山葡萄はえび色

 つけっ放していたテレビから流れて来たのは、『星めぐりの歌』だ。やっぱり好きだなあなんて思っていたら、銀河鉄道の夜の朗読が始まった。何となく点けていただけだから、どういう番組なのか気にしていなかった。ケンタウルス祭の章らしく、カラスウリを採りに行く相談をしている。

 ――青い光をこしらへて川に流す――

 あれ? 青い光? そこで引っ掛ってしまい、次の言葉が頭に入らなくなった。こういう創作物の描写にツッコミを入れるのは著しく情緒に欠けることだと思いながら、カラスウリの実を思い浮かべた。別に植物に詳しいわけじゃなくとも、赤い実であると知っている。青い実でもあるのかと手元のスマートフォンで画像を検索したが、出てくるのは赤か黄色だ。そしてその中にロウソクを入れるのなら、やっぱり光は赤ではないのか。

 些細なことといえば些細なことなのだが、そんなことを気にしているうちに朗読番組は終わっていた。


 翌日の帰宅途中の電車の中で、またそれについて考えだす。宮沢賢治はしんとした静かな光を表現したかったのかなあなんて、ちょっと発見した気分だ。そしてそれを、誰かに話してしまいたい。けれど実家の両親では違うし、SNSで友人に報告したら変人扱いされそうだし、そんな話に乗るほど暇な知り合いなんていなさそうだ。

 駅から歩きながら、ふと路地が目に入った。ぼうっと灯りが見える。つまり、みやこぐさは営業中だ。あの風変わりな店ならば、カラスウリくらい置いているかも知れない。


「こんばんは」

 何度か訪れた店だから、敷居は高くない。店主は珍しく他の客の相手をしており、佑香は壁に掛けられた商品を見るともなしに眺めていた。

 美しいボルドー色のストールがあり、思わず手に取る。深い色だけれど、けして暗くない。お肌に優しい綿ガーゼで、お財布にも厳しくない価格だ。こんな店で衝動買いして良いのかと自問する半面、自分で稼いでたかだか数千円の浪費なんだからとも思う。とりあえず鏡の前で顔に当ててみようと手に持ち直すと、ちょうど接客が終わったらしい。年配の夫人が、夏に刈り取られず秋色に変わった紫陽花を、包んでもらっていた。相変わらず、どこから仕入れてくるのやらって感じの商品だ。


 鏡を借りて色の映りを見る。もう少し色白ならもっと上品なんだろうなと思っていたら、お似合いですよと言われて嬉しくなった。売るためのお世辞など言えそうもない人だから、それほど不似合いってことでもないんだろう。

「ヤマブドウで染められたものです」

「草木染なんですね」

「そんなに綺麗なえび色は、なかなか出ないらしいです」

「ええ、きれいなボルドー」

「えび色ですよ。ヤマブドウは古語ではエビカズラと言われていたんです」

 少し理屈臭いと思わなくもない。

「海老を茹でると赤くなるから、えび色なのかと思ってました」

「実は僕も、それを仕入れるまでそう思ってました」

 店主は照れくさそうに笑い、笑うと人の好い顔になった。

「仕入れた知識を、子供っぽく披露したいだけです」

 考えていたよりも、面白い男なのかも知れない。


「これ、いただきます」

 持っていたストールを差し出し、会計してもらう。良い買い物ができた気分で、包んでもらう間に店の中を見渡すと、先刻まで頭に思い描いていたものがあって、つい笑ってしまった。誰かがこれを買うのだろうか。

「何か笑うようなものがありましたか」

 店主が袋を差し出し、レジに金額を表示させながら言う。財布を出しながら、佑香は返事をした。

「さっきまで、カラスウリのランタンについて考えていたんです。赤い実に青い光は入らないなって」

「ああ、星祭の。僕、実験しましたよ」

 予想の上を行った答えだった。


「赤く色づいたカラスウリでは、青い光は無理でした。まだ未熟な実に青色ダイオードの電球で、やっと青い光。でも宮沢賢治のころにそんなものはないし、イメージなんでしょうね、星の世界への」

 料金を受け取りながら、店主が言う。それでもそんな話を誰かとしたかったらしく、まだ名残惜しそうだ。それは佑香も同じで、カラスウリのランタンの作り方なんか訊いてみる。

「ジャックオランタンよりラクですよ。カッターだけで細工できますから」

 実験したときの写真があると店主は言い、自身のスマートフォンの画像を見せた。

「これが赤い実のカラスウリ、僕は青い光よりこちらのほうが好きですね」

「私もこっちのほうが好きです」


 ひとしきり話して、バッグを抱えなおした。

「あのカラスウリは売り物ですか?」

「はい、秋のリースを作りたいというお客様がいらしたので、ゴシキブドウの蔓なんかも置きました。もう少しすると、ブドウやアケビの籠が入りますので、見に来てください」

 野草と古い小物を商っている店かと思ったら、ストールや籠も置いているとは。

「なんだか、不思議なラインナップですね」

「仕入れ先からの提案と、リピートしてくださるお客様のご要望です。寒くなったら、天然のドライフラワーも置きますよ」

 リピート客がいるのは、ニッチな商売だからだろう。佑香もまた、風変わりな店のリピート客になりそうな予感がする。

 

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