空から垂れる銀の糸 (童話、作者:黄間友香)

 泣き出しそうな空というのは案外、間違いではないのかもしれない。


 お日様がのぼるほんの少し前、僕は雲の縁に座って釣り糸を垂らす。

 餌があるわけでも、かぎ針があるわけでもない。

 本当に糸だけをゆっくりゆっくり垂らしていく。

 それでも獲物は自然と引っかかってくるんだから不思議。


 雲の上は少し寒いなぁと思うけれど、すぐに暖かくなる。

 だってここは絶好の穴場なんだもの。

 早速釣竿がしなる。

 ぐっと握って上へ振り上げると、ぽーんと勢いよく獲物は釣れた。

 僕は早速それを手にとってかごの中へと入れる。


「今日も大漁だな」


 隣に座っているじいちゃんがそう言う。

 じいちゃんとはずっとこうして朝に釣りをしているけど、いつだってそういうんだ。

 だっていつでも大漁だから。

 じいちゃんはもうすでにたくさん釣っていた。


 かごの中で獲物はピチピチと動いている。

 ボロボロになった体に、まっすぐ一本の棘が入っても動くなんて、しぶとい奴らだ。


「これは小さな女の子からだ。あ、転んでしまったのかな?」


 釣り上げたのは、カナシミ。

 雲の下にはカナシミがたくさんある。

 大きいのは大きな悲しみ、

 小さいのはちょっとした、でも本人にとっては大きな悲しみ。


「さばき方はいつもの通りだ。わかってるよな」


 じいちゃんはそう言うとまた釣り糸を雲の下に垂らした。

 僕はこっくりと頷いてカナシミを手に取りそっと棘を抜く。

 そう、そっと抜けば痛くないんだ。

 カナシミはバタバタと暴れずにおとなしくなった。


 僕はそれから背中をそっと撫でる。

 するとカナシミはみるみるうちに一つの雫になる。

 僕たちはこれをタノシミと呼んでいる。

 タノシミが降った後には大きな虹が出て、

 みんなが嬉しそうに空を見上げるから。


 十分なカナシミを釣り上げるとお日様が出てきた。

 じいちゃんは釣り糸を引っ張りあげる


「帰ろう、明日のタノシミを降らす準備をしなければ」


 空は、誰かの悲しみを嘆き、少しでも楽しみが訪れるようにと泣くのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

六月の狼は、湯煙に謡う 湯煙 @jackassbark

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ