第2話 保護しましたが、何か?(前編)
私は
髪はいつもショートカット。スカートは嫌い。酒をこよなく愛する普通のOLだ。
でも、何故か男性に言い寄られる事が多い。
訳が分からない。さっぱり分からない。
こんなガサツで40過ぎのオッサンみたいな奴のどこが良いのか?
自分でいうのもなんだけど、平均的な女子より外見もスタイルもいい方だと思う。だからなのか?
そして、会社の男性陣からは、
「お前、黙ってりゃガッキーにそっくりなのにな。喋ったら、只のオッサンだ し(笑)」
とよく言われる。
別に今まで人生で、男性と付き合った事は一度も無い訳では無い。経験だって、人並みにある。
でも正直、今は恋愛は興味が無い。
というよりも、男性自体に興味が無いのだ。そして、何故か女性にモテるというお決まりのパターン。
どんなイケメンに言い寄られても、『あ、そう。それで?』と思って終わり。
彼氏と過ごす時間があったら、友達と飲みに行くか、さっさと家に帰って、テレビを見るか、寝る。
休日は家でゴロゴロしているか、ボケーとしているか、酒を一人で飲んでいる。
その方が有意義だと思っている自分が居るだけ。
ただ、私には酒以上にこよなく愛してやまないものがある。
それは…。
猫だぁーーーーーーーーー!!!!!!!
私は猫が好きだ!特に黒猫が大好きだ!!
あの可愛さは反則だ。絶対無二だ!いや、もはや正義といっても過言ではない!!!黒猫と呼ぶのもおこがましい!!!!
クロヌコ様あぁぁぁーーーーー!!!!
黒猫が出てくるテレビ番組は勿論、アニメ、書籍、グッツ、写真集等々、ありとあらゆるものを制覇してきた。
お陰で部屋は黒猫関係のもので溢れ返っている。
服も黒を基調にした物が多いし、宅配便もクロネコしか使わない。飛脚は勿論、真面目すぎる人の会社など論外!!!
だから、皆、口を揃えて言う。
「そんなに好きなら、飼えばいいのに…」と。
でも、現実は厳しい…。
私の住むワンルームマンションは、ペット禁止なのだ。
飼いたくても飼えないのだ。
管理会社がうるさいのだ。
一時期、引越しも考えた。
駄菓子菓子…。
なにせ、立地条件も、交通アクセスも良い。会社までもひと駅だ。
おまけに家賃も共益費込みで4万以内。
ペット可となれば、今の私の住んでいる所だと、家賃は倍近くに跳ね上がる。
財政的に裕福な訳でもない。猫を飼うとなれば、それなりの支出も覚悟しなければならない。
要は、根性無しなのだ。
それともう一つ。
過去のトラウマがあるのだ。
それは、17歳の冬。私が高校3年の時の事だ。
その日は珍しく雪が降っていた。
学校の帰り道。
何気なくいつもの通学路を歩いていると、どこからともなく、か細い猫の鳴き声が聞こえてきた。
私は何気なく鳴き声の方へ寄ってみた。すると…。
そこには、半分雪に埋もれながら、健気に鳴いている黒猫が居た。
「可哀想に…。」
私はとりあえず、積もってる雪を振りほどいてあげた。
そして、そっと抱いてみた。
体は冷たくなってきていた。
「まずい…。」
私の直感がそう訴えていた。
私は、首にかけていたマフラーを外し、その黒猫を包んだ。
しかし、どうしたものか?
私はとりあえず、家へ連れて帰る事にした。
「ちょっと我慢しててね。」
私は、マフラーに包んだ黒猫を懐に半ば無理やり抱え込み、家路を急いだ。
「どうか誰も居ませんように…。」
家に着いて、恐る恐るドアノブに手を掛ける…。
ガチ、ガチ。
玄関は鍵が掛かっていた。
「よし。ラッキー!」
私は、制服のポケットから鍵を取り出し、玄関の鍵を開け、取るものもとりあえず、階段を駆け上がり、二階の自分の部屋に入った。
「ふう。とりあえずっと。」
その後、私は懐から黒猫を取り出し、マフラーを解いて自分のベットに移し、顔だけ出して体に布団を掛けてあげた。黒猫は安心したのか、『ニャー』と一声鳴いて、体を丸めた。
「そうだ。お腹が空いてるかも…。」
私は制服のまま、台所に行って、マグカップに牛乳を注いで、レンジでチンをした。そして、マグカップに小指を突っ込み、温度を確かめた。
「これぐらいかな…?」
牛乳は人肌よりやや
そして、今度はスープ皿を取り出し、マグカップの牛乳を注いだ。
「これでよし、っと。」
私は、スープ皿に注いだ牛乳を、自分の部屋に持っていき、黒猫の前に差し出した。
「ほら、お飲み。」
黒猫は牛乳に気づいたのか、ムクっと体を起こし、スープ皿を臭うと、牛乳を飲み始めた。
「良かったぁー。」
私は安堵した。
黒猫はよっぽどお腹が空いていたのだろう、物凄い勢いで、牛乳を飲んでいる。
「お腹がすいてたんだね。もう安心だからね、落ち着いて飲んで良いのよ。」
私がそう言いながら、黒猫の頭を撫でると、黒猫は嬉しそうに『ニャー』と鳴いた。
「お前、私の言葉がわかるの?」
私は不思議そうに黒猫を見つめる。しかし、黒猫はお構いなしに無邪気に牛乳を飲み続けている。
「さて、これからどうしよう。」
私は黒猫を見ながら、だんだん冷静さを取り戻してきた。冷静になればなるほど、今度はどうしようと考え始めた。
額からどんどん汗が流れはじめてきた。
理由は簡単だ。
どうせ親が反対するだろう。でも、この子を見捨てる訳には行かない。
どうやって説得する?どういう理由で、どうやって納得させる?
「考えろ…。考えるのよ。なんの為に付いてるのよ。私の脳みそ!」
しかし、どんなに考え込んでも、いい案が浮かんで来ない…。
「美優!みーゆー!」
やばい。母さんが帰ってきた。
「いい?ここでじっとしてるのよ?」
私は黒猫に一声かけると、部屋を後にした。
「美優!帰ってたの?」
「う、うん。」
玄関に降りてみると、母さんは買い物をしてきたのだろう、両手に袋を持っていた。
「どうしたの?まだ着替えてないじゃないの。」
母さんは不思議そうに、私を見ている。
「あ、ああ、今帰ってきたとこなの。」
「早く着替えてらっしゃい。」
「あ、後で着替えるから。それより買い物の荷物、台所まで運ぶわ。」
「あら、ありがとう。」
私は、そう言って、母さんの荷物を持って、台所に運ぼうとした。
「ちょっと美優!」
「なに?」
「制服の胸元、えらく汚れているけど?」
し、しまった。黒猫を抱えた時に汚れが付いたんだった。
「あ、ああ、これ?ちょっと、帰り道に…。」
「荷物は良いから、早く着替えてらっしゃい。制服洗わないといけないでしょ。」
「うん。わかった。」
ここは素直に母の言うことを聞いておこう。私はそう思った。
部屋に戻ってみると、黒猫は寝息を立てながら、スヤスヤと眠っていた。
寝顔が何とも愛らしい!
思わずモフモフしたくなる!!
私はそんな気持ちをグッと抑えて、部屋着に着替えた。
二階から下りてくると、今度は父が帰ってきた。
「おい!帰ったでぇー。」
「お帰りなさい!」
「おお!美優。帰っとったんか。」
「父さんこそ、今日はやけに早いね。」
「この雪でなー。現場の作業が出来ひんようになってしまったんや。」
父は、主に建築中のビルやマンションの電気配線の施工を請け負っている。
『社長』と言えば聞こえがいいが、要は自営業なのだ。
「
「
両親はいい年だ。だが、今でも下の名前で呼び合っている。
ラブラブなのだ。
母は実年齢よりは10歳は若く見える。私が言うのもなんだが、美人で性格も可愛い。街を二人で歩けば、よく『姉妹』に間違えられる。
対して父はガッチリとした体格に顎のラインと口周りに髭を生やしている。
おまけに大阪弁が抜けてない。サングラスをかけようものなら、その筋の人と間違えられてもおかしくない。
今もって、何でこの二人が夫婦なのか、私には皆目見当がつかない。
それはさて置き…。
役者はそろった。
後は、黒猫の件をどう切り出すか?だ。
そして、その時は来た。
三人でいつものように、夕食を済ませ、母が後片付けを始めた時。私は父に猫の話を切り出した。
父は何も言わず、じっと腕組を始めた。
しかし、片付けを終えた母が切り出した。
「美優。お母さんは反対よ!」
「母さん…。」
「あなた、今どういう時期か分かってるでしょ?」
「でも…。」
「それに黒猫だなんて、縁起が悪いでしょ?大学落ちたらどうするの?」
「それとこれとは関係ないじゃん!」
「関係あるわよ!!!!」
母が話を続けようとした時、父が母を制し、重い口を開いた。
「美優。とりあえず猫をここに連れてこい。」
「光太郎さん…。」
母が何か言おうとしたが、父は話を続ける。
「とりあえず、猫を見せてみろ。」
「…。わかった。」
私は、部屋に戻り、寝ている猫を抱きかかえ、父の前に連れてきた。
父はじっと猫を見ている。
「まだ、生まれて一年経つか経たないか位か…。」
「父さん、わかるの?」
父は、ひと呼吸おいて、口を開いた。
「美優…。お前、ホンマにこの子飼いたいんか?」
「…。うん。」
「美優、俺の顔見て話せえ。」
「父さん…。」
父の目つきが厳しくなる。
「お前、動物を飼う事が、どういう事か解ってて、言ってるんやろな?」
私は、黙ってしまった。
「可愛いから。可哀想やから。そういう気持ちレベルでなんやったら、止めとけ。」
「父さん!」
「ええか美優。お父さんは別に頭ごなしにあかん言うてるわけやないんや。」
「だったら…。」
「お前が、この子の面倒を一人で一生見てあげることができる覚悟があるんか?って訊いてるんや。」
その時の私は、父の言っている事がイマイチ理解できなかった。
「美優。この子を飼うって事はな、この子の『命』を守る覚悟があるかどうかって事なんやぞ?見た所、この子は野良猫や。しつけもせなあかん。猫を飼う為の用具も用意せなあかんし、病院に連れて行って、ワクチン接種や去勢か避妊の手術もせなあかんやろ。その費用、誰が出すねん。」
「…。」
「まさか、俺や母さんに…、とか思ってたんちゃうやろな?お前、もう小学生みたいなガキちゃうんやぞ?そんな事、通用する訳ないやろ。」
「…。」
「それに、この子が病気したら、お前手当出来るんか?そういう事も
私は黙って、父の話を聞くしかなかった。
「例え動物だろうが、人間だろうが、命の重さは変わらんねんぞ?飼い方失敗して、この子が天寿を全うせず死んでみろ?お前が殺した事になるんやぞ?そうなった時、お前はこの子に対して、責任取れるんか?」
「父さん…。」
「お前にそれだけの思いを背負って飼う『覚悟』があるんやったら、飼ってもええ。けど、今のお前には無いやろ?」
「そんなの飼ってみないと…。」
「そんな事言ってる時点でアウトや!お前の目ぇ見たらわかるわ!」
図星だった。
確かに父の言う通りだ。
今の私は大学受験を控えた高校生で、バイトをする時間も無ければ、この子を一生養って行ける財力も無い。それに、この子に何かあった時に責任を取れる自信も無い。
「なあ、美優。生き物、特にペットはな、ぬいぐるみでも
私は、返す言葉もなかった。
「美幸。物置に段ボールと要らん毛布があった筈やからもって来てくれ。」
「わかった。」
母は父に言われた通り、段ボールと毛布を持ってきた。
父は、手際良く段ボールで箱を組立て、箱の底に毛布を敷き、ついでにストローと空のペットボトルで簡易の水飲み筒をあっという間に作ってしまった。
「ほれ、情の移らんうちに、その子をここに入れて捨ててこい。」
「ちょっと待って父さん!せめて今晩位。それに外はまだ雪降ってるし…。」
「アカン!今すぐ捨ててこい!!」
私の目には、涙が溢れかけていた。
「お前が出来ひんねやったら、お父さんが捨ててくるわ。」
「待って!」
「待ってもへったくれも無い!」
「…違う。私が行く。」
そして、私はその子を段ボールに入れ、外に捨てに行ったのだ。
ごめんね。ごめんね。
私は、段ボールの中で毛布に包まって、幸せそうに寝ている黒猫を見ながら、大粒の涙を流し、心の中で、何度も何度も黒猫に謝った。
その時の事は今でも覚えている。
要するに、結局今でも覚悟なしなのである。
父の言葉を借りれば『ヘタレ※(大阪弁でいう根性なし、意気地なしの事)』なのである。
今でも時々思う。
あの時、親の反対を押し切って居れば、その覚悟が有れば、あの黒猫を救えたのではないか?
あの時の黒猫はどうしてるだろうか…。
今、黒猫グッズを集めたり、そういった行動は、せめてもの
駄菓子菓子…。
運命というのは残酷だ。
金なし、根性なし、覚悟なしの私に、この後神様が容赦なく『試練』を与えて来る事を、この時の私はまだ知る由もなかった。
【つづく】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます