エピローグ 過保護な堕天使のモノローグ
ゴボウの嫌いなちえりは、昨晩も筑前煮のゴボウだけを残しました。
ゴボウはミネラルを豊富に含んでいるほか、なんといっても食物繊維が豊富です。
さらにはビフィズス菌の成長を促し整腸効果を高めるというイヌリンが含まれていますし、便秘体質のちえりにはぜひ食べてもらいたい食材なのですが……。
残ったゴボウを活用できるレシピはないものかと考えを巡らせつつ、ちえりの朝食となる鮭の塩焼きを焼いているときに、ベッドの方から7時のアラーム音が聞こえました。
『ちえり。アラーム鳴りましたよ。起きてくださ……』
いつものように布団をはがそうとして、羽根布団に掛けた手をふと止めます。
そう言えば今日は土曜日。
大学は休みですし、二度寝ができるのが幸せだというちえりの言葉を思い出しました。
コンロの火を止めに戻っている間に、ちえりは携帯をタップして再び布団にもぐり込んだ様子。
僕はエプロン姿のままでベッドの縁に腰かけ、ちえりの頭だけが出るようにそっと布団をはがしました。
体温を測ろうと額に手を置くと、少し冷たかったのか「うぅ……ん」と声をあげて眉をひそめるちえり。けれどもそのまま手を置いていると、眉根の力が徐々に抜けて、子供のように安心しきった寝顔に戻りました。
ああ――
あのひとはいつも僕より早く起きていたっけ。
寝顔を見たのは数えるほどだったな――
三百年以上も前に共に過ごしていた “あのひと” のことを思い、僕は立ち上がると窓辺に歩み寄りました。
ちえりを起こさないように、ほんの少しカーテンを開けて白い雲が浮かぶ青空を見上げます。
この空の向こう。
あのひとは今でも僕を待ってくれているのだろうか――
こちらからは見えるはずのない彼方に思いを馳せていると、「おはよう」と声がしました。
ふと見ると、ガブリエルがバルコニーの手すりに止まっています。
『おはようございます』
僕はきちんと挨拶をした上で、彼をしかと見据えました。
『ガブリエル。あなたに聞きたいことがあります。
……一昨日、あなたはちえりのジャージや下着を持ち出して、大学の上空から落とす悪戯をしませんでしたか?』
案の定彼は目を泳がせました。
緊張でわずかに尾の付け根の羽が逆立っています。
「さ、さあ……。アタシにはなんのことだかさっぱり。
……あ、そろそろゴミ収集車が生ごみを回収しに来る時間だわ。さっさと朝ごはんを見つけに行かないと~」
明らかな挙動不審です。
しかし、僕が
やれやれ。
やはり彼は僕の贖罪の邪魔をしたいらしい。
薄々感づいてはいましたが、油断がなりません。
かと言って、贖罪を終えて天上界へ戻るまで僕は
彼の動向に注意を払いつつ、ちえりのために行動するしかありませんね。
ちえりの方を振り返ると、布団から顔を出したまま、相変わらず無防備な寝顔をしています。
一昨日、彼女は恋人との別れを決めました。
上辺だけを繕い続けても、その先に本当の幸せは得られない。
彼女の言葉の裏には、わずかながらも後悔が見えたように思えました。
その後悔を煽ってよりを戻すよう説得すれば、彼女にとりあえず「幸せだ」と言わせることはできたのかもしれません。
けれども、僕はそんなことはしたくなかった。
やはり彼女には本当の意味で幸せになってほしいと願うからです。
368年と149日間という僕の地底界での謹慎期間が満了した瞬間に、地上界のちえりは生誕からきっかり19年と5か月14日を迎えました。それゆえ僕の贖罪を成す対象に彼女が選ばれたわけですが、これはやはり主の思し召しだと思うのです。
なぜならば、元来世話好きの僕は、ズボラなちえりに手を焼く日々が贖罪とは思えないくらい楽しくなっているからです。
地上界には、出来の悪い子ほど可愛いという格言もあるようですし、今では心からちえりに幸せになってほしいと思っています。
かと言って、僕が天上界へ戻るつもりであることには変わりありません。
いつかはちえりを幸せに導くことで我が罪を贖い、あのひとのところへ戻りたい。
僕は再び青空を見上げます。
きっと、あなたは今もこの空の向こう側で僕のことを見守ってくれていることでしょう。
どうかもう少しだけそこで待っていてください。
必ず――
必ず僕はあなたのところへ戻りますから――
(『過保護な堕天使、ズボラな私。』おわり)
※『過保護な堕天使、ズボラなあたし。【本編】』に続きます。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883684637
過保護な堕天使、ズボラな私。【先行プロローグ版】 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari
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