第8話 飼い猫になりましたが、何か?
俺はトラ兄ィと、ふかふかのソファーの上で、ご主人達の様子を見ている。
「で、美優ちゃん。話ってなんだい?」
「結論から言います。英典伯父さん。私の部屋で、ペットを、マサムネを飼わせて 下さい。」
「なに?」
「マンションがペット禁止なのは分かってます。でも、どうしても飼いたいんです。」
「うーん・・・・。」
おいおいマジか!あの部屋、ペットを飼っちゃダメなのか?
それを分かってて、俺を保護して連れて行ったのか?
無茶苦茶だな!うちのご主人様は!
いや、事と次第によっちゃあ、今日でご主人様じゃ無くなるかもしれないじゃないか!
「ダメよ、美優ちゃん。幾らあのマンションのオーナーが私達でも、それはオーナーとして許可できないもの。」
「礼子伯母さん。そんな事は百も承知です。それでも飼いたいんです。」
「はあー・・・・。いい?美優ちゃん?ペット禁止は皆が守ってるルールなの。幾ら可愛い
「分かりました。じゃあ、家賃は今の三倍払います。それで許可してください。」
「だからー、そういう事じゃなくってね・・・・。」
「母さん、まあ、待ちなさい。」
俺のご主人様とトラ兄ィのご主人様の奥さんのやり取りに、トラ兄ィのご主人様が割って入った。
「クロ助。何揉めてんだろーな。」
トラ兄ィは後ろ足で耳を掻いている。
「俺の事で揉めているんだよ。トラ兄ィ。」
「は?」
「俺、解るんだ。人間の言葉が。」
「はいー?!ちょ、ちょっと待て!人間の言葉が解るって・・・・。」
俺は、トラ兄ィに今のご主人様と出会った事から今までの
「なるほどー。そりゃー、クロ助。
「
「ああ。
「シノノメの婆さん?」
「ああ。俺がここに厄介になることになった時に居た先住猫だ。中々の博識を持ってた婆さんでな。色々教えて貰ったよ。」
「そうなんだ・・・・。」
「婆さんが、言ってたよ。猫の中でも、クロ助のような黒猫は、頭が良いから、猫又になる確率が高いんだと。」
「へぇー。」
「しかし、お前が猫又になるとはなー。まあ、いいかwクロ助はクロ助だしな。で、話はどうなってる?」
「ちょっと待って。」
俺達は再びご主人様達の話に耳を傾ける。
「なあ、美優ちゃん。そこまで
「・・・・。うん・・・・。」
「どうだい?伯父さんに話ちゃくれないかい?」
「話したら、許可してくれるの?」
「それはぁー。美優ちゃん次第だなぁー。」
俺のご主人様は、深呼吸をすると、話を始めた。
「私。もう後悔したくないの。」
「後悔・・・・?」
「大学受験の年の冬にね、猫を拾って、家に連れて帰った事があったの。その時も両親に反対されたの。特にお父さんに言われた一言が、胸に刺さったの。」
「『覚悟はあるのか!』ってな事でも言われたんだろ?」
「・・・・。うん。」
「ははは。光太郎らしい言い方だな。」
「伯父さん、何で解ったの?」
「これでも一応兄弟だぞ?光太郎の言いそうなこと位解るさ。で?」
「お父さんはその時こう言ったの。『お前は、小さな命をどんな事があっても護る事ができるのか?その覚悟があるのか?』って。私、何も言い返せなかった。あの時は、拾ってきた仔猫が可愛いくて、可哀想で、ただそれだけで。最悪はお父さんやお母さん、弟が何とかしてくれるだろうって、甘い考えだったの。それを見事に見透かされて・・・・。」
「それで?」
「結局、仔猫は元の場所に置いてきたの。悔しいのとか、情けなのとか、後悔とかで何か頭の中がゴチャゴチャで、泣くしかなかったの。」
「そうかー。そんな事があったのかー。そりゃあー、辛かったろう?美優ちゃん。」
「うん。」
俺はこの時確信した。あの時、雪の日に俺を連れて行った女の子は、今のご主人様だったんだ、と。
どうりで、保護された時に懐かしい匂いがした訳だ。
これも何かの巡り合わせか・・・・。
どうせ人間達の事だ。また、人間の都合って奴で、俺は捨てられるんだろう。
まあ、捨てられた所で、元の生活に戻るだけだ。
トラ兄ィが無事で、居場所も分かったし・・・・。
「でもね、伯父さん。今回ばかりはもう同じ後悔をしたくないの。私ももうあの頃と違う。マサムネの世話だって一人で出来る。」
「そりゃー、美優ちゃんだって、立派な大人だ。それ位できるだろ?」
「あー、そうじゃなくって!そのー、なんていうかー、覚悟とか、責任とか、そんな事は当たり前で、もっと純粋に・・・・。」
「純粋に?」
「あの子を、マサムネの命を護りたいの!!!」
「命を、護る・・・・?」
「マサムネはね、車に
「それで?」
「私、ブチギレて、その人たちにボロクソに言ってやった。猫だろうが、人間だろうが、命には変わりないだろうって。」
「・・・・。」
「で、結局、命と引き換えに、マサムネは右目を失った。でも、マサムネは必死に生きようとしたの!だから、失った右目は、私にとっても、マサムネにとっても、生きる為に戦った勲章なの!だから、失いたくないの!手放したくないの!だから決めたの!マサムネの為ならなんだってする!命を懸けてもいい!!」
「ふぅー。」
トラ兄ィのご主人様はため息をつくと、席を立ち上がり、俺達の所にやってきた。
そして、俺の顔を見ると、ニコっと笑って、俺の頭を優しく撫でてくれた。
この人も、心底猫が好きなんだろう。いい匂いがする。
「おい、マサムネ。良いご主人様に巡り会えたな。」
そういって、何度も何度も俺の頭を優しく撫でてくれた。
「母さん。」
「どうしたの?あなた。」
「あのマンション。ペット解禁にしよう。」
「え?あなた・・・・。」
「伯父さん・・・・。」
トラ兄ィのご主人様は、俺を優しく
「実はなぁー。他にも借主からペット解禁にしてくれって、相談が何件も来てたんだよなぁー。」
「そうなの?伯父さん。」
「ああ。最初はどうしようか迷ったよ。一口にペットっていっても、どこまでがOKなのか?
「そうだったんだ・・・・。」
「でもな。俺も腐っても男だ。可愛い姪っ子が、そこまで覚悟を決めて、この子を護りたいってンなら、答えてやんねぇとな、男が廃るってモンだろ。」
「じゃあ・・・・。」
「おう。この子、部屋で飼ってもいいぞ。」
「ほんとに?!」
「男に二言はねぇ。」
「有難う!!英典伯父さん!!!」
「あなた?本当にいいの?」
「明日、管理会社には俺から連絡しておくよ。それと、常駐の管理人の手配もして貰おう。何かトラブルが起こったら、管理人に対処してもらう。」
「わかったわ。あなたが言うなら、そうしましょう。」
こうして俺は、ご主人様の部屋で生活出来るようになり、晴れて飼い猫になったのである。
「おお?もうこんな時間か!えらく話込んじまったなあー。美優ちゃん。」
「はい。」
「今日は時間あるだろ?飯、食ってくか?」
「はい。」
「母さん!今日は中華にしよう。餃子と
「えー?嫌よー!何で仕事が休みの日まで中華作らないといけないのよー!」
「まあ、そう言うなって!いつも店で鍋振ってんだろ?その調子でよ!ほら!」
トラ兄ィのご主人様の奥さんが、嫌そうな顔をしている。
「美優ちゃんも食べたいだろ?」
「はい!伯母さんの中華は、本場仕込みで大好きです!」
「ほらー、美優ちゃんもこう言ってるじゃねーか。な?」
「もー、仕方無いわねー。」
「よし、じゃあ、美優ちゃん。散歩がてら、こいつら連れて、酒買いに行こう。」
「はい!」
「ちょっと着替えてくらぁ。待っててくれ。」
そういって、トラ兄ィのご主人様は俺をソファーに戻すと、奥の部屋に消えて行った。
「おい、クロ助。結局どうなったんだ?」
「俺もトラ兄ィの仲間入りだ。」
「じゃあ、ご主人様と一緒に暮らせるんだな?」
「ああ。」
「良かったなー!おい!」
「しかもうちのご主人様とトラ兄ィのご主人様は親戚みたいだから、俺もちょくちょくトラ兄ィに会えると思うよ。」
「そっか!また一緒に遊ぼうぜ!積もる話も沢山あるしな!」
すると、俺のご主人様がこっちにやってきた。そして、トラ兄ィの頭を撫で始めた。
「トラジャ。マサムネと仲良くしてあげてね。これからちょくちょく連れてくるから。」
トラ兄ィは嬉しそうに笑っている。
しかし、俺には解っていた。
残念ながら、人間には『ニャー』としか聞こえないことを。
【つづく】
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