4:ドラゴンを追う者たち(PM1:00 昼食と休憩後、異世界の景色を堪能)
九郎は走った。ドラゴンの飛び去った方向へ向かって。
魔法で強化された肉体は普通に走ろうとするだけでも超人的なスピードが出る。
地面を蹴り、さらに加速する。大地を一歩蹴るたびに足元で地面が爆ぜるのを感じた。
時速にして二百キロ、いや三百キロは出ている。
速度をさらに上げる。
だがドラゴンはもっと早い。
周囲の景色が、緑の絨毯が溶けるように流れていく。数十メートルの川幅がある小川を一歩で飛び越えた。両足に力をこめて、さらに速度をあげた。
「止まりなさい!」
背後からクーリエの声。彼女は宙を切り裂き、空を飛んでいる。
空を飛びながら、すさまじい速度で九郎を追って来る。
「待ちなさいってば!」
「引っ込んでろ。アンタには関係ない話だ」
「関係あります! アレは野性のドラゴンじゃありません、魔法で異常強化された改造種です! 牧島さん、アナタはあのドラゴンと何か関係があるんですか!」
「だとしたらどうする!」
「力尽くで止めます!」
クーリエが右手を突き出す。狙いを定めるように拳を九郎に向け、パチンと指を打ち鳴らした。
九郎は咄嗟に横へ飛ぶ。見えない刃の斬撃が、九郎の立っていた地面をずたずたに切り裂き、えぐる。
「おれを殺してでもか? やり口が乱暴だな!」
「殺しません! ちょっと痛い目を見てもらいますけど!」
クーリエが再び指を鳴らす。地面が揺れた。ぼこぼこと音を立てて地面が隆起する。隆起した土と芝生がロープのように伸びて、九郎の足に絡みつく。
数百キロの速度で走っていた九郎は、つんのめって地面を転がった。
立ち上がった九郎の手足を、土のロープが束縛する。いくら力をこめても、魔法のロープはびくともしなかった。
口の中に入った土をツバと一緒に吐き出す。
「普通だったら死んでるぞ、クソ」
「さあもう逃げられませんよ。話は神楽さんを助けたあとで聞きますから、ここで待っててもらいます」
魔法の扱いに長けたエルフの中でも、クーリエはとりわけ優秀なように思える。少なくとも九郎が見て来た添乗員の中で、彼女ほどいくつもの魔法を使う者はいなかった。
「こういう時に限ってアンタみたいな優秀なやつがいるんだよな……だが、簡単にあきらめるわけにいかないんでね。この手は使いたくなかったが」
深呼吸する。意識を集中する。頭の中でイメージをつくりあげる。
クーリエが驚愕の目で、九郎を見た。
「まさか……何を!」
「砕けろ」
一言、ささやいた。
手足を拘束するロープが爆散する。九郎の立つ地面を中心に、八方に衝撃波が広がっていく。地面を伝わる波紋が大地を砕いていく。
破壊は数秒で止まった。周囲、数百メートルの大地が隕石の直撃でも受けたかのように砕け散っていた。
「う……うそでしょ」
破壊の痕跡を、クーリエは呆然と眺めている。
「魔法!? どうして、日本人が魔法を使えるんですか!」
「アンタが邪魔をしなきゃ使わずに済んだ」
驚くクーリエを無視して、九郎は砕けた地面を足場に跳躍した。
「飛べ」
空中でささやく。九郎の身体が上空へ向かって急上昇する。
砲弾のように飛び出した九郎は、狙い違わず空中のドラゴンに向かって突き進む。
ドラゴンの前脚では、鋭い爪につままれた神楽永久が真っ青な顔をしている。ジャージの襟首を掴まれて、空中で風に翻弄されていた。
九郎に気付いた彼女は何事か叫んでいるが、轟々と耳元で唸る風に負けて何も聞こえない。
「止まらないと怒りますよ!」
クーリエの叫び声。
驚いて背後を見るが、彼女はかなり離れた位置を追ってきている。
空を飛ぶ金髪の姿が、遥か後方に見えた。
「しつこい女だな」
「しつこくて結構です! お客さんの安全を守るのがわたしの仕事ですから!」
耳元で怒鳴られているようにうるさい。何かの魔法を使っているのだろう。
クーリエが人差し指を銃口のように向けて、指を鳴らす。一条の稲妻が指先から走り、赤いドラゴンを直撃する。だがドラゴンはその程度の魔法では止まらない。
「バスに戻ってろ。これはおれの問題だ」
「あのドラゴンは今までの連中とは強さの桁が違います! 一匹でも放っておけば、どれだけの人が殺されるか! アナタが関係しているのであれば、なおさら見過ごせません!」
クーリエが両手を合わせるように叩く。合わせた手のひらを放すと、まるで手品のように手のひらから棒状の何かが出現する。
グリップにスコープ、二脚のついた棒状の何かを、クーリエが構えた。
両足を広げ、腰だめに何かを構える。まるで空中で踏ん張るように――彼女は
「おいおい……なに考えてんだ」
空中に固定されるように、
生身の人間であればひとたまりもない。50口径の弾丸は1キロ以上離れた標的の身体を、一撃で粉砕する。しかし、いくら強力な銃火器とはいえドラゴンの身体には通用しない。ましてや相手は魔法で強化された改造種だ。
だが――ライフルの先端、マズルブレーキが呼吸をするかのように赤く明滅している。バチバチと音を立てて銃口で閃く稲光。銃身が白熱し、禍々しく輝いている。
魔法で細工されたライフルと弾丸に、どれだけの威力があるのかは想像もつかない。
「私の使える最大威力の魔法です! 死にたくなければ絶対に動かないで!」
「この女を巻き込むつもりか!」
「巻き込みません! ドラゴンだけを狙撃します!」
「やめろ!」
「問答無用です!」
銃身の赤い光が、爆発するように広がる。
発射された弾丸は音も立てなかった。
稲妻が落ちた瞬間のような、閃光のあとの短い静寂。
銃口から飛び出した弾丸は、亜光速でドラゴンを撃ち抜いた。
遅れて、轟音と衝撃。
衝撃波をまともに受けて、九郎も空中でバランスを崩した。
暴風の中を、なんとか体勢を立て直す。
赤いドラゴンが、くるくると回転しながら落下するのが見えた。
人知を超えた破壊力で撃たれたドラゴンは、上半身が消し飛んでいた。
綺麗に吹き飛ばされた上半分は、カケラも残さずに消滅している。
神楽永久を掴まえたまま、ドラゴンの死骸は落ちて行く――
――轟音と共に地面に叩き付けられた神楽は、ドラゴンの死骸を押し退けて平然と立ちあがった。
「あー、死ぬかと思った」
舞い上がる粉塵を吸い込み、げほげほとせき込む。
落下したドラゴンを追って、空中から九郎が着地した。
「無事か?」
「あ、空飛ぶおじさん。なんかパラシュートなしでスカイダイビングした気分」
「まあ、その通りだからな」
「口ん中が砂だらけだ。あとちょっと酔ったかも。でも楽しかったー」
神楽の髪の毛はぼさぼさで顔色は真っ青だが、あれだけのことがあったのに恐怖を感じてもいないようだった。
「しかし、なんつー無茶なことを……」
「お客さんの安全が第一ですから。身体強化されていれば、あの程度の高さで落ちてもダメージはないはずです」
空中からゆっくりと、クーリエが降りて来る。手にした対物ライフルは銃身が融解し、ひしゃげていた。
使えなくなったライフルを捨てて、クーリエが着地する。
「話してもらいますよ、牧島さん。アナタとドラゴンの関係を」
「素直に話すと思うか?」
「思いません。だから、力尽くで尋ねます」
「……いや、あいつに尋ねた方が早いと思うぜ」
クーリエの後方を、九郎は睨む。
小高い丘があった。
丘の上に佇む長身の男。鋭い目で九郎を、クーリエを、そして死骸となったドラゴンを睨む。
エルフだった。
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