つま先立ちの祈り

 

 行方知れずの人を想う。


 目の前で泣いている子を見ていると、無闇に恋しくなる。

 あなたと同じ瞳を持った少女。日に日に、あなたの面影が重なる。


 忘れたくても、忘れさせてくれない。


 突然、連絡もなく私の前から消えたあの人。

 似ている人を見たという知らせが届いた。

 フランスではなく、イギリスの田舎の街で。


 きっと他人の空似。ただそれだけのこと。

 未だに連絡はないのだから、もし本人であったとしても、私には関係のない人になったはず。



 ふと、あなたが私に聞かせてくれた、架空の物語を思い出す。


「天使はどこで世界と繋がっていると思う?」

 唐突に大聖堂の中で私に問いかけたあなた。

 バラのように咲いた大きな光が、室内を全て包み込んだあの時。


 上空を何か翼を持った者が通ったのだろうか。風の影が映った気がした。


「天使はね、世界中の教会のステンドグラスから出入りしているんだよ。窓から窓に飛べるんだ」


 天使が行き交っているのは、実は天空ではなく、窓。

 きっと特別な近道。

 何故だか本当のような気がして、私の中では、悪戯な天使たちがスルリと窓を擦り抜ける絵が浮かんだ。


 そんな話をしながら、教会の讃美歌を聴く。いつしかあなたに恋をした。



 そのイギリスの田舎町には、有名なカテドラルがある。

 或いは天使があなたを連れて行ってしまってもおかしくない程の大きな窓。


 私とあなたの小さな娘が、まだ鍵盤も押せないのに、ピアノを奏でようと画策する。

 懸命につま先立ちをして、鳴らす音に泣きたくなる。

 その姿に、金色の光がまとったような気がしたから。まるで奇跡を願うように。

  

 たとえ違ったとしても、確かめたい。

 私はやはりあなたをあきらめきれずに、狂おしい程に恋しいのだ。


 両手で掬ったとしても叶わない想いがあるとわかっていても、祈らずにはいられない。


 私はいつまでも、欠片を拾い集めている。

 たとえ、それで手を切ったとしても、再び耳を澄ます。


 あの日からねじを巻いていない、回転木馬のオルゴールの音色を、いつまでも焦がれるように。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスタリゼ 水菜月 @mutsuki-natsumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説