3:ドラゴンを狩る者たち(AM9:00 ドラゴン狩り開始)
一匹目のドラゴンは、すぐに見付かった。
小川のほとりで水を飲んでいた、黒い鱗のドラゴン。体長は三メートルほどだろうか。
爬虫類じみた頭部に、二本の角。鱗の生えた巨体に、長い尻尾。容姿はファンタジーのドラゴンに似ているが、本物のドラゴンには翼がない。
ドラゴンは爬虫類じみた目を細め、威嚇するように立ち上がった。
「行きますよ皆さん! 大丈夫です、ドラゴンが何をしてこようと強化された身体も服もビクともしませんから!」
クーリエが両手で自動拳銃を構えた。
パン、と乾いた音が響く。発火モデルのモデルガンだろう――だが魔法で細工をされているのか、銃口から立ちのぼる炎が矢のようにドラゴンに放たれた。
炎の矢に撃たれ、ドラゴンは怒りの咆哮をあげる。地球上のどんな猛獣とも違う、甲高い鋼を打つような奇声。
ドラゴンが地を駆け、跳躍する。
巨大な前脚を神楽に向かって振り下ろした。
狙われた神楽が悲鳴を上げる。前脚が彼女を叩き潰す――直前に誰かが飛び出した。槍を構えたおばあさんが穂先を振り上げ、ドラゴンの前脚を弾き返す。
体勢を崩したドラゴンのアゴを、おばあさんは構えた槍の柄で跳ね上げる。数十メートルを跳躍したおじいさんがドラゴンの顔面に刀を振り下ろした。
真っ青な空に、ドラゴンの血が飛沫となって舞う。
ツアー客が次々と、手にした得物でドラゴンを攻撃していく。苦し紛れにドラゴンが炎を吐くが、数百万度の炎もツアー客の髪の毛一本、燃やせない。
魔法で強化された一団が相手では、たとえドラゴンであれ勝ち目はない。
夢中になってドラゴンを狩る彼らを、九郎は遠巻きに眺めていた。
万能の魔法は麻薬に似ている。
魔法の与えてくれる快楽は、地球のどこにいても味わえない。強化された肉体はどんな危険な真似もリスクなしで実現できる。地上最強の生物、凶悪にして凶暴、あらゆる生命の頂点に君臨するドラゴンとの戦いですら、魔法は安全で快適なアクティビティに変えてくれる。
だが魔法の効力はいずれ消えるし、そもそも魔力の存在しない地球ではどんな魔法も使えない。強靭な肉体も超人的なパワーも、仮初の力に過ぎない。
自分が無敵だと感じてしまう、偽りの万能感。
初心者の神楽も戸惑っていたが、身体強化の魔法がどれだけ強力かを悟ってからは恐怖の色が薄れたように見える。
二匹目と戦う頃にはすっかりと慣れたようで、まるでゲームを楽しむようにドラゴンに立ち向かっていく。
神楽は武器の扱いがうまく、時にドラゴンを大剣の一撃で叩き伏せた。
午前中いっぱいで、ツアー客は四匹のドラゴンを狩った。
「今日は当たりの日ですねー」
クーリエが言った。ドラゴンが一匹も見付からない日もある。ツアー客たちの顔もどこか満足気に輝いていた。
午後を回り、休憩の時間になった。ツアー客の一行は用意された昼食の弁当をつつきながら、先ほどまでのドラゴン狩りで自分がいかに活躍したかを嬉々として語っている。
九郎はやはり話の輪に入らず、一人はなれたところで弁当をつついていた。
「ドラゴン狩り、楽しいね」
黙々と弁当をつつく九郎の横に、神楽が座った。
「おじさんって魔法関係の仕事? 魔法に詳しいってクーリエさんが言ってたけど」
「仕事の話はやめてくれ。せっかくの休日なんだ」
「あたし、大学を卒業したら魔法関係の仕事したいって思ってるの」
「バカには無理だ」
「だよね。だから真面目に勉強してるよ」
「そういう意味で言ったんじゃないが……」
「でも魔法って日本じゃぜんぜん、教えてくれるところも少なくて。研究してる会社も少ないでしょ? だからおじさんが魔法関係の仕事なら、どんなことしてるのか聞きたくて」
「悪いが力にはなれない。おれに言えるのは、魔法の力を軽々しく扱うなってことだけだ」
「どうして? 今はエルフの人たちしか使えないけど、いつか日本人だって自由に魔法使える時代が来るかも知れないよ? そしたらすっごい便利じゃん。みんな幸せだよ」
「本当にそう思うか?」
「当たり前だよ。寝たきりの人が自由に歩き回れたり、新宿から北海道だって軽くジョギングする感覚で行けるし」
「そんな力、ない方が良いとおれは思うがね」
「どういう意味?」
「……なんでもない。この話は終わりだ」
九郎は何かを教える気も、アドバイスをするつもりもなかった。
四匹も狩ったのだから、今日のドラゴン狩りは終わりだろう。
あとは異世界の美しい景色を散歩して、地球では手に入らない結晶化した石や花をお土産として探し、ツアー客を乗せたバスは帰るだけだ。
(今日も、外れか)
ツアーがいくら成功に終わろうと、九郎の目的はドラゴン狩りではないし、異世界の景色を楽しむことでもない。
物思いにふける九郎の耳に、ドラゴンの咆哮が聞こえた。
足音は聞こえない。代わりに響いているのは、吹きすさぶ風の音。
「五匹目のドラゴンだねー」
神楽が言った。まるで野良猫でも見つけたような気楽さで。
他のツアー客も同じだった。昼休憩を中断させられたことに文句を言いながら、武器を再び構え直す。
ドラゴンは、空を飛んでいた。
さっきまでツアー客が狩っていた四匹とは違う。
五匹目のドラゴンは巨大な翼で空を撃ち、広げた翼で風を切り、猛禽のように上空高くを待っている。
九郎とクーリエだけが、驚愕の目でドラゴンを見ていた。
ドラゴンが翼を折りたたむ。揚力を失った巨体が、落ちる。真っ赤な鱗が太陽の光を照り返し、炎のように輝いた。
再びドラゴンが翼を広げる。落下の勢いを乗せて、ドラゴンが砲弾のように突っ込んで来る。
「伏せて!」
クーリエが叫んだ。両手を叩き、開いた手を頭上に掲げた。
両のてのひらから稲妻が走る。クーリエの放った魔法が直撃し、ドラゴンは軌道を逸らした。
巨体が地面へ激突する。衝撃で大地が揺れ、砕けた。砂ぼこりが舞い、土煙があがる。
「おお、なんかさっきまでのと違う」
この期に及んでまだ、ツアー客には危機感がない。
異常事態だと、気付いていない。
真っ赤な鱗。十メートルを超す巨体。そして、背中には空を飛ぶための翼。
ファンタジーでイメージされる姿そのもの、本物のドラゴン。
先ほどまでのドラゴンもどきが巨大なトカゲなら、こいつは蘇ったティラノサウルスだ。
赤い巨体のドラゴンは地に四本の足をつき、今にも飛び掛かろうと牙を剥き出しにして唸っている。
「離れてください! こいつは今までのとは違います!」
クーリエが叫ぶ。が、遅かった。
神楽が大剣をドラゴンの首に叩き込む。バキンと鈍い音を響かせて、大剣の刃が折れた。
「え、うそ!」
ドラゴンが前脚を振り、神楽を踏み潰す。地面と爪に挟まれ、彼女は必死にもがいている。
ぐるるるる。ドラゴンが喉の奥を鳴らす。不気味に光る赤い瞳で、神楽とツアー客の一行を睨む。
ドラゴンが翼を打った。
再び巨体が宙に浮かび上がる。ドラゴンは前脚の爪で神楽を掴んだまま、飛んでいる。
ドラゴンは空高くへ飛んでいった。
誰も追い付けない空を滑空しながら、どこかへと消えて行く。
(来た……ついに来たぞ)
胸の鼓動が激しくなっている。汗が止まらなった。
九郎は自分の頬が緩んでいるのを感じた。笑いがこみ上げて、止められない。
ついに来た。何年も待ち続けた甲斐があった。
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