Twitterのオフ会でネオと初めて会った。想像していた通りの人もいたし想像していたのと違う人もいた。

けれどネオだけは特別だった。

想像していたはるか上を行く格好良さだった。

明るい茶色のマッシュショートの髪はくせなのかパーマなのか緩いウェーブで、良く似合っていた。

くっきりとした二重の目、艶のある肌、鼻筋の通った綺麗な顔立ち。鼻にかかる甘えたような声。

オフ会ではネオとは離れた席になり、他の男と話していてもネオが気になって仕方がなかった。しかしネオには常に女が複数人話しかけており、麻衣は結局ネオとろくに話せないまま会は解散になった。

だから数日後、DMで次は二人で会おうとネオからメッセージが来たとき、人違いではないかと麻衣は思った。

戸惑いながらも「わたしでいいの?」と返信した。

Twitterで知り合って実際に男に会ったことは何度かあった。

関係を持ったこともある。

ホテルで手足を縛られたまま置き去りにされた時はさすがにこういうことはもうやめようと思った。

けれど麻衣にはネオからの誘いを断る理由など無かった。

すぐに日時を提案し、ネオがそれに応じた。

待ち合わせに現れたネオを見たとき、麻衣は泣きそうになった。

色んな男に会い、怖い思いもしたけれど、それは全部ネオに会うためだったのだと思った。

そうだ、もう、オフ会で初めてネオを見た時から、私は恋をしてしまった。

それは今までの恋とは全然違う、本気の、本物の恋。

ネオは麻衣を見つけて微笑んだ。何も言わなかった。今までずっと恋人同志だったかのように自然に、麻衣の手を掴んだ。

何か話そうと思ったが何も言えなかった。


手を繋いだまま少し歩き、カレー専門店に入った。

「カレーでいい?」とネオが言ったときにはすでに二人は店内の席に着いていた。

ネオが奨めるカレーを麻衣は食べた。食べきれないと麻衣が言うと残りをネオが食べた。

額ににじんだ汗を紙ナプキンで拭きながら「カレー好きなんだ」とネオが笑った。可愛かった。もう気絶しそうなくらい好きだと思った。

カレー専門店を出て、また手を繋ぎ歩いているとネオが鼻唄を歌った。知っている曲だった。歩道のコンクリートの花壇に座ろうとネオが言い二人で並んで腰かける。二人の前を人が行き過ぎていくが構わずネオが麻衣の肩を抱く。

「マイ、ミッキー好きなの?」ネオが訊く。

「なんで?」

言った瞬間思い出す。確か友達にディズニーランドの土産でもらったポーチの写真をTwitterにあげ、そのポーチにプリントされたミッキーマウスを可愛いとツイートしたことがある。

「あれ大分前だよ写真アップしたの」

「はい」

ネオが差し出した手にミッキーマウスのイヤホンジャックが乗っている。

「あげる」

本当は、ミッキーマウスなんか好きじゃなかった。でも麻衣は受け取った。今から好きになろうと思った。

「俺見てるもん」

「なぁに」

「俺マイのホームいっつも見る」

「なんで」

「好きなのかもしれない。だから誘った」

言ってネオは麻衣の頬に手のひらで触れた。

「いい?」とネオが訊き、何に対しての問いかけかわからないまま麻衣はいいよと答える。

ネオが一瞬触れるだけのキスをする。

「名前、教えて」麻衣が言う。

「リョウタ」ネオが答える。

「マイは?」

「マイは麻衣だよ」

「え、そなの?」

「だめ?」

「ううん、かわいい」

体を寄せあって、それからお互いの話をした。ネオは何を訊いても全部答えてくれた。

家族は母と、姉と、猫。好きな食べ物はカレーで、嫌いな食べ物はトマト。小学校の時少しいじめられていた話もしてくれた。そのまま自然に話の延長で、いくら持ってる?と聞かれた。財布の中身を言うと「半分こでホテル行かない?」とネオが笑いかけた。

「行く!」とはしゃいで麻衣は答えた。素直に嬉しかった。

裏通りの、寂れたラブホテルに入った。

それまでと違い急に無口になったネオは、部屋に入るなり麻衣の服を脱がせはじめた。そのままベッドに押し倒され、「好きだよマイ」とネオが言う。

ネオの頬を麻衣は両手で包んだ。

「私も好き」

舌を絡ませる濃厚なキスをされ、脳みそがとろけるような感覚を麻衣は味わう。

鼻や瞼、そして首筋にネオは優しくキスをした。

麻衣の息遣いは荒くなり、体すべてが性感帯のように火照りたまらず声を漏らす。ネオは今までのどの男よりも優しかった。繊細な指の動きと唇の熱さ。

十分に準備ができている麻衣を焦らし、微笑みかけるネオの潤んだ瞳に影を落とすまつ毛。

ネオとひとつになったとき、このまま死んでもいいと麻衣は思った。

命が惜しくなくなるような、こんな性交があるなんて。

突き上げられてベッドの上に上にずれていく麻衣の体を、ネオがその都度優しく抱いて引き下げる。

「ネオ」遠のく意識のなか、麻衣はネオを何度も呼ぶ。今まで知ることのなかった絶頂の中にいる麻衣には、ネオの返事は届かない。


次の日から麻衣はネオのTwitterのホームに貼り付いた。

ネオのツイートにつくリプやネオが他人に返したリプも隅々まで読んだ。

胸の写真をネオのDMに送ったアカウントを見つけると、憎たらしい気持ちでいっぱいになった。ネオはその女を無視しているようだがしつこくリプやいいねをするその女をネオはブロックしてはいないようだった。

何度もリプし合い、ネオ が「ちょっと奥へ来なさい」と返したきり会話が途絶えているツイートを見つけた。きっと相互でDMかLINEに切り替えて二人だけで話をしたのだろうと想像しただけで胸がキリキリと痛んだ。

だから二度目のネオからの誘いは本当に嬉しかった。

一度目と同じ場所で待ち合わせ、そのまますぐにホテルに直行した。

ホテルの冷蔵庫からビールを出しネオは飲んだ。

「マイも飲む?」

麻衣は首を横に降ったあと「やっぱり飲む」とネオの持つ缶を奪って飲む。

いくつもの問いかけが頭に浮かぶ。

けれど麻衣はその言葉を全部飲み込む。

お前の好きは重いんだと元カレには振られた。

気が狂いそうなほど好きだと打ち明ければ、ネオに嫌われるかもしれない。

黙る以外に好きな気持ちを隠す方法がわからない。何を話してもばれてしまいそうだった。

ネオが「なんか元気なくね?」と訊いてくる。

泣きそうになるのをこらえ「会いたかったし」となんとか答える。

「俺も」

ネオが言い、頭を撫でてくる。

「好き?」麻衣は訊いてしまう。

「好き」ネオは迷わず答える。

それから先のことはあまり覚えていなかった。三時間の間に二度性交をし、そのうち一度は気を失いかけたということだけ覚えていた。

別れ際もネオは優しかった。家に帰ってからも、体が火照ってしかたなかった。


三度目は麻衣が誘った。

一度断られ、提案したのとは別の日に約束を取り付けた。

待ち合わせを30分過ぎたところでネオから「ごめんあと10分遅れる」とLINEがくる。

麻衣は「り!」とだけ文字を返す。

ネオを待つ間、麻衣は友達の優奈にLINEを送る。

――もうすぐハロウィンだけど、ハロウィン当日はバイトが入ってるから、今度の週末に渋谷で仮装しない?

すぐに既読になり優奈からOKのスタンプが届く。

結局待ち合わせ時刻を一時間過ぎてネオが現れた。

いつもと変わらない笑顔を見つけホッとする。

性交を終え、ベッドでスマホをいじるネオの横顔をじっと見る。

「ネオたんの愛が欲しい」麻衣が呟く。

「いつもあげてんじゃん、ファボ。ファボリツは俺の愛だから」

言ってネオはため息をつき、見ていたスマホを暗い画面にする。

「マイは俺の一万人いるフォロワーから選んだ一人なんだよ」

そうじゃない。

こんな小さな画面の中でもらうハートなどいらない。

どこの誰だかわからないまま繰り返される他の女との会話も見たくない。

「だってこんなに好きになったのはじめてなんだもん」

麻衣は言いながら自分の頬に涙が伝っていることに気づく。けれどもう我慢できないしするつもりもなかった。

「好きなんだもん」

「んぁぁわかったよ」

ネオが笑い麻衣の髪を撫でる。

「本カノにして」

麻衣が言うとネオは麻衣を抱きしめる。

ネオの胸の鼓動が聞こえるような気がする。

「俺そういうのちょっとわかんない」

なんで?なんでわかんないの?私を一番にしてってことだよ、他の女と会わないでねってこと、なんでわかんないの?

次々に言葉が浮かぶけれど、麻衣はそのどれも声にはできない。

ネオが好き。

一緒にいられるだけでいい。

「好き?」

やっとのことでそれだけを訊く。

「好き」ネオは即答する。


明け方、仕事だから始発で帰りたいとネオに起こされる。

化粧も取れ髪も乱れていたが、ネオが急いでいたので麻衣は歯だけを磨き急いで支度した。ラブホテルを出て、人気のない明けたばかりの薄暗い路地を歩く。誰かの吐瀉物で汚れたアスファルト。カラスの鳴き声。

大通りに出ると、しんと空気が冷えている。

麻衣はネオの手を取り繋ぐ。

ぴったりと、体を寄せ合って歩く。

ネオはずっと黙っている。

端からみれば恋人にしか見えないだろう私たちは、決して結ばれてなどいない。その事実を明るくなる空が告げているように思えて、麻衣はたじろぐ。

駅に着き、改札をネオが通るのを見送る。

かける言葉は見つからないまま寂しくてたまらず呼び止める。

「ねぇ」

ネオのフォロワーの一人ではなく、リョウタのたった一人の特別になりたい。

「ねぇ!」

私たちは、普通の恋を、ここから始めることはできないのかな?

「ネオ……リョウタ!」

「あ」

ネオが振り向く。

嬉しいのに泣きそうになって顔が歪む。

「……そだ、俺、来月誕生日だから」

言ってネオは背を向け、振り返ることなくホームへの階段を下りる。

一人残されて麻衣は、頭が真っ白になる。

今日は、何曜日だっけ?

私は今からどこへ行けばいいのだっけ?

スマホをカバンから出し、Twitterを開く。

ネオのホームへ行く。

数秒考えてから、ツイートの画面を開く。

「つらたん」と文字を入力し、送信する。

今ごろホームで電車を待ちながらタイムラインを見ているであろうネオから、いいねがつくのを待つ。




 



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らぶりつください 楓 双葉 @kaede_futaba

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