退廃の街シャーロック・タウンで、チルドレンと呼ばれる少年少女は日々デスゲームに身を投じる。
まだ成熟しきっていない彼ら彼女らが命を懸けて魅せる遊戯は、残酷だけれどもどこか儚くて切ない。
それは、鮮やかに描き出されるキャラクターたちが驚くほどに魅力的なせいだろう。特に主人公のナキ、そして彼女を慕うウタのいびつな関係は、大人の目から見れば明らかに歪んでいるのだけれど、読み進めるうちにどこか清廉で尊いものに思えてくる。
特殊な環境で育ち、他人を出し抜きながら生きざるを得ない子供たちの、したたかでありながら脆く繊細な思いの数々。
映画のように綴られる少年少女たちの物語を、その終わりまで見届けずにはいられない。
シャーロック・タウン。
東京の最果ての街。公文書上は、ただのゴミ捨て場。しかしてその実態は、東京屈指の歓楽街。
そんな退廃都市で繰り広げられるのは、少年少女のデスゲーム《遊戯》。
こういう擦り切れて薄汚れた舞台が好きな方は少なくないと思う。
ともかくここまでで興味をもった方は一幕No.12の歌えないナキ、までは読んでもらいたい。
主人公・ナキは、《遊戯》に参加するシャーロック・チルドレンのなかでも一番の稼ぎ頭だ。
こんな狂った世界で、それでもナキは人一倍、心優しい子だったのだと思う。傷つけられる子に迷いながらも手を差し伸べ、できることなら人の傷つかない道を選ぶ。たとえその結果自分がどれだけ、傷を負ってもしかたない、というように。
心優しい少女は銃を握る。《遊戯》のなかで、躊躇いなく人を殺す。
そうすることで、守るものがあると信じているように。
それでもいつか、ナキは大切にしていたものへと銃をむけるのだろう。
きっとこれは、いつか殺し殺される、そんな歪な愛の物語だろうから。
東京の最果て、死と悦楽に狂った廃都市、シャーロックタウン。
公文書には「ごみ埋め立て地」と記されるその街では、今日も少年少女と標的とのデスゲーム《遊戯》が繰り広げられている。
暴力的で退廃的で、不健全。病的な感情が横たわる、色彩に乏しい世界観。
うつくしく情感豊かな噎せ返るようににおいたつ文章はしかし、抑制されたストイックさも備えており、リーダビリティに富んでいる。
生き急ぐように軽やかに、過ぎゆく時を惜しむようにゆったりと。緩急をつけて展開していくストーリーを追いかけているうちに、気づいたときにはこのシャーロックタウンに首ったけになっていること請け合い。
なによりも魅力的なのは、この街に巣食う住人たち。
どこか無機質で淡泊に見える主人公・ナキをはじめ、ナキを慕う可憐で天真爛漫なウタ、ナキに対抗心を燃やすわがままでおしゃれが大好きなノルン、ナキに悪質な悪戯を繰り返す魔術師。そして《遊戯》を牛耳る支配者・シャーロックと、ファミリーを捨て街を出ていった女・ダフネ。
彼らのすべてに二面性があり、複雑に絡み合った関係性は物語が展開するほどにこんがらがり、取り返しがつかなくなっていく。
けれどこの仄暗く、死がありふれた物語がいとおしくてならないのは、血と泥に塗れながらも喪われることのない、諦めの悪い少女性があるからです。
いつかどす黒く塗りつぶされてしまうかもしれないと危ぶみながらも、この世界に一筋射した希望のような何物かに、どうしたって縋りたくなってしまう。
あらすじにある“未孵化”。
この言葉こそ、この物語を体現しているように思えます。
ままならない現実で、それでも足掻かずにはいられない子らのジュブナイル。
殻を破ったその先にあるものがどうか、幸いであれと願わずにはいられません。