5:悪と戦う者たち(PM2:30 異世界の珍しい石やドラゴンの角を加工し、お土産としてお持ち帰りいただきます)

 黒髪の異邦者エルフは、ドラゴンの死骸を見て、唸るような声を上げた。

 耳慣れない、滑るような言葉で叫んでいる。

 応じるように、クーリエも何かを言う。二人はしばらく、短い言葉の応酬を重ねる。

 地球の言葉ではない。異世界の言語だ。


 ドラゴンを魔法で強化した悪者に、クーリエは激怒している。ドラゴンを魔法で強化するなんて、死人が出たらどうするつもりだと。

 男も答える。何人死のうが構わない。が無事であれば。

 クーリエが言う。地球と戦争をするつもりか?

 男は――何かを答えたが、早口で九郎には聞き取れなかった。


「下がって、二人とも」

 クーリエが日本語で言う。

 彼女は足先で地面をトントンと叩いた。

 地面が応えるように隆起し、槍のように手元に伸びる。

 土と草でできた魔法の槍をクーリエが構えた。 

「この男は奴隷商人です。地球人をさらって、人身売買をしている。わたしたちエルフにとってもこいつは敵です」

 クーリエのような友好的なエルフもいれば、敵対的なエルフもいる。

 新天地の発見はいつだって戦争、虐殺の歴史と結びつく。地球と異世界が良好な関係を築けているのはひとえに、双方ともに侵略できないからに過ぎない。地球の科学技術ではエルフの魔法に太刀打ちできず、魔力の存在しない地球ではエルフも魔法を使えない。だから互いに友好的に接するか、互いを無視するしかない。

 それを良しと思わない者もいる。目の前に立つ黒髪のエルフのように。


「この男はわたしが倒します!」

 クーリエが踏み込む。槍を男に向かって突き出す。男は顔を背けてかわした。クーリエは素早い突きを繰り返す。

 クーリエの振り下ろした槍を、エルフの男は右手で振り払った。見えない盾にぶつかるように、槍が弾かれる。

 槍の間合いに潜り込み、男が拳を振るう。鋭いジャブから顔面を狙ったストレート。クーリエは槍の柄で防ぐが、男の一撃で魔法の槍は粉々に砕けた。

 回し蹴りがクーリエの側頭部を叩く。体勢を崩した彼女の腹部に、男が掌底を叩き込んだ。

 閃光。男の魔法をまともに喰らい、クーリエが大きく後方に吹き飛んだ。

 転がりながら体勢を整えて立ち上がろうとする。

 すかさず、男が両手を突き出した。空中から現れた光の矢が、クーリエの右肩を貫いた。続く二発目の矢で左腕。貫かれたクーリエが悲鳴を上げる。

 光の矢はクーリエを刺し貫いたまま、ぴくりとも動かなくなった。

 彼女は必死でもがいているが、光の矢で空間に縫い止められたかのように動けずにいる。

 男が九郎と、神楽に向き直る。


 勝ち誇った笑みを浮かべ、男は片言のを口にした。

 どうやら九郎たちに何かを伝えようとしているらしい。

 身振り、手振りを交えて男は語る。

 九郎はジッと耳を傾けて、男が喋り終えるのを待つ。

 それから神楽に向けて、言った。


「……英語、わかるか?」

「ぜんぜん」

「現役の学生だろ。少しくらい聞き取れなかったのか?」

「あたし英語の成績ずっと1だもん。おじさんこそ英語は苦手なの?」

「おれは、ちょっとワケありで学校の勉強はしてないんだ」

「自分のこと棚に上げてあたしを批難するのはおかしいと思う」

「それはその通りだが……」

「って言うか聞く必要なくない? だってあの人、悪者だよ」

「それもその通りだが……」

 九郎に英語が通じていないことを理解したのか、エルフの男は不機嫌そうに舌を鳴らした。

 男が両手を空に掲げる。

 快晴の青空に、地鳴りの音が響く。空の彼方から、黒雲が近付いて来る――いや、ドラゴンの群れだ。

 翼を備えた、飛翔するドラゴン。一体ですら他のドラゴンを圧倒する凶悪な改造種が、空を埋め尽くすほどの群れで迫って来る。


「……神楽さん。危険な目に遭わせたことをお詫びします」

 光の矢に貫かれたまま、クーリエが言う。

 血が流れていないところを見ると、あの魔法は敵対者を制止させ、拘束するためのものだろう。

 空を埋め尽くすドラゴンの群れは、遥か上空を旋回している。

 クーリエが空を睨み、悔しそうに歯噛みした。

「わたしに、あのドラゴンを止める力はありません……あの男は、アナタたちを連れ去るつもりです」

「あたしたち拉致されるってこと?」

「このままでは。ですが、わたしが必ず助けに行きます。生き延びて、必ず助けに行きます。だから信じてください。牧島さんも。アナタが何を隠しているのか知りませんが、彼に逆らえば命はありません。魔法が使えるみたいですが、地球人が付け焼刃で身に着けた魔法ではエルフに太刀打ちできません。彼はわたしと違って、アナタを殺すのに手加減をしないでしょう。だから下手に逆らったり、挑発するような言動は謹んでください。アナタひとりの命ではなく、今は神楽さんや他のツアー客も危険です。ですから……あの、牧島さん? わたしの話きいてます?」

「ん? ああ……えーっと、ちょっと待ってくれ。思い出せそうなんだ」

「何を言ってるんですか? 今の状況理解できてます?」

「だから、ちょっと待ってくれって。あと少し、ここまで出掛かってる……ああ、えっと」

 勝ち誇るエルフの男に、九郎が近付いていく。

 黒髪のエルフは警戒すらしない。九郎が何をしたところで、危害は加えられないとでも思っているのか。

『お前に聞きたいことがある』

 と、九郎がで言った。


 エルフの男が両目を見開いた。どうやら、異世界言語であることが通じているらしい。

『理解できるか? 聞き取れているか? この言葉を使うのは本当に久しぶりだ』

 九郎の言葉を聞いて男が何事か口走る。まさか、そんな、バカな……それ以上は聞き取れない。九郎は遮るように首を横に振った。

『何を言っているのかわからない。話すのはおれだ。お前はイエスか、ノーで答えろ。十五年前にも異世界のツアー客にドラゴンをけしかけたか?』

 ぴくりと、男の頬が動いた。

 しばらくの間を開けて、男が口を開く。異世界言語で――何かを答えている。辛うじて聞き取れた言葉から推測するに、答える必要はないとでも言ったのだろう。

「まあ、教えてくれと言って素直に答えるはずもないよな」

 エルフが右手を軽く上げ、振り下ろした。空中に現れた無数の光が、矢となって九郎の全身に突き刺さった。

 鈍い痛み。貫かれた筋肉が硬直し、じんじんと痺れる。手も足も、まるで動かせなかった。

 エルフが勝ち誇ったように笑う。何事か喋る。恐らくは「死ね」か「殺す」か。いずれにせよ、九郎の命を奪うつもりらしい。

「牧島さん!」

 クーリエが叫ぶ。光の矢の拘束から逃れようと、彼女は必死にもがいている。

 九郎が空を見上げる。旋回するドラゴンの群れが、徐々に迫っている。


「十五年も待ったんだ」

 独り言のように、九郎はささやいた。

「何の手がかりもないまま。あの日の事故でおれは家族を失った。両親と、妹を……」

 あの日もこんな風に、異世界は快晴だった。あの日、押し寄せたドラゴンの群れはツアー客と、地球へ帰還しようとした光速バスを襲った。

 ツアー客は全員、死亡。大破したバスは光速エンジンが暴走し、どことも知れぬ異世界の秘境へと消えた。

 ただ一人、生き残った九郎を乗せて。


 押し寄せるドラゴンの群れを見て、九郎は笑った。

「ようやく見つけた手掛かりを、ただで返すと思うなよ」

 エルフの顔に浮かぶ、驚愕。九郎の全身から立ち上る魔力を、発動しようとする魔法の強大さを、エルフである男自身が理解しているのだろう。

「消えろ」

 九郎の言葉がトリガーとなり、魔法が発動する。

 九郎の身体を貫く光の矢が音も立てず消滅した。

 両手を振る。麻痺は消えている。首の骨をこきこきと鳴らし、上空を睨んだ。

「堕ちろ」

 たった一言。風に紛れて消えるような、ささやき声。

 それだけで、決着はついた。


 上空に風が吹く。旋回しているドラゴンの編隊が乱れる。頭上を強風が吹き抜ける。

 雷光。稲妻の落ちる轟音と衝撃。空中を舞うドラゴンたちが次々と稲妻に撃たれていく。

 羽虫が落ちるように、ドラゴンたちは一匹また一匹と地上へ落下する。その巨体も地上へたどり着く前に、稲妻に撃たれ、青い炎になって燃え尽きる。

 地上最強のドラゴンたちが混乱している。闇雲に飛んで逃げようとする者。必死で強風に抗う者。地上への突撃を試みる者。

 だが、一匹も生き残らなかった。

 稲妻と火炎の旋風は獰猛にドラゴンの群れを喰らい尽くし、骨すら残さずすべてのドラゴンを焼き尽くした。

 風に舞い、燃え残った灰が雪のように降る。


 呆然とするエルフの胸倉を、九郎が掴んだ。

「同じことを二度も三度も言わせるなよ。お前は十五年前の事件に関係があるのか?」

 勝ち誇った笑みも驚愕も消え、エルフはただただ九郎に怯えていた。ご自慢のドラゴン軍団を一蹴され、抵抗する気力を失っている。

「イエスか、ノーだ。余計なことを一言でも口走ってみろ。生まれて来たことを後悔させてやる」

 エルフはぶるぶると首を横に振り、哀れみを誘うような声を上げている。早口で何も聞き取れない。九郎が怒鳴るたびに顔を真っ青にして、ひぃひぃと小さく悲鳴を上げている。

「だから、クソ、もっとゆっくり喋れ! じゃなくて、あーもう! なあアンタ、通訳してくれ」

 光の矢の拘束を解かれたクーリエも、信じられないものを見るように九郎を見ていた。

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