最終話 ゆー様、もう少しだけ!

 夜1時30分。終電も無くなり、みんな帰宅して、フロアには誰も居ない。

 俺の机の付近だけ、天井の明かりが点けられていて、そのほかは闇。サーバーの赤いランプとかだけが光っている。


 俺はこの景色が嫌いだ。

 本当なら、自宅で読書したり、風呂に入っていたい。

 極力、徹夜対応は避けて、スキマ時間で何とかしてきたんだ。


 でも、今日に限っては、そうは行かない。一気にやってしまうのが、一番時間効率が高いように思えた。


 だから、俺は課長に頭を下げたんだ。

 こんな具合に――。


 ◆


 ――少し時間を遡って、今日の、昼間のことになる。 


「課長、お願いがあるのですが」

「なんだ? 小野」


「モグーレをお借りできないでしょうか?」

「1台預けてあるよね? 異世界消去の為にさ?」

「1台じゃなくて、会社が所有する、何台かを。多いほうが良いです」

 俺は両手を広げた。


「何に使うんだよ?」

「例の異世界に、多重転移します」


 課長はポカーンとしていた。駄目出しの理由とか自説を課長が構築し始める前に、俺は一気にまくし立てる。

「会社としても、あの異世界が延々と残ったままだとまずいと思うんです。完全消去まで、進捗あと少しの所まで来てるんですが、最後の難関がございまして。そこを多重ログインでなんとかクリアできそうでして」


「……他の業務への影響は? ホントにクリアできるの? 失敗したら?」

「いけると思います。夜中に他の社員が帰ってから使いますので、業務への支障もありません」


「……あのさ、小野よ。お前まさかとは思うけど……」

「なんでしょう?」


 課長の声は、念を押すように、とにかく低かった。

「タイムカード、押すつもりじゃないよな? 残業として計上したりとか……」


(本当に、この、ブラック企業め!)

 そんな罵りを頑張ってお腹の中にとどめて、俺は返答した。


「タイムカードは切りません。あくまで個人として……」

 の後の、保身のための予防線トークを展開しようとする俺に被せるように……。


「なんだ! 個人で使いたいのね? なら別に良いよ? 業務じゃなくて個人ね? プライベートの時間としてやるのね? 終わったら元の所に戻しておいてね? タイムカードは切るなよ? 当然、失敗してもお前のせいね?」


 退路を塞がれた。

「個人」「プライベート」を連呼する所に、責任逃れの匂いを嗅ぎ取って、俺の足はイライラで少しだけ震えた。元々、アンタが持ってきた書類に、ラノベが混入してたんだぞ? 責任の一端が課長にもあるのは、明白じゃないか……。


 しょうがない……さっさと終わらせて、楽になろう。


――そんな思いで、夜中に1人、俺は会社に残っているわけだ。


 フロアに、あぐらをかいて座った。

 お借りした異世界ダイブ装置「モグーレ」を8台、同時接続し、俺の手の届く所にぽんぽんぽんっと配置する。


 さて、行くか。


 ◆


「勇者よ、よくぞここまでたどり着いたな」

 朗々と告げる、魔王サロトフルオ。6つの赤い目、角張ったアゴ。それを支える紫色の長身から両腕を生やし、腕には関節が3つずつ。握った杖をゆらりゆらりと振っている。


 今回は、ギルドメンバーというか、群集は連れてきていない。

 勇者の俺と、僧侶女子3人の、合計4人だけだ。


 魔王サロトフルオは早速、杖を振りかざして、攻撃してきた。

 巨大な火球を四方八方に飛ばす魔法。


 前回は、コレでみんな焼き尽くされた。


「いくぞみんな! 手はず通りに!」


 僧侶が3人も居る。盾の防御魔法「カキーン」を2人が唱えて、4人全員をカバー。もう1人の僧侶、アヤカが加速の魔法「ノーグズグズ」を唱えて、アヤカ自身を加速させる。


 役割を変えつつローテーションさせることで、おっちょこちょいのアヤカ、クールなミカ、元気が取り得のキヨエの僧侶3人組は、軒並みスピードが上がった状態となった。


「くらうがよい」

 魔王サロトフルオは、闇の柱を発生させた。様々な軌跡を描いて迫る漆黒の柱を、やはり盾の魔法「カキーン」で防ぐ。


「ノーグズグズ!」

「ノーグズグズ!」

「ノーグズグズ!」

 僧侶3人は、加速の魔法を俺に対し、重畳的にかける。

 世界がゆっくり動いて見えるようになった。


「シャーッ!」

「シャーッ!」

「シャーッ!」

 俺が持つ武器「ヤバイ剣」の切れ味を増す魔法だ。砥石で刃物を研ぐがごとき言霊を添えて。


 さあ! いくぞ!


 俺は、


 会社の床、じゅうたんの感覚が、俺の太ももに。途端に、世界の動きが速くなる。

「ノーグズグズ!」の魔法の効果は、現世には及ばないから。


 さて、「再開モード」で、異世界転移しよう。

 ただし!

 さっき使った異世界ダイブ装置モグーレAではなく、その隣に置かれた、モグーレBを使って。


 ……。


 魔王サロトフルオの、紫色の背中が見えた。

 その後ろに、盾の魔法「カキーン」で攻撃を防ぎ中の、僧侶3人組。


 俺が、異世界での「出現ポイント」を、少しずらして転移したから。

 ヤバイ剣を振りかぶった所で、またも現世に戻る。


 次は、モグーレCを使って異世界転移。魔王サロトフルオの右側面へと出現する。

 ヤバイ剣を振りかぶり、現世に戻る。


 この一連の作業を繰り返した結果、異世界に、「ヤバイ剣を振りかぶった俺」を7人、同時出現させた。


 つまり、

 盾の魔法「カキーン」で守られた俺の他に、

 魔王サロトフルオの後ろに俺2人、右側面に2人、左側面に2人、上空に1人。


 計8人の俺だ。最初の1人だけは、魔王サロトフルオに正対して、攻撃に耐えている状態だから、ヤバイ剣を振りかぶってはいない。


 そして厳密には、8人は存在していない。 


 どういうことか?


 要はパラパラ漫画の原理だ。ノートの切れ端に絵を書いてパラバラめくると、絵が動いて見える、アレ。


 パラパラ漫画の1枚目に1人目の俺、2枚目に2人目の俺……という具合で、8枚使って8人の俺を、「異世界に、まるで同時に存在しているかのよう」な状態にした。


 そして「再開モード」の異世界転移&現世帰還を繰り返す。それこそ秒単位(異世界基準)で。8人の俺が少しずつ、コマ送りのように、順繰り順繰り動いていく。


 それが可能な程に、加速の魔法「ノーグズグズ」を重ね掛けしてもらっている。


「すごい!」

「勇者様の動きが」

「なんか、カクカクしてます!」

 盾魔法「カキーン」の裏で、感想を述べる、僧侶3人組。


 そりゃそうだろう。

 ある位置に居る俺は、パラパラ漫画8枚ごとに1回しか、描かれてない状態だからな。チカチカ点滅するように彼女たちからは見えるだろうし、動きもカクカクするだろう。


 そして。


 多方向からの。


 同時集中攻撃!


 7本のヤバイ剣(盾魔法「カキーン」で守られてる俺以外の)で、違う方向から切られハッシュされた魔王は、反撃の間もなく力尽き、紫イモの賽の目切りみたいになった。


 ……油で揚げて塩かけたら、ポテトスナックだなこれ。魔力たっぷりで病みつきになりそうな。


 人力チートの勝利!

 名付けるなら、「フレーム分割分身」ってところだろうか? 「多重転移マルチトランス分身ディバイド」? 「八人の侍」? 「コツコツ作業」って名前も良いな。


 ともあれ、これで課長に怒られずにも済むはずだ。


 ◆


――もっと早く、この裏技「コツコツ作業」に気付くべきだった。


 よくあるファンタジー世界の物語の如く、王様から、ねぎらいの言葉をもらったんだけど……。


「よくぞ魔王サロトフルオを倒し、この世界を救ってくれた! 天晴れじゃ! 勇者カクカクよ!」


 どうやら、フレームスキップ的な「カクカク」という二つ名で、俺はこの世界の伝説になるらしい。


「どうぞ、カクカク様。こちらへ」


 来た! 豪華な別室!


 豪華な調度品!


 酒! うめー!


 食事! うめー!


 美女! きれい!


 美女! かわいい!


 美女! あどけない!


 美女! Sっ気強そう!


 美女! うぉ、ツンデレ!


 美女! うるうる目の丸顔!


 美女! 三つ編みメガネっ子!


 美女! 褐色肌の獣系もいるの!


 美女がたくさん!


 うわーい! ご褒美来た! 酒池肉林!


 これ、「フレーム分割分身」ってか「コツコツ作業」を使えば、居並ぶ美女達と、同時にあんなことやこんなことまで……うへへへ! カクカクしちゃうぞ! うへへ! うへへ! うへへへへへ!


 ……


 ……


 ガシュッ! ゆさゆさ!


 現実に引き戻された。


 職場のフロアには、窓から朝日が差し込んでいて。


「小野先輩?」

 新入女子社員の綺麗どころ、ゆかなちゃんが、俺の肩を揺さぶっていた。


『いつもニコニコ早朝出社』でお馴染み、社内のアイドル的存在、高嶺の花、ゆかなちゃんだ。「ゆーちゃん」とか、「ゆー様」とか呼ばれているけど、俺は気後れのためか、そこまで崩して呼ぶことはできない。


「徹夜作業ですか? こんなにモグーレを使って……?」

 

 俺は、気恥ずかしさを隠すように、会釈した。

「お、おはようございます……」


 朝日をバックに、紺の制服姿がまぶしい。ゆかなちゃんは、ファンタジープリンタCFP8300の画面を見て、スカートのスリットから健康的なふとももを覗かせながらパソコンを操作し、制服のベストに収まりきらなそうな胸を揺らしつつクラウドをチェックしてから、俺にこう言った。


「あっ! 例のバグ異世界、消えてますね! オノデン小野伝助先輩がやったんですか? すごーい! お疲れ様です!」


「あ、あはは」

 俺の力ない笑い。

 誤生成しちまった異世界、予定通り、消えちゃったんだみたいだけど。酒池肉林のスタート直前で……。


「あ、あのさ、ゆかなちゃん」

「なんです?」

「消えた異世界の、バックアップデータって、残ってないよね……? クラウド上に……」


 ゆかなちゃんは、肩まである黒髪を耳の後ろへとかき分けて、小さなピンクのピアスをあらわにしつつ、意味深な表情で言った。

「クラウド上に、無いですね」

 

 そして彼女は、右手で口を隠すように、くすくすと笑った。その右手に――。


 赤ペンの、インキが飛んだような跡があるのに、俺は気付いた。


<了>

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