釣るのはたれぞ (現代ドラマ、作者:湯煙)
陽が昇ってまもない早朝、天気は晴れ。少し肌寒いけど風は強くない。
絶好の
そして九月から十月にかけての鯖は、脂の乗りも程よくて、身も締まってきて美味しいんだ。
いわゆる旬って奴だ。
だからこの時期、湾内を回遊してくる鯖を狙って、大勢の釣り人が湾内に突き出た埠頭の先に集まる。子供連れの親子も居て、とても賑やかだ。
鯖が回ってくるまで待ちきれず、海底の
まちまちな様子が見ていて楽しい。
しかし、こんな風にのんびりしてはいられない。鯖が回ってくる前に釣り場を確保しなくてはいけない。
混み合っているところは避けつつ、鯖が入ってくる方向を予測して、釣り竿を振るスペースも考えて場所を探す。
この埠頭に来る人達は、判っている人達だから、陽が昇る前に到着し、良い場所を確保している。
だけど、いいんだ。
もちろん釣れれば嬉しいけれど、釣れなくてもいいんだ。
今日のところはだけどね?
だって今日の目的は、彼女にここの様子を見せること。
和気あいあいとしてる地元の人達の写真を撮りたいという彼女に、この状況を見せたいんだ。
鯖の群れが来ると海面がざわめく。
その様子を目にしたニワカ太公望達は、逆に静かになって竿を振り、釣り糸を垂れる。ウキをじっと見つめ、些細な動きも見逃さないよう集中している。
竿を次々と引き上げるたび、銀色に光る鯖が
そして釣り人達の笑顔が増え、釣果を口々にしはじめ再び賑やかになるんだ。
ここに来るまでの間に、彼女から連絡が入り、あと数分で到着する。それまでに居場所を確保しておかなくちゃね。
肩から降ろしたバッグから、折りたたみ椅子を二つ出し、彼女が来た時に座れるよう準備する。今日は、生き餌じゃなくルアーで釣ろう。彼女がイソメやゴカイが苦手だったら困るからね。
・・・・・
・・・
・
彼に電話したら、もう埠頭に到着するところだった。
遅刻はダメよね。
……急がなきゃいけないわ。
私のことを気に入ってくれているのは判っているの。
大学のクラスではちょくちょく私を見ている。
最初は自意識過剰かなと思っていたんだけど、彼の友人から気持ちを聞いちゃったの。
私も嫌いじゃない……ううん、どちらかというと好みのタイプなのよ。
面倒見はいいし、笑うと目がなくなって可愛い……優しい顔立ちなの。
口数少ないけれど、友達も居るし暗いわけじゃない。
女子のなかには、彼のこと意外といいよねと言う子もいるわ。
だから、私のこと気にしてくれているって聞いて、嬉しかったわ。
近くに居て、声をかけてきてくれるのをずっと待ってた。
……もう二ヶ月もね。
でも、いつまで待っても誘ってくれないから、私の方からとうとう声をかけた。
だって落ち着かないでしょ?
「地元の人達が楽しく過ごしてるところ知らないかしら? 写真部でコンテストがあるの。知っていたら教えてくれない? 」
夏祭りの時、神輿を担いだりして地元の人達とも仲良く付き合っているって言っていたから、彼ならきっと教えてくれると思ってたわ。
「うん、いいよ。じゃあ、今度の土曜日はどうかな? 朝早いけど、今の時期だと釣りくらいしか……思い当たらなくて……ごめん」
照れてるような、申し訳なさそうな表情で、キュッと胸が締まるような美味しい表情ごちそうさまでした。
ついファインダー覗きたくなっちゃったわ。
でも、釣りをやってるとは知らなかった。
釣りならお祭りと違って、一緒に過ごすのに時期はあまり関係ないんじゃないかしら?
あ、これからは寒いわね。
でも、たまにならそういうデートもいいわ。
私は釣りをするつもりはないけれど、釣りをしている彼をファインダー越しから堪能できるかも。
フフフ……もうすぐ会えるわ。
きっと笑顔で待っていてくれる。
私に釣られてるとも知らずに、とびきりの笑顔でね。
今度からは、彼から声をかけてくれるかしら……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます