顔を見ると、指先が冷たくなって感覚をなくした。まるでソルが放った呪いのよう。引き金を引くのがこわい、とナキは思った。本当にはじめてそう思った。

 フェンスに頬杖をついて、ナキは花売りから買った白い花を片手でもてあそぶ。チルドレンの葬送用に一輪買ったのだけども、花売りがナキのファンだと言ってもう一輪おまけしてくれたのだ。翠のみずみずしい茎を指でなぞり、すべらかな花弁に唇で触れる。そっと口付けてから、ナキは花を空に投げた。粉塵交じりの風に吹かれて舞い上がった花は、くるくると回りながら落ちていく。


「何をしているの、ナキ?」


 トゥシューズの立てる柔らかな足音がして、ナキは目だけをそちらに向けた。生成りのシュミーズドレスを風にはためかせ、ウタはナキのほうへ歩いてくる。白銀の髪がひかりを纏って乱れるさまはうつくしかった。


「何も」

「そう?」

「空を見てた」

「ナキはいつも悩むと、空を見上げるね」


 ウタはナキの隣で同じ風にフェンスに両手を置く。その背がいつの間にか、自分と同じ高さになっていたことに気付く。少女めいた未孵化の身体は、日の下で見ると思いのほかしなやかで、ナキの身体とは造りもかたちもちがっていた。

 けれど、あの夜以来、ウタがナキの前で男の子のようにふるまうことはない。一夜限りの気まぐれ。ウタはそれで満足をしたようだ。ナキがようやくウタが一緒に眠るのを許したこともあるかもしれない。ナキの寝台にもぐりこんだウタは、前と同じようにナキの腰に手を回してすやすやと眠る。ウタのぬくもりが背中にあると、ナキも安心して目を瞑ることができた。


「そういえば、ポーカー・ゲームはナキが勝ったんだっけね?」


 ふた月も前のことをウタは気まぐれに持ち出した。


「ご褒美に、ナキのお願い、なんでも叶えてあげるよ」

「別にわたしは何も……」

「チョコレートケーキでも。ドーナッツでも。ブルーベリータルトでも。タフィーでも」


 ナキが好きなお菓子の名前を次々挙げて、ウタは微笑んだ。


「――誰の死でも。アナタの望むものを、何でもあげる」


 なら、ころして。

 ころして、はやく。わたしを。

 くるおしいほどの衝動がふいに咽喉をせり上がり、ナキは無理やり口をつぐんだ。

 この身にばけものを飼っているのは誰なんだろう。ころしてしまいたいウタなのか。早く死んでしまいたいわたしなのか。それとも、えげつない遊戯を繰り回すシャーロックか。それを隔てた画面越しに鑑賞する参加者たちなのか。苦しくなってきて眉根を寄せ、ナキは目を伏せた。かじかんだ指先を伸ばして、ウタのワンピースをつかむ。

 それでも、今願うことは。

 願いは。わたしの願いは、ひとつきり。


「……だきしめて」


 答えを聞いたウタはすこしわらったようだった。次の瞬間それは叶い、二本の腕に身体を引き寄せられる。ウタの身体はとてもあたたかかった。髪に挿し入る手の心地よさに息を吐き出し、見上げるだけの空などもう要らなかったから、目を瞑った。瞼裏にゆっくりとあおい闇がひろがる。わたしの背をあやしながら、彼は歌をうたいだした。

 それは永遠をとじこめるような、うつくしく、ただただ、うつくしい旋律だった。



 ――第一部・ネバーランド/閉幕

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シャーロック・チルドレンに祝歌を @itomaki

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