ep6.そして始まり
心臓を食らう時まで
何処までも青い空が続いている。
バルコニーに身を預けて、大海原を見つめていたローテムの前に、黒い尾鰭が垂れ下がった。
「ローテム、こんなところにいたの?」
「偶には海でも眺めようかと思って。このところ暇もなかったしね」
「忙しかったからねぇ」
リリィはバルコニーに腰を下ろす。銀色の髪が潮風に揺れ、先端がローテムの頬に少し当たる。
「しかし、ヘンルーダ兄様には驚いたよ。まさかあの中で、兵士達を統率してたとはね」
「ジーラが動かしたのは一部の兵士のみだし、そのまま放っておいたら更に大きな騒動になりかねなかったからね。「訓練」ということにして押し通したみたいだけど」
ヘンルーダはホールを出た後、メイド達が混乱に陥っているのを見て、即座に行動を切り替えた。騒動に参加していなかった兵士達に「これは非常時の訓練である」と言い切り、城内各所の警備を整えた。
国外からの来賓へのパフォーマンスだと、ヘンルーダが堂々と言い切ったことで、兵士達も特に疑問を抱くことなく命令に従った。派手好きで変わり者な第一王子のこと、そんな無茶苦茶な演出も有り得るだろうと皆信じてしまった。
「あの強烈な性格も役に立つんだねぇ。結局ジーラが動かしてた兵士達も、訓練だって思い込んじゃったみたいだし」
「ナルド兄様の火傷病がすぐに治ったことも大きかったんだろうね。メイクだって誤魔化せたし」
マリティウムが死んですぐに、ナルドの火傷病は完治した。騒動から一ヶ月経った今では、城の外にいる患者たちも次々と回復を遂げている。
「ナルドと言えば、最近見ないね」
「あぁ、ほら。シャルハ女王の国との交易が始まったから、ルートの整備とかで忙しくしてるんだよ。こういうのはナルド兄様が一番向いているからね」
「天使に聞いたけど、騒動のことを黙っている代わりに交易ルートを確保したい、ってお前の父親に言ったんだってさ。侮れないよね」
本来であれば、シャルハはこの国に対して騒動における慰謝料などを請求出来る立場にあった。それを交渉材料にして、自分達に有利な交易ルートを確保してから帰国した。
一番得をしたと言えなくもないが、間違ってもそんなことは言えないので、全員口を堅く閉ざしている。
「父上はシャーケードのことも含めてショックは大きかったようだけど、ヘルベナのお陰で元気を取り戻してきたよ」
「あのお姫様って、ちょっと駄目な男に引っかかりやすいんじゃない? お前にも懐いてたし」
「それはあるかもね。まぁ、ヘルベナなら大丈夫だよ。僕と違ってしっかりしてる」
ヘルベナは他の王子達に比べると順応が一番早かった。人魚も魔物もいないとわかると、今後の国策についていくつもの案を用意してきた。
特に、国民への告知については他と比べても多くの案を出してきたが、それは手段や時期など違えど、全て「真実を明かす」ことを目的としていた。
「ヘルベナが一番隠したがると思ったんだけどな」
「下手に隠してもどうせバレちゃうし、だったら正直に話したほうがいいと思ったんじゃない? リリィもそれに賛成」
「まぁ今後の外交とかも考えると、それがいいのかもね。人魚に頼りすぎていて、結構適当な部分が多かったし」
城から見える王家の浜辺は静かだった。そこに魔物が現れる可能性は全くないわけではないが、少なくとも長年続いた緊張状態は消え去っている。
「ジーラ兄様がきっと、良い案を持ち帰ってくれるよ」
「そう、それ!」
リリィが尾鰭でバルコニーの柵を叩いた。
「よりにもよって、なんで国外に出しちゃうわけ?」
「今後の国策について、国外で勉強してきてもらおうかなって」
「あぁいうのが一番悪いヤツにつけ込まれるんだよ。また問題でも持ち帰ってきたらどうするの?」
「うーん……」
ローテムは欠伸をして、暢気な声で言った。
「大丈夫だよ。ジーラ兄様は優しいから」
「人間って理解出来ない……。牢屋に入れた方が楽なのに」
「だって面倒くさいじゃないか」
半月前、ローテムはあの騒動以来初めてジーラに会いに行った。自室謹慎をしていたジーラは、処刑でも言い渡されるのかと思っていたらしい。国外で政治の勉強をしてきて欲しいと伝えたら、目を丸くしていた。
処罰しないのか、と尋ねたジーラに今と同じ言葉を言った。
「どうにかなるよ。皆で力を合わせればさ」
「なるかなぁ。だってお前、現在進行形で公務サボってない?」
「あれ、バレた?」
ほら、とリリィが室内を指さす。首だけで振り向いたローテムが見たのは、眉間に皺を寄せているヘルベナだった。
「お兄様。地方領主へのご挨拶があるので謁見室にいるように伝えたはずですが?」
「いや、新鮮な空気を吸いたくなって」
「後でヘンルーダ兄様と一緒に剣術の稽古でもして吸ってください。行きますよ」
ヘルベナに腕を引っ張られて、ローテムは室内に連れ戻される。
「全く、ちょっとはマシになったかと思えば」
「いや、真面目にやろうとはしてるんだけど……」
「どうせ、魔物がまた来ないか気になっていたのでしょう」
図星を突かれてローテムが黙り込むと、その頭上を飛んでいたリリィが楽しそうに笑った。
「大丈夫だよ、人間。リリィがちゃんと見てるから」
「うん。塔や儀式書は封印したとは言え、まだ油断は出来ないからね」
ローテムは心配そうに呟いたあと、思い出したようにリリィを見上げた。
「そう言えば、リリィはいつ僕の心臓を取るの?」
「気になる?」
「まぁ、一応。色々やりたいこともあるし」
「お前がちゃんとした王様になったら。そのほうが心臓も美味しそうだしね」
その会話を聞いていたヘルベナが「あら」と笑った。
「それじゃ何年先になるかわかりませんわね」
「本当だよ。リリィも早くおうちに帰りたいのにさー」
悪魔は不満を口にしながらローテムの傍に下りてきて、首に両腕を絡める。既に慣れ切ってしまったローテムは、一瞥すらもしなかった。
「だから早く立派な王様になってね、ローテム」
「善処するけど、それまでずっと僕といるつもり?」
「そうだよ。光栄でしょ?」
黒い尾鰭が宙に揺れる。
リリィは少しだけ身を乗り出して、ローテムの左頬に軽い口づけをした。
「リリィほど可愛い悪魔はいないんだからね!」
人魚を殺して王になれ 完
人魚を殺して王になれ 淡島かりす @karisu_A
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
空洞に穴を穿つ/淡島かりす
★55 エッセイ・ノンフィクション 連載中 122話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます