えだまじょ!

肥前ロンズ

えだまじょ! 本編

第1粒 エダマメしか出せません(1)


 あれは二年前の冬、部屋探しをしていた時のこと。

 12月の初めで、まだセンター試験も始まっていなかったけど、私は推薦で大学が決まっていた。「今のうちに部屋を探したほうがいい」と勧められた私は、世界放浪していて久しぶりに帰国した兄と、何故か一緒に部屋探しについてくることになった。


「いや、これ絶対いわくつきだろ。やめとけ」


 部屋の見取り図が張り出されたボード。それを見ていた、一つ年上の兄陽大ハルヒロがいう。

 ハルヒロの首に巻かれたフワフワのファーが羨ましい。合格の願掛けに腰まで伸ばしていた髪は、この間ばっさり切った。髪を切ると首元が寒い。赤い毛糸で編まれたマフラーを巻きなおす。


「部屋は二階だし、窓も日当たりよさそうな南向きよ? それにこの値段なら、申し分ないじゃない」

「いやでもおかしいだろ、この部屋で電気水道合わせて家賃三万円って。世の中そんなに甘くないぞ」


 おめーに言われたくねぇよ。

 中学を卒業したとたん身一つで世界をブラブラするハルヒロが、一番世の中をなめている。


「とにかく、この部屋は絶対怪しいからやめとけ。お、これとかどうだ……ってなんだこれ」

「どうしたの?」

「ほらここ、『今日のごはんはプラマイゼロカレー』とか書かれているぞ」

「なにそれ」


 見取り図が書かれた紙や、広告。掲示板に貼りだされた紙から、一つをハルヒロが指を指す。

 指された紙の隅を見ると、たしかに小さい字で、そんな風に書かれていた。意味わからん。誰かのイタズラ?

 と思ったら、その文章には続きがあった。

 私とハルヒロは、意図せず同時に読み上げた。


「「えーっと……『今日のごはんはプラマイゼロカレー。付け合わせは坊主の頭皮で』」」


 声は違うとはいえ、全くずれずに読み上げる。十八年兄妹をやっているが、これまで兄の考えていることがわかったことなど一度もない。だというのに、こういう時には息が合うのだ。

 ……それが、異世界の扉を開ける呪文だったとは、つゆ知らず。


 どこから放たれたかわからない白い光が、私たちの身体を包んで光る。

 眩しくて閉じた目を再び開けた時、私たちがいたのは、不動産屋ではなく見知らぬ――それも時代がかった港町だった。


 文章の脈絡がなさすぎる呪文に、躊躇いもなさすぎな展開。

 三流小説でも、もっと話の筋がわかると思う。


               ◆


 それから色々あって、二年後。

 普通に大学生活を送っていた私に、一通のメールが届く。

『モラン村で会わないか』

 異世界の行き方を手に入れ、二つの世界を行き来していたハルヒロからの、久しぶりのメール。

 ……メールが届くということは、現世にいるってことだな。だったら異世界でわざわざ待ち合わせしなくてもいいのに。

 とか思いながら、待ち合わせ場所である、異世界のネーデリア王国モラン村の酒場で、私はウエイトレスまがいのことをしていた。


「コヨミちゃん、ラガーくれ! キンキンに冷やした奴!」

「サラミとチーズくれ!」

「『エダマメ』もよろしく!」

「あ、こっちも!」

「おれも!」

「はいはいはい! 全員ちょっと待ちなさい!」


 注文をいっぺんにする客。私は聖徳太子かい!

 小走りで店内を駆け回り、客と乱雑に放置された椅子替わりの樽を器用にかわしていく。

 カウンターに戻って、お盆にのせたビールと、サラミなどをのせた皿を持って走り出したら、思いっきりすっ転んだ。


「うひゃあ⁉」

「うおっ」


 横に倒れそうになったところを、カウンター席にいた青年に支えられる。


「申し訳ございません!」

「いいって。ケガはないかい?」


 ケガはない。ただ、転んだ時ビールが、お盆の上で豪快にひっくり返っていた。まさに覆水盆に返らず。いやそれはいいんだけど、零れたビールが彼の服の裾にかかっていたのだ。

 青年に何度も頭を下げてから、替えのビールとつまみを取りにカウンターに戻った。そのあと、迷惑をかけた青年の席にビールと、茹でていたエダマメを差し出す。


「本当にごめんなさい。お詫びのサービスです」

「……これは?」

「茹でた『エダマメ』です。ラガーと合いますよ。あ、皮から出して食べてください」


 訝しげな顔をする青年。多分初めて来た客だ。この店の看板メニューなんだけど、ネーデリア王国にはないらしいし。どう食べればいいのかわからないんだろう。ここでおいしそうに食べる人たちも、最初は豆を取り出すやり方がわからない、って言ってたな。でも隣の人が食べているし、大丈夫だよね。

 そう結論付けた私は、彼に持っていたタオルも渡し、頼まれていたメニューを配って、再びカウンターの奥へ。

 奥には、黒いバンダナに黒いエプロンをつけたマスターが、


「マスター、ランチのオーダー終わりました。休憩入ります」

「あ、まってコヨミちゃん。その前にエダマメ出してくれない? ストックなくなっちゃった」


 頼まれた私は、ザルの上に手をかざす。

 適当に念じると、わっさわっさとザルにエダマメが出てきた。

 私の魔法、名付けるなら『エダマメ・ガダ・セール』だ。



 大抵の人が想像できることだろうけれど、異世界では、魔法が使える人々が多数いる。それで、魔法を使い結果をそれなりに出すと、レベルが上がるのだ。RPGゲかって思うんだけど。この世界はそういう性質だから、現世のような領地拡大のための戦争だけでなく、レベルアップを目指して、あらゆる抗争が起こっているらしい。

 で、二年前。私たちもこの世界に影響されたのか、魔法が使えるようになった。でも、しょっちゅうこの世界に来ているハルヒロと違い、大学生活が忙しくて滅多に来なかった私の魔法のレベルは1のままだ。

 個人によって使える魔法が違うらしく、メジャーなのは四大元素と呼ばれる『風、土、火、水』の魔法。あとは光や闇、錬金術などがあるらしいが、レアなんだと。特に私の『植物の』魔法は、前例がないと言われた。


 もう一度言う。珍しいんだって、私。

 珍しい魔法なんだけど、今はエダマメしか出せない。


 もう少し攻撃力を持っている魔法だったら、レベルを稼いで冒険に出かけたと思うけど、敵にエダマメを投げても多分勝てない。

 また、使える魔法の種類も、人によっては二つ以上使える人もいるらしいが、これもレア。

 ……ちなみにハルヒロは、四大元素全部の魔法を最初から使えた。今この世界じゃ魔法で無双しているらしい。ハルヒロは魔法が使える前から、なんかそんな感じだったよ、うん。


 茹で上がったエダマメをザルで引き上げた時、そういえば、とマスターが言った。髭を蓄えたマスターは、童顔だからか、ちぐはくな印象を受ける。

 特に笑顔でいると、失礼だとは思うけれど、かわいく思えてしまう。


「連絡が来たよ。フォーカスの奴ら、さっき港についたってさ」

「ほんとうですか⁉」


 懐かしい名前に、私は驚きとうれしさが込み上がる。彼らには二年前、大変お世話になっているのだ。


「いつこっちに来るんですか?」

「うーん、まああいつらのことだから、速い奴はそろそろ着くんじゃない? ところで、ハルヒロはいつ来るんだ? 約束は今日だろ?」

「そうなんですよ、それなのに全然来る気配が」


 そのまま愚痴を言おうとした私の声を、激しく開け放たれたドアが遮った。

 ……なんか、バキバキって聴こえたけど。

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