第27話 エゾエンゴサク(作成手順付き)
途中経過も含めて漢詩を作ってみます。
例によって完成品は下の方に掲載されているので、途中なんかどうでもいいという方はそのまま下にスクロールお願いします。。
他人に見せるためというよりは自分が手順を忘れないためといった感じでしょうか。久しぶりなんで手順忘れているっぽい。
といっても作り方にバリエーションがあるわけではありませんので、、前回の柳公綽の時とほぼ同じです。
それと今回は、実際に唐代の詩人とかもやっていたけど、韻字をお題として出されて作品を作れるかどうかを試してみたいので、下平声一先でやってみたい。
★1 まず最初に、お題を決める。何を題材にするか。
今までは歴史上の人物とかでやっていたけど、たまには抽象的な事象から作れるかどうか試してみたい。某所のGW企画のお題が青なので、青にしてみましょう。
★2 次に、詩の形を決める。
基本的に四択。五言絶句、七言絶句、五言律詩、七言律詩のどれか。
なんだけど、ここは七言絶句の一択。理由は一番作りやすいから。
これでやってみて無理なようだったら五言絶句にするとか後から変更することもある。
↑前回の柳公綽の文章まんまコピペ。
★3 絶句に決まったので、4句それぞれの全体的な構成、内容を決める。
起承転結、を決める感じのフェイズ。
青といえば、今の季節は北海道ではエゾエンゴサクとかカタクリの花が咲く時期なので、そのへんにしてみるかな。
なんなら写真の定番のリスも入れるか。
内容を決めるにしても、お題が抽象的で漠然としたものなので、起承転結を決めるにしてもつかみどころが無いというか、どういうものを描くのかイメージわかない。
なので、ここで韻字で使える漢字を眺めて、どういう内容にするか考える。
前回の柳公綽の時には7番目にやっていた、韻字洗い出しをジェネレーターを使ってやります。。
今回の韻字は下平声一先。
先員煙沿鉛延円懸賢肩堅権研玄弦栓泉遷川銭千宣仙船旋専然全前天田年燃辺編偏眠綿連縁乾県圏鮮扇禅伝厘箋舷絃燕蓮巓牽淵煎筵蝉聯漣篇鳶鞭詮虔拳捲焉阡憐妍娟填鈿顛穿捐涎氈鐫椽翩咽
けっこう数があるな。いや、数が少ないよりはマシです。
使いやすそうなのは、煙、円、泉、川、千、然、全、前、天、田、年、眠、連、縁、蓮、漣、あたりか。
青い空の下、黄色い雪解けの大地。
その大地にエゾエンゴサクや片栗の花が咲いて青く染まる。
リスが遊ぶ。
世の中戦争だとかなんだかでサツバツとしているけどこういった平和な光景は尊い
まあ安直な内容だけど、そんなんでいいでしょう。深く考えても、どうせ28字しか使えないのだから複雑にしすぎても表現しきれないので。
あと、タイトルはシンプルにエゾエンゴサクで行きます。
★4 詩の平仄の形を決める。
これ毎回いちいち作るのめんどくさいので、前回の柳公綽のをそのまんま使い回しします。三角のところを弾力を持たせればいいんじゃないかな。
△○△●●○◎
●●○○●●◎
△●▲○○●●
▲○△●●○◎
★5 使いたい漢字をざっと洗い出して、平仄を調べる
使いたい字があまり思いつかない。
青蝦夷延胡索片栗春丘陵栗鼠桜開発咲雪黄地遊
ちょっと待った。ここにトラップがあるのに気づいた。
エンゴサクの延は韻字だ。じゃあさらに由来である玄胡索にしようかとも思ったが、玄も韻字だった。二重トラップかよ。元胡とも言われるようなので元なら大丈夫か。
青蝦夷元胡索片栗春丘陵栗鼠桜開発咲雪黄地遊
○○○○○●●●○○○●●○○●●●○●○
なんか難しそう。あとは詩語辞典頼りでなんとかする。
★6 一句目から作り始めて、韻字を決める
韻字は先に決めてある通り、下平声一先。
平仄はこれ。
△○△●●○◎
こういうのは、下から決めて行く。
●○◎で、最後に韻字が来る語を考える。詩語辞典で使いやすそうな字を探すけど、ここで使いやすそうなのを使ってしまうと、後で使えなくなるので、できれば意外性のある字を消化しておきたいかも。
例えば氈とか。これでセンと読むけど、難しい字だな。毛織の敷物とかの意味。比喩としてなら使える。
地黄氈、とかどうだろう。地は黄氈、ちはこうせん。大地の色は黄色の毛織の敷物みたいだ、的な意味。平仄は●○◎なので、あとは上の四文字で空の青さをうたっておけばオーケーか。
上は、△○と△●。季節が春ということを先に置いておいた方がいいのかなと思ったので、春望はどうだろう。平仄は○○で意味は春の景色を眺める。当然のこととして杜甫の代表作である春望を意識していて、戦争の悲惨さを詠んだものなので、後段でほのめかす戦争の伏線ということです。
△●で天闊はどうか。夏目漱石の『函山雑詠』から。てんひろし。
つなげると、春望天闊地黄氈。しゅんぼう、てんひろくして、ちはこうせん。
★7 2句目を作ってみる
平仄はこれ。
●●○○●●◎
そういえば七言絶句って二句目の最後って韻字だったっけ。すっかり忘れていた。
真ん中の○○は、さっき調べた元胡でいいでしょう。この二文字でエゾエンゴサクということで成り立つでしょ。
●●◎の最後の韻字で漣を使ってみたい。さざなみ。エゾエンゴサクは小さな可憐な花がまばらに群生している。まばらだけど、それが広範囲になると、緑の草地の中に淡い青でさざなみが立っているかのようなので。ごとしなので、如か若か。平仄は如が○で若が●なので、ここは若にする。
問題は漣の部分をどういう熟語で使うか。
ここで大漢和辞典デジタル版を発動。定価税別13万円。ただし発売記念特化版で買ったので税別10万円だったはず。高い金額を出して買ったんだからたまには役に立ってくれ。
でもこれ、逆引きがついていないのが難点。で、やっぱり見たけど分からない。役に立たなかった。
ので、しょうがないので、角川新字源を引きます。こちらは大昔の高校生の頃に買った紙の辞書です。これで、下に漣が来る熟語を調べる。
碧と細が●、清と微は○なので、ここは細にしようか。碧だと青からズレるような感じがするし、色の名前を入れるのはあざといかなとも思うので。若細漣。
最初の●●をどうするか。エゾエンゴサクの姿を比喩的に表現した語が何かあるか。
花言葉を調べてみると、「妖精たちの秘密の舞踏会」というのがあるらしい。どうもこれ、脚本家の倉本聰氏がドラマ『風のガーデン』の中でつけたものらしい。2008年放送というから割と最近じゃないですか。てか花言葉って新しく勝手に作れるんかよ。
これもう安直に舞踏でいいでしょ。●●です。
舞踏元胡若細漣。ぶとうのげんご、さいれんのごとし。
★8 3句目を作ってみる
△●▲○○●●が平仄。
リスが遊ぶ、という内容にするなら、栗鼠は●●なので、最初の△●のところしか入らないよな。
▲○を客蹤にしてみようか。かくしょう。●○。旅先で巡り歩いた足跡という意味。高啓の『逢呉秀才復帰江上』から。
最後の○●●なんだけど、栗鼠をカメラで追う人間にするか。先日、エゾエンゴサクが咲いているところで腹這いになって大きなカメラで撮影している女性を見かけた。すぐ通り過ぎたので詳しくは分からないけど栗鼠はいなかったと思うのでたぶん花だけを接写していたんだろう。
じゃあ、匍匐写でどうだろう。平仄は○●●になる。ほふくのしゃ。腹這いになって写真を撮っている、ということ。写がなんかすごい適当っぽいけど、匍匐が畳韻語なので使うとなんとなく上級者っぽいかも。
講談社学術文庫から出ている『杜甫全詩訳注』全四巻は、注釈で畳韻語を指摘してくているのがいいですよね。
栗鼠客蹤匍匐写。りすのかくしょう、ほふくのしゃ。
そういえばここって挟平格●○●も使おうと思えば使えるんだったか。結局出番はありませんでした。
★9 4句目を作ってみる
▲○△●●○◎
最後に最難関だな。
下の●○◎から。詩語事典でパラパラ見ていると、抱花眠が良さげか。袁牧の銷夏詩から。なんかいかにも詩というよりポエムっぽい表現だけど、まあそういうのもいいんじゃないかな。
▲○は風塵にしようか。○○。あまりあからさまに戦争色の強い語にしたくないけど、それでも戦争の意味のある語でちょうどいい。
△●は留得どうだろう。○●。とどまることができる、という意味。温庭筠『過新豊』から。
風塵留得抱花眠。ふうじん、とどめえたる、はなをいだきねむれ。
★10 推敲する
春望天闊地黄氈 △○△●●○◎
舞踏元胡若細漣 ●●○○●●◎
栗鼠客蹤匍匐写 ▲●▲○○●●
風塵留得抱花眠 △○△●●○◎
ここでミスに気付いたわ。
一句目、韻字の場所じゃない所に韻字である天を使ってしまっている。
まあ、「押韻箇所以外では韻字を使わない」というルール、これは目くじらを立てなくてもいい部分かもしれません。
でもまあせっかく気づいたので、天闊は別の語に変更してみます。
空外○●にするか。空の向こうという意味。遠い空の向こうに想いを馳せるということ。
じゃ、もう一回上げ直し。
春望空外地黄氈 △○△●●○◎
舞踏元胡若細漣 ●●○○●●◎
栗鼠客蹤匍匐写 ▲●▲○○●●
風塵留得抱花眠 △○△●●○◎
以上。これにて完成です。作り始めてから7時間くらいかかっています。
それだけ時間を費やして進捗たった28字。漢詩はコスパ悪すぎ。
以下に完成品と読みと意味と平仄を載せます。平仄は、結果から逆算して、変更可能なものは▲か△です。
自己評価としては、ウクライナの戦争の時事ネタだからこんなもんでしょう。時間を費やせば誰でも作れるレベル。青お題でもう一本作れと言われたらとたんにネタ切れしますよ。
全体の構成としては、そんなに良くはない。二句目と三句目の転換もあまり大きくないし。
ただ、匍匐の部分だけは快心の出来。上手く平仄にハマって良かった。
★11 完成品
エゾエンゴサク
春望空外地黄氈
舞踏元胡若細漣
栗鼠客蹤匍匐写
風塵留得抱花眠
・読み
春望 (しゅんぼう) 、空外 (くうがい) 、地は黄氈 (ちはこうせん)
舞踏 (ぶとう) の元胡 (げんご) 、細漣 (さいれん) の若 (ごと) し
栗鼠 (りす) の客蹤(かくしょう) 匍匐 (ほふく) の写 (しゃ)
風塵 (ふうじん) 、留得 (とどめえたる) 、花 (はな) を抱 (いだ) き眠 (ねむ) れ
・全体の意味。
春の景色を眺める。青い空の向こうに想いを馳せる。目を転じると冬枯れの大地は黄色い毛織りの敷物のようである。(そして空の青と地の黄色の対比はウクライナの国旗を想起させる)。
「妖精たちの秘密の舞踏会」という花言葉を持つエゾエンゴサクの花が咲き誇り、細かいさざなみのようである。
リスがあちらこちら巡り歩く足跡を追って、人間のカメラマンが腹這いになって写真に写そうとする。平和な光景であり、尊いものだ。
世は、杜甫の春望の時代よろしく戦乱で騒がしいが、戦いはいつか必ずとどめることができるはずだし、そうなってほしい。戦争で亡くなった人は花を抱いて安らかに眠ってほしい。
・平仄
△○△●●○◎
●●○○●●◎
▲●▲○○●●
△○△●●○◎
下平声一先。韻字は、氈、漣、眠。
漢詩のアトリエ kanegon @1234aiueo
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