第5話 『マサムネ』爆誕ですが、何か?

あれから一週間が過ぎた。

ミルクは飼い主と共に、元気に退院していった。

ミルクの居なくなった、隣のゲージは、少し寂しい。

とはいえ、俺も予定ではそろそろ退院のはずだが・・・・。


と、その時だ。

例の女医が小太郎を連れてやってきた。

「さて、そろそろかなー。」

女医の片手には、何故かはさみを持っている。

こいつ、何する気だ・・・・?

「さあー、イケネコちゃん。窮屈だったでしょ?今自由にしてあげるわー。」

そういうと、その女医は、俺の体を締め付けている保護服をはさみで切り始めた。

そして・・・・。

「はい。終わり。窮屈だったでしょ?」

確かに体の締めつけは無くなった。体も自由に動かせるし、痛みも無い。

「じゃあ、体を洗おうかwご主人様に会う前に綺麗にしないとね。」

そういって、女医は俺をゲージごとどこかに運び始めた。

運ばれた所はというと・・・・。

「さあー。体を洗うわよ!」

そこは、どうも俺達用の、人間の言うところの風呂のようだった。

女医は慎重に俺をゲージから出して、優しく抱き抱えた。

猫好き独特の匂いがする。

この女医は心の底から俺達猫が好きなようだ。

彼女はそっと洗い場に俺を下ろすと、シャワーで俺の体を流し始めた。

温度も丁度良く、気持ちいい。

ずっと野良だった俺には、初めての体験だ。

「顔はもう少し我慢してね。ご主人様をびっくりさせたいからw」

彼女はそう言いながら、今度は何か泡が出る容器を用意し始めた。

「さあー、行くわよー!!」

彼女は容器から泡を一杯出して、俺の体にその泡を塗ると、体中をほぐし始めた。

あー。なんという心地よさだろう。生まれて初めて味わう感覚だ。

「さて。こんなモンかなー。」

彼女はまたシャワーを使い始めた。

どうやら、俺の体に付いている泡を洗い流しているようだ。これも心地よい。

「どう?さっぱりしたでしょう?」

そうすると、彼女は一度俺の体を布らしきもので水分を拭き取った。

「さあ、仕上げよw」

彼女はまた俺を抱き抱えると、今度は風呂場から他の部屋に移動し、ベットらしき所に俺をそっと置いた。

すると、今度は何やら片手にを持っている。それを俺に近づけてくると、そのはブォーっという音と共に、暖かい風が吹き始めた。


なんだこりゃ?


彼女は、その風をあちらこちらにあてて、また体をほぐし始めた。

これはこれで気持ちいい。

しかし、俺には一つだけ気になることがあった。

そう。俺の顔に巻いてある白い布だ。

人間の言葉で言うなら、包帯らしい。

これだけはどうしても痒い。

どうしても鬱陶うっとうしい。

俺は、前足を使って、この布をとろうとした。

「こら、そこはまだ取っちゃダメよ。もう少し我慢してね。」

彼女はそういって、俺をたしなめる。

こいつ、どういうつもりだ?

俺には意図がさっぱり分からない。


そうこうしているうちに、誰かがやってきた。

「すみません。大槻先生。林さんがお見えになりました。」

どうやら俺を保護した女性がやってきたみたいだ。

「すぐ行きまーす。」

そういうと、彼女は俺を抱き抱えた。

「さあ、イケネコ君。ご主人様とご対面よ。」

そして、俺はこの女医に抱えられて、俺を保護した女性の所へ連れて行った。

「大槻先生。」

俺を保護した女は軽く会釈をした。

「お待たせしました。林さん。」

「先生。この子、どうですか?」

「もう大丈夫よ。体重もすっかり標準まで戻ったわ。傷も完治してる。」

「じゃあ・・・・。」

「ええ。退院できますよ。」

「でも、顔の包帯は・・・・。」

「ああ、これね。一種のサプライズ。って、いうか、最後の確認ね。」

「確認?」

俺を保護した女性は怪訝そうな顔をした。そこで、女医の顔が、急に真顔になった。

「貴女。本当にこの子を保護する覚悟が出来てる?」

「はい。既に自宅には、猫用のトイレ、この子が遊ぶ為の道具等、必要な道具を揃えてます。」

「そう。」

女医はひと呼吸置いて、話を続けた。

「今から、この子の顔の包帯を取るけど、それでもこの子を引き取るのね?」

すると、俺を保護した女は、真顔でこう言い放った。

「顔がどうとか、体に障害があるとか、私には関係ありません。私はこの子を飼うと決めたんです。この子を一生面倒見ます。」

「どうやら、決意は固いようね。」

すると、女医は、俺の顔の包帯に手をかけ、包帯を外した。

「どう?」

「こ、これって・・・・。」

ああ、やっと俺の顔の包帯が取れた。窮屈だった分、気分は良い。


駄菓子菓子・・・・。


ん?妙に視界が狭い。

包帯を取る前と視界が変わってない。

どういうことだ?

「どう?イケネコでしょ?」

「・・・・。」

「結論から言うと、この子の右目は、搬送された時点で既に手遅れだったの。だから、眼球を摘出したの。でも、そのままだとカッコ悪いから、私の趣味で、まぶたは縫合して、固定したの。」

は?この女、何勝手な事をしてくれたんだよ!俺の顔が台無しじゃねーか!

「顔も随分負傷してた。でも、幸いこの子は骨格が頑丈だったから、頭と顔の骨格はほぼ怪我をする前と同じ状態まで治療できたわ」

「そうですか・・・・。」

いやいやいや、そうですかって、納得してんじゃねーよ。

その時、俺はたまたま診察室にあった鏡で俺自身の顔を見た。

うわー、イカツイ。


俺はその時悟った。


こりゃ、また野良に逆戻りだな。

どうせ、この女、俺を引き取る気を無くしただろう・・・・。


駄菓子菓子・・・・。


女から予想外の言葉が返ってきた。

「・・・・。カッコイイ。」

俺は、一瞬耳を疑った。

「カッコイイです。先生!私、ますます覚悟が出来ました。」

はー?どう見てもイカツイだろ?こいつ、どういう美的センスなんだ?????

「でしょー?貴女なら、私のセンスが分かってくれると思ったわ。」

お前ら、どういうセンスしてるんだよ!!!!

「私、この子の名前、今決めました!」

「へー。何て名前?」

「マサムネです。」

「マサムネ?」

マサムネ?なんだそりゃ?

「はい。戦国武将の伊達政宗から取る事にしました。伊達政宗も、幼い頃に右目を失ってます。でも、戦国屈指の大名になりました。この子も、伊達政宗に負けない位、逞しく育って欲しいんです。」

「いいわねー。カッコイイじゃない。」

そういうと、俺を保護した女は俺を抱き上げて、嬉しそうにこう言った。

「あなたは今日からマサムネよ?わかった?」

マサムネねー。まあ、名前なんてどうでもいいや。

とりあえず、俺を飼ってくれるなら、それでいい。ちょいと、愛想でも振舞ってやるか。

俺は、ニャーと一声鳴いてやった。

すると、彼女はギュッと俺を抱きしめた。

ぐ、ぐるしい・・・・。

「マサムネ。今日からよろしくねw」


こうして、俺は「マサムネ」という名前を貰って、とうとう野良から飼い猫になったのである。


【つづく】






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