6:家路に着く者たち(PM4:00 異世界発。お疲れ様でした。またのご参加をお待ちしております)
十五年前。
当時、十歳だった九郎は家族と一緒に、日帰りの異世界ツアーに参加していた。
その時も同じように、違法強化されたドラゴンがツアー客を襲った。
当時はまだ光速バスの魔法設備の設置が義務付けられておらず、添乗員の魔法で太刀打ちできないドラゴンに、成す術はなかった。
目の前で両親を、妹を、親睦を深めた名も知らぬツアー客が殺されるのを見た。
ただひとり生き残った九郎は、どことも知れぬ異世界の荒野をさまよった。
生き残るために、自然と魔法を身に着けた。
異世界を放浪する中で覚えた魔法で、九郎はついに地球への帰還を果たした。
家族が死んだあの日から、地球では十年の月日が流れていた。
だが事件の真相は解明されず、世間から九郎たちは忘れ去られていた。
「もしかして、犯人を探してるってことですか? そのために異世界ツアーに参加している? 仇討ちですか?」
クーリエに問われ、九郎は返答に窮した。
「別に……仇が討ちたいってわけじゃない。ただ、真相が知りたいだけだ。どうしておれの家族が、他の客が殺されなきゃならなかったのか。誰が、何のためにそんなことをしたのか。異世界は広すぎる。アテもなく彷徨うのも限界があるからな。もし犯人がツアー客を狙っていたなら、一緒にツアーに参加するのが一番の近道だと思ったんだ。こいつが関与していれば楽で良かったんだが」
エルフの男はミノムシのように全身をぐるぐる巻きにされ、九郎に担ぎ上げられている。九郎の強さにすっかり怯えたようで、抵抗もせず運ばれている。
「ただの金目当ての犯行みたいですからね。準備は相当にしたみたいですけど、これが初めてだって言ってましたし。この男はわたしが責任を持って国へ送り返します。地球人を狙った犯罪ですから、しっかり罰を受けてもらいますよ」
「しかし、また無駄骨か。ツアーに参加する金もバカにならないんだけどなあ」
深い溜息が漏れた。結局、今日も収穫はない。犯行の手口が同じだけで、手がかりは何もなかった。
「でも、おじさんが居なかったら、あたし死んでたよ」
神楽が慰めるように言った。
「日本人で魔法使える人なんて他にいないよ? そんなすごいおじさんなら最初に教えてくれればよかったのに」
「言っておくが、この話は口外するなよ。地球人が魔法を使えるなんて知れ渡って、面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ」
「じゃあ、あたしたち三人だけの秘密だね」
神楽が満面の笑みを浮かべる。
バスへ戻りついた。運転手が神楽とクーリエを迎えた。
強力なドラゴンを倒し神楽を救った(と思われている)クーリエを、ツアー客たちは英雄のように拍手で迎えた。
真相を言えないクーリエは気まずそうに、恐縮してぺこりと頭を下げた。
(まあ……こいつらを守れたなら、今日の旅行は悪くなかったか)
十五年前の絶望を、誰かに経験させずに済んだ。
それだけでも収穫はあったと言える。
乗客全員を乗せた光速バスは、異世界を出立した。
来た時と同じように光速を突破した車体が、七色の虹に彩られた空間へ飛び込んでいく。
解散も、新宿。都会の喧騒に戻されると、疲れがどっと押し寄せて来る。
(これから帰って……少し寝るか。いや来週の仕事の準備もしなくちゃな。スケジュール調整のメール送って、会議用のパワポつくって……あれ、月報って書いたっけな)
やるべき仕事を考えると、何度も溜息が漏れた。だがこうして金を稼がなければ、異世界へ行くこともできない。
「牧島さん」
バスから降りて帰ろうとする九郎に、クーリエが声をかけた。
「異世界に行くのが目的でツアーに参加しているなら、もっと簡単な方法があるんですけど」
「……なに?」
クーリエが牧島に近付いて、そっと耳打ちする。
彼女の提案した内容は、確かに確実な方法だった。
確実で、何より楽だ。
「……じゃあ。それ、ホントに頼んでもいいのか」
「はい。その方がわたしも嬉しいですし。こちらこそよろしくお願いしますね、牧島九郎さん」
クーリエはにこにこと笑っている。エルフは何を考えているのかわからない。
だが、立ち去る九郎に向かって手を振る彼女の笑顔は本物に見えた。
株式会社シグムンドツーリストの主催する『新宿発ドラゴン
ツアーに同行するのは魔法に精通したベテラン添乗員、エルフのクーリエ。
それから、彼女と並んで立つ不愛想な長身の男。
会社が最近になって雇い入れた、新人。
エルフのクーリエがバスに据え付けのマイクを使って、乗客にあいさつをする。それからクーリエはマイクを新人の男に渡した。
男は慣れていないのか、マイクのスイッチを何度かとまどうように押している。
それから乗客に向かって言った。
「あー……異世界は安全な土地じゃない。だけど、アナタ方の安全は何があろうと守る。だから言うことには従ってくれ。以上、添乗員の牧島九郎だ」
クーリエが苦笑いしつつ、九郎からマイクを受け取る。
「それでは皆様、シグムンドツーリスト主催、新宿発日帰りドラゴン
【了】
新宿発 日帰りドラゴン狩りバスツアー 鋼野タケシ @haganenotakeshi
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