第3粒 一筋縄ではいきません(2)

 爆発はしなかった。ただの鉄の球。しかし船室は半分崩壊した。呆気にとられる間もなく、次から次へと撃ち込まれる。全方位から!


「どういうことだ! なんで海軍の船がこんなにも――!」

「やっぱり、オルキデ海賊団にいたスパイから情報が漏れていたんです! つまり、」

「二重スパイってことか!」


 コウさんが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 最初からワナだった。ハルヒロが捕まったことは本当だろう。でも、スパイはその情報を餌にすることで、フォーカス海賊団をとらえることを考えた。そもそも三隻で移動しているのはおかしい。普通はもっと護衛船があるはず。スパイはわざと、オルキデ海賊団の船を少ないままにした。こちらもそれ相応の戦力にとどめるだろうと見越したのだ。結果、私たちを更に上回る海軍の船が、私たちを囲んでいる!


「ちくしょう、こっちも撃ち返せ!」


 向かい側の仲間の船が、艦砲を出す。撃とうとして――腔発した。バラバラと破片が海面に落ちる。


「なんで⁉」

「見ろ! 他の砲口に粘土みたいなやつが詰まってる!」

「こんな海の真ん中でどっから粘土が⁉」

「そりゃ魔法だろ! 土の魔法!」


 土魔法ってそんなもん⁉ てっきり地面からゴーレム作るやつだと思ってたよ!

 数は敵の方が圧倒的に多いうえ、怪我人が出ている。艦砲も封じられた。相手は魔法も使える。

 一旦退却、と叫ぼうとした時。

 激戦の振動で紐がゆるくなったのか、フォアマストの帆が外れ、真上から落ちてくる。


 でたらめに絵具で塗ったような空。落ちてくる白い帆は、ふとんに敷くシーツのように、ゆっくりに見えた。

 アドレナリンをたくさん作った脳みそが、そう見せたんだろう。本当はものすごい速さで落ちてきたに違いない。

 私はそこから、一歩も動けなかった。


 アラン君に突き飛ばされ、思いっきり尻を強く打つ。頭が揺れて、ちょっと気持ち悪い。


「あっぶねー……」

「あ、ありがとう……」


 帆を支えていたヤードが砕けている。頭に直撃したら私の頭が砕けていたかもしれない。アラン君が庇ってくれなかったらと思うと、今更になって心臓がバクバクと動いた。

 身体を覆って庇ってくれたアラン君は、ゆっくりと私から離れた。


「怪我は?」

「ない。アラン君は?」

「俺はねえけど……これ、大丈夫かよ?」


 大砲と腔発で壊れた味方の船。何人かクルーが海に落ちている。サメにさえ食べられてなきゃ、泳げるし水の魔法を使える水流を操れる人もいるから、大丈夫だと思うけど……。

「まだ逃げ道は」

 ある、と言いかけたところで、ズボンのポケットに入れていたスマホが鳴った。


「こんな時に⁉」


 誰よもう、このタイミングで! 大体誰かわかるけど!


「もしもし!」

『あなたは完全に包囲されています♪』

「こんな時にふざけんじゃねぇぇぇ‼」


 やっぱりハルヒロだった!


「どこにいるのよハルヒロ!」

『お前たちの隣にある船だ。フォアマストとメインマストの間の第三甲板、ちょうど吃水線あたり。にしても随分やられてるなー』

「外の様子見えてんの⁉」

『見えなくても、音の跳ね返り方でわかる』

「コウモリかイルカかい!」


 もうこいつ、人間じゃないんじゃないの。


『ところで、今フォーカス海賊団のクルーに、火属性の魔法を使える奴はいるか。出来ればレベル一〇以上』

「ええ? いるけど……」丁度よくアラン君がいる。

『今から電撃を放つから、そこに炎をぶち込んでほしい』

「アラン君、あの船の吃水線あたりが光るらしいから、そこに炎をぶっ放してくれない⁉」

「は⁉ よくわからねえけど、俺のレベルで船に火ぃ付けても、ちょっとしかコゲねえぞ⁉ 海水で温度が奪われるしなおさら!」

「いいの! お願い!」


 私も、ハルヒロが何をするかわからないけど!

 私の了承を聞き届けたハルヒロが、電話を切る。

 数秒後、激しい戦闘の中、バチバチっという音が聴こえた。こんな昼間で、海面は反射して光っているのに見えるだろうかと心配したが、船の影が海面に落ちていたおかげで、小さな雷が何とか見える。


「アラン君、あそこ!」

「『炎の球フラム・ボル』‼」


 アラン君の手のひらから、太陽のような丸い炎が放たれる。丸い炎は、真っすぐ軌道を辿り波打つ海面へ。



 そして、海面付近で爆発した。



「……なんで?」


炎の球フラム・ボル』を撃った張本人が、一番驚いている。

 その現象の理由がわかった私は、頭が痛かった。

 海水は塩水。塩水は電気を通しやすい。海水を電気分解すると、水素も酸素もでる。濃密な水素や酸素が漂う場所に火をつけたら、爆発的に燃える。うん、高校時代の化学基礎でやったような気もするけど、本当にここまでうまくいくの? それこそ魔法じゃん。

 破壊されて、中が覗けるようになった船倉。吃水線のギリギリの場所から、人影が動いた。男だ。

 細い身体に、日本人として平均的な身長。しかし黒いノースリーブのハイネックは、細身ながらも筋肉がついているのがわかる。ついでに顔は、残念なことに私とよく似ている。

 まるで映画のワンシーンのように歩き、こちらを見上げ、


「良い子の、化学実験だ」


 眩しい太陽の下、キメ顔で言った。



 こんな物騒な『良い子の化学実験』があってたまるかぁ!

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