第3話 小太郎

 周りが見えなくなっている佐助、異常に過保護な藤原に、頭のおかしい喜一。

 無意識なのか、意識的なのか、それらの期待に少しでも応えようとする姫様には、もはや神の子としての威厳もなければ価値もない。

 小太郎に言わせれば、彼女はもう、ほとんどただの女である。

 見捨てられれば生きてゆけぬ。

 神というのは、本来そういうものですからね、そう言ったのは、喜一だったか。






「小太郎殿!起きてくだされ!朝でございます!」

「まだ寝る…」

「良い天気にございます!起きてくだされ!」

「やめてー…」



 あたたかい布団を力ずくで剥がされ、朝の冷気が小太郎を襲う。

 佐助なんかは多分、何も考えていない。姫様が天様の後を継ぐような偉大な神になったとしても、ただの人間の女になり下がったとしても、どちらでも同じことなのだ。佐助が佐助としての理性を保っている間は、姫様に延々と恋焦がれているのみ。奴は決して最後の一歩を踏み出さない。臆病な男だ。小太郎は佐助のことをなかなか好いているが、同時に憐れんでもいた。

 いつか、いつか爆ぜるそのおもいが、きっと佐助を壊してしまうだろうから。

 後に残るものは佐助なのか、佐助だったものなのか。

 答えを知るためにはリスクが大きすぎる。小太郎はギャンブルはやらないのだ。






「相変わらず使えねえゴミだな…」

「藤原は俺に厳しすぎると思うんじゃが」

「姫様以外には平等に接してるつもりだが」

「ああそう…」



 藤原はもう、最初の目的をほとんど忘れているのではないかと、小太郎は思う。

 神になるためにここにいるのではない。あの男は、姫様のために、ここにいる。神になれば今よりももっと姫様を好き勝手にできるのではと企んでいるのだ。姫様が何もできない女になればいいと、藤原は本気でそう思っているはずだ。姫様の通学を歓迎していない。そもそも、姫様が屋敷の外に出ることすら気にいらないのだ。

 それでも、あくまでも姫様には紳士的に接する藤原に、小太郎はかなり感心していた。

 人生の大半を捧げる相手が、ふらふらと自分以外にも愛想を振りまく姿が、藤原の瞳にはどう映っているのだろう。






「小太郎くん、小太郎くん」

「喜一さんなんですか」

「わし、梅こぶ茶飲みたい」

「……淹れてきますけん、待っててください」

「わーい」



 喜一のことは、あまり考えたくないのが本音だ。

 そもそも奴は何者なのか。間違えなく人間ではないだろう。だが、なんなのか。細身の長身は小太郎と変わらぬが、まず目を引くのが、絹糸のように美しく、白く光る長髪である。常ににこにこしているが、それがまことの笑顔なのか、小太郎にはわからない。穏やかな口調が崩れたところを見たことがないし、真剣な顔すら知らない。文句も言わず、日々、屋敷の掃除や洗濯を行い、仕事が済めばあたりを散歩したり縁側で茶を飲んだりしている。隠居した老人のような生活は、喜一の外見には似合っているが、なにかが引っかかる。

 嫌いではないが、すきにはなれない。

 喜一はきっと、なにか恐ろしいことを願っている。






「ひーめさまっ」

「小太郎、お前、どうしたの」

「姫様を太らせに来たんじゃけど」

「最低!帰って!」



 「ひどいこと言わんでくだされ」腰を落として、姫様の唇にチョコレートを押しこむ。視線だけは恨めし気だが、大人しく咀嚼する様は小動物のようで愛らしい。 

 上目づかいで睨みつけられるのも悪くない。しかし、睨みつけられるなら上からが良い。小太郎は姫様の、怒った顔が好きなのだ。いつか、取り返しのつかなくなるくらい姫様を怒らせてみたい。二度と顔も見たくない!死んでしまえと罵られてみたい。「良い趣味だな」と蔑むのは藤原だが、小太郎すこしもは気にならなかった。姫様の泣き顔を見て興奮しているような奴よりずっとずっとマシだからだ。



「小太郎は私をいつも太らせようとする」



 口をもぐもぐ動かしているのがとんでもなく可愛い。



「姫様が太り過ぎて、誰にも娶ってもらえなくなったら俺が受け入れるけんね」

「小太郎の馬鹿…。だいきらい…」




 ぺち。

 腕を力なく叩かれた。




 姫様は本当に、魔性の女じゃねえ。


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神様の言う通り 屋根子ねこ @yanekoneko

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