竜喰らい (SF、作者:謡義太郎)

 よく勘違いされるがの、釣りには忍耐力など不要じゃ。

 集中力や持久力ならわかるがの。

 そもそもジッと餌に獲物が喰いつくのをただただ待っているなどと思っておるのだろう?

 いやはや心外じゃな。

 この星で、そんなことをしておっても一向に獲物を得られまいて。

 釣りとは獲物との勝負であり、命のやり取りじゃ。

 教えて欲しくば教えてしんぜよう。

 そのかわり命の保障は出来んぞ。

 大袈裟じゃと?

 釣りを甘くみておるようじゃの。

 ヌシは命の糧を得ることに、命を掛けられんとな?

 そんなことでは、この星で生きていくことは難しいな。

 タンパク源はおろか、繊維質さえ得られんじゃろう。

 それがこの星の現実。

 どんな経緯でこの星に流れ着いたのか知らんが、生きたければ釣りを覚えるんじゃ。

 まあ、ヌシがどんな最後を迎えようと興味はないがの。

 こうして出会ったのも何かの縁じゃ。

 基本くらいは教えてやろう。

 さあ、行こうかの。


 浅黒い肌をした白髪白鬚の老人は、掛けた歯を見せながら何ともいえない笑顔をみせた。

 最初は迷惑な老人だと思っていたが、話を聞くうちに何故か、引き込まれてしまった。

 この海洋しかない星を調査することが目的で訪れただけの僕は、この陽に焼けたのか酒に焼けたのかわからない爺さんと釣りに出かけることにしたのだった。


 ほれ、ワシの舟に乗れ。

 ああ、ヌシのそいつじゃ話にならん。

 そんな音も熱も撒き散らしながら飛び回るやつじゃ釣りにならん。

 獲物が逃げる?

 馬鹿言っちゃいかん。

 逃げなどせんよ。

 喰い堕とされるのが関の山だ。

 信じられんか。

 ならば観ているがいい。

 こいつは実弾砲だ。

 斜めに打ち上げるが、そうさな、高度でいえば三千くらいまでは上がる。

 耳を塞いで口を開けておけ。


 凄まじい衝撃とともに、何かが空の彼方へ打ち出された。

 白煙をひき、雲を突き抜けていく。

 そして、はるか彼方の海が盛り上がったと思えば、そこから光の矢が打ち上がり、砲弾と交錯した。


 またデカイのがいやがったな。

 おい、波が来る。

 中に入れ。


 爺さんに促されるままに、船室へ入る。

 今の光は何だったのだろうか。

 この星にあれ程の武器が配備されているとは聞いていない。

 ソニックブームが目視できたほどだ。

 衛星をも撃ち落とせるのではないだろうか。

 それにしてもこの船を動かす気配がない。

 数分で津波が押し寄せるというのに、間に合うのだろうか。


 あの速度で打ち上がったなら、ヤツはまだまだ降りてこんよ。

 飛び出しの波が落ち着いた頃じゃな。

 このままやり過ごすんじゃ。

 なに、心配せんでも波被りくらいで壊れるような船ではないぞ。

 ヌシの船も大丈夫じゃろ?

 さて、ここからじゃ。

 まずは中々の大物が餌に食いつきおった。

 降りてくるまで時間があるとはいえ、そうゆっくりもしていられんぞ。


 爺さんは気密扉を閉めると、狭い階段を下りる。

 僕も慌てて後を追って驚いた。

 一つ下のフロアは、水上に出ている部分からは想像出来ないくらい広い。

 窓は無く、壁面は様々な機器とモニターで埋め尽くされている。


 何をボーッとしておるんじゃ。

 レーダーくらいは読めるのじゃろ?

 ほれ、その赤い点がヤツじゃ。

 高度はまだ一万メートル近いな。

 大きさの割りに弾の勢いに流されておるの。

 こりゃ急がんとならんな。

 おい、ヌシの船を収容するぞい。

 忙しくなるぞ。


 爺さんの船は恐ろしく大きかった。

 水中に隠れていた部分の大きさは、巡洋艦並みではないだろうか。

 あっという間に僕の船を収容してしまった。


 潜行するぞい。

 ちと揺れるからの、座っておれ。

 レーダーから目を離すんじゃないぞ。

 こりゃあ全速力で丁度いいくらいじゃな。

 ほっほっ、久々じゃわい。


 外は見えないが船が動いているのはわかる。

 これでも航宙船を操って(ほぼ自動ではあるが)、ここまで来たのだ。

 計器を見れば、この船は異常な速度でもって海中を突き進んでいる。

 凄まじい海流にぶち当たったが、モノともしない。

 それでもレーダーに映る赤い点は一向に近づいて来ない。


 どうじゃ?

 距離が変わらん?

 そんなことあるわけなかろう。

 ほれ、よく見ろ。

 レーダーの端に表示されている数値じゃよ。

 みるみる減ってるじゃろ。

 よし、この分なら間に合いそうじゃ。

 照準を固定して、追尾モードに切り替えるぞい。


 爺さんが手際よく様々なスイッチやらレバーやらを弄るとモニターが切り替わり、落下してくる黒い影を映し出した。

 傘が幾重にも重なったような、細長いシルエット。

 そう。

 僕はこれを研究するために、遥々こんな辺境までやってきたのだ。

 空に聳え立つ不思議な塔。

 僕はその映像の虜になった。

 調べていくうちに、それは生物だということがわかった。


 あれが一番無防備な状態じゃが、まだ手は出さん。

 なにせ速度が遅すぎる。

 勝負はやつが裏返ってからじゃ。

 高度がある程度まで落ちると、あの傘を畳んで裏返るんじゃ。

 水の抵抗を最小限にして海に飛び込み、そのまま深海まで一直線。

 そうなったら、またおびき出さにゃならん。

 結構な金属の塊をくれてやったからの。

 潜っちまえば、ひと月は上がってこんぞい。

 一瞬じゃぞ。

 水面スレスレで仕留めるんじゃ。


 爺さんもシートに座る。

 コンソールパネルからトリガーを引き出し、指をかけた。

 その眼は爛々と輝き、モニター画面を睨みつけている。

 表示される数値からすると、二百メートル近い長さだ。

 そんな生き物相手に何をしようというのか。

 僕は憧れの生物を前に、感動より戸惑いを覚えていた。

 その時、上から傘が閉じていき、その生き物が身をよじった。

 落下速度が上がる。

 流線型のフォルムが下を向き、加速する。

 その瞬間……。


 今じゃっ!


 爺さんがトリガーを引いた。

 僕はシートに押し付けられ、身動きどころか息も出来ない。

 視界の片隅にモニターが見えた。

 水平線と青い空。

 一筋の黒い槍が降って来る。

 船は青と黒が交差する場所に向かって飛び出したようだ。

 モニター画面に影がさしたその刹那、衝撃に見舞われ、僕は気を失った。


 ……シよ。

 ヌシよ。

 おいヌシよ。

 なんじゃ情けないのう。

 やっとお目覚めか。

 ひ弱じゃのう。

 少し休んだら今日の獲物を見に行くかいの。

 なんじゃ、あれを探しに来たのか。

 そうか、そうか。

 あれが鉄竜じゃ。

 幾層もの傘は全て炭素と鉄の混ざった繊維でできておる。

 やつの大好物は金属の塊じゃ。

 陸地のほとんどないこの星でも、海底火山は活動しておっての。

 噴火で打ち上がった金属質の塊をああして食べているらしい。

 もちろん、それだけじゃないじゃろうが、やつの住処は深海も深海。

 わしらのどの船も潜れないほど深い場所じゃ。

 そこで何をしておるのか、何もわかってはおらん。

 だが、特別製のレーダーを持っているのじゃろう。

 熱を持って水面を過ぎる影があれば、音速で飛び出して来よる。

 そうじゃ、だからこの星は不用意に飛行する事を禁じておる。

 基本は潜水船じゃ。

 喰われるからの。

 これが釣りかって?

 釣りじゃよ。

 針と糸は見えんがの。

 投げ釣りと友釣りの中間くらいかのう。


 僕は爺さんに釣りを習うことにした。

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