咲いてゐるのはみやこぐさ

春野きいろ

こんな場所、人が来ないでしょうに

 さて、今晩は何を食べようかな。冷蔵庫にある食品を思い浮かべながら、藤崎佑香は歩いていた。一人分の料理は味気なく、けれど毎食外食や出来合いの不健康さにも耐えられず、お財布にも優しい自炊一択になる。せめて酒が飲めれば、また違った夜があるのかも知れないが、生憎と缶ビール一本が限界だ。

 他人に誇れるような趣味や特技はない。家に帰って食事を済ませれば、読書とDVD鑑賞で夜が更ける。顔にパックマスクを張り付けてコーヒーを淹れる姿など、誰にも見せられない。


 数年前にひどい失恋をした。二股で天秤にかけられた挙句、実家の資産で負けた。そんな男とは続かなくて良かったのだと思う反面、自分の愛情は金に換算できるものだったのかとも思う。自分が夢中だった男の目に、自分はどう映っていたのか。そう考えだすと、次の恋愛ができなくなった。男に未練があるのではなく、考えたって理解できるものではないと知っていながら、積極的になることができない。


 別に不自由はしていない。中規模の会社勤めで生活には困らないし、今時のアラサーに結婚が遅いなんて言う人間はいない。主任なんていうちっぽけな役職でも、それなりに新人との差はついている。不平を持つことはあっても、大きな不満はない。

 ただ時々、言いようのない不安に襲われることはある。こうして一人のまま、年齢を重ねてしまうのだろうか。繰り返しの毎日を定年まで続け、孤独のまま老いてしまうのだろうかと。


 もちろん友人全員が結婚しているわけではないし、親掛かりのフリーターですら存在する。もしくは結婚生活に破綻をきたして子供を一人で育てている人や、趣味に全財産を投入している人、婚活に勤しんでいる人。

 その誰もが自分より充実した日々を送って見えるのは、ただ隣の芝生を眺めているだけなのだと自覚はしていて、尚且つ羨ましくなることがある。身体の芯に退屈が渦を巻いているのに、現状から抜け出す気力は生まれない。


 通り慣れた道を歩いて、そこには変化などないと思っていた。だから少し奥まった路地が少々明るいことに気がついたとき、疑問が生じて足を止めたのだ。駅前通りから民家に移行するくらいの場所だ。何か新しい店でもできたのかと、確認したいような気分になった。


 もうすでに田舎の実家でも使われていないような、格子に嵌め込まれたガラスの引き戸は開かれていた。行燈仕立ての白い花が、入り口を飾っている。竹細工の籠と古い道具類、着物が仕立て直されたのであろう布小物、懐かしい色味の花たち。

 何を販売しているのか判断に困り、つい奥まで覗き込んだ。


「いらっしゃいませ」

 一番奥のカウンターの隅からした声は、若い男のものだ。

「ごめんなさい、お買い物じゃないんです。ここにお店があることを知らなくて」

 言い訳がましく答えると、小さく笑い声がして中から人が立ち上がった。何か作業をしていたらしい。

「開業してから三か月近く経ってるんですが。置いているものも店主もくすんでいますから、お気になさらず。適当に眺めてください」

 眼鏡をかけた色白の顔と細身の身体は、一昔前の文学青年を思わせる。この店が何を商っているのか、説明する才覚はないらしい。


 花瓶に活けられている花に目を留め、佑香は首を傾げた。値札が貼られているので、売り物らしい。

「これ、ノコンギクじゃないんですか。栽培がされているんでしょうか」

 植物に詳しいわけじゃない。実家で生活しているとき、道端に咲いていた記憶があるのだ。道端に咲いているものを、販売しているのには違和感がある。

「そうです、よくご存知ですね。祖母の家の裏山にたくさん咲いているので」


 よくよく見まわせば、置いてある植物が懐かしい色味なのは道理で、遊びまわった場所に咲いていたものばかりだ。古い道具類も然りで、好きな人から見れば嬉しいものなのだろうが、骨董価値など感じられない商品ばかり。祖母の家にあったものとそっくりな水屋箪笥の中には、印判の小皿が並んでいる。安価な価格設定ではあるが、今時はワンコインで新しくてセンスの悪くない食器が売っているのだ。

 竹籠だけが新旧あり、並べ方でバランスをとっているらしい。


「今日は見るだけにしておきます。ありがとうございました」

 そう言って、店を出た。地味な上に売れそうもない商品で、商売は成り立つんだろうか。せめてこう、古い街並みを売り物にしている場所に出店するとか、ポップな小物の脇役に置くとか、何か考えることがあるでしょう。

 通りすがりの他人様の商売だし、自分の趣味に合わないだけ。押しの弱そうな店主だったから、すぐになくなる店だろうと思い決め、また駅前通りに戻る。

 

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