第1粒 エダマメしか出せません(2)

 こっそり覗いてみると、木製のドアが床に転がっていた。割れた木の断面が痛々しい。


「おい! フォーカス海賊団はいねえか!」


 巨体な男の図太い声が、酒場の喧騒を消した。すっと、マスターが彼らのもとへ出る。


「お客様、どうなさいましたか」

「俺らはオルキデ海賊団だ、フォーカス海賊団がここに来ると聞いて来たんだよ! 匿ってはいねえだろうな!」

「国家公認の海賊⁉」

「なんであいつらが……」


 ぞろぞろと入ってくる屈強の男たちには、腹や腕に蘭の入れ墨が入っている。オルキデ海賊団のマークだ。

 っていうか、みんな半裸そんなかっこうでお腹下さないの? あんな肌を露出していたら、いくら夏でも身体を冷やすよ。


「あいつら、俺らの商品を奪ったところか、あとの船を全部海に沈めやがった! 俺らの船に手を出したっていうことが、どういうことかわかってんだろうな⁉」

「はあ、まあ落ち着いて。お客様、興奮なさっているようですし。ビールじゃなくて、シンのとっておきの紅茶でも、」


「あぁん? なんか言ったか、東洋人」


 笑顔を張り付けたマスターの、黒いバンダナから見え隠れするコメカミが、ピクっと動いた。

 勢いづいた海賊三人が、マスターを囲む。丈と横幅だけは大きい海賊たちに囲まれ、マスターの顔に影が落ちる。


「東洋人のくせして、出しゃばるんじゃねえよ!」

「お前らなんか、サルとおんなじ顔のくせによ!」

「ケツにアザがあるやつなんか、お呼びじゃねえんだよ!」


 バシャア! と水の音。三人の顔に、弾丸のようにビールが掛かった。

 ビールを掛けたのは、私を助けてくれた青年だ。


「……おい、お前。その褐色の肌はガナラか? 砂漠の民か?」

「……どうでもいいじゃねえか、そんなこと」


 ビールをぬぐう海賊。カウンター席に座ったままの青年が、挑戦的に口角を上げる。


「上等じゃねえか……調子こいてんじゃねえぞぉぉ!」


 太く白い腕が、青年の顔に振り下ろされる。

 それを、彼らの間に入った私が、持っていたフライパンで防いだ。

 ぐわあん、と景気のいい音。海賊のタプタプした二の腕が、衝撃で波のように震えた。海賊が声にならない痛みと痺れで沈む。


「……あのぉ、お客様? 暴力沙汰は他のお客様のご迷惑になるので、おやめください。それからフォーカス海賊団の方々は本当にいらっしゃいませんので。他当たってください」

「なんだとぉ、ふざけんなよ!」

「おいやめろ! 女を殴るんじゃねえ!」

「へ、女なんてどこにいるんだ! 胸も尻もねえ、ちんちくりんのガキじゃねえか!」


 ……悪かったわね。

 別にあんたを喜ばせるために女になったわけじゃないけどさ。女じゃなかったら、私は一体なんだっちゅーねん。

 とりあえず、そのセリフを言った奥の奴にむかついたので、フライパンのフタをフリスビーのように投げてダウンさせといた。


「こ、このアマ何しやがる!」

「お、か、え、り、ください!」

「そうだそうだ! 帰れ!」


 力を込めて言い放つ。客席からも帰れコールだ。マスターも海賊らを睨みつける。かなりの威圧感で、たじろぐ海賊も出た。

 が、最初に店に入った奴は、まったく動じなかった。どうやらこいつがこの場のボスらしい。舌なめずりしながら、こちらへ来る。


「気に入ったぜ、お嬢ちゃん。見るところ東洋人でちんちくりんだが、その目はそそられる。生意気な女ほど、言い聞かせる楽しみが出来るってもんだ」

「それナンパの決め台詞ですか?」


 やめたほうがいいですよ、大半の女性はドン引きですから。と言うと、へ、とボスは軽く笑った。――一秒の間もなく、横から頬を狙った拳が飛んでくる。

 寸でのところでフライパンで防ぐ。大きく拳が弾き飛んだ。と思ったら、瞬時に真上から拳が。私も攻撃しようと、フライパンを大きく振り上げた瞬間――。



 勢い余ってフライパンが、後ろにいた青年の鼻をへし折るようにぶつかった。



 嫌な音と感触がした。誰もが驚きで身動きが取れず、その場の時が止まる。

 三秒ぐらいして、立つと私よりもはるかに身長が高い青年は、ずるずると崩れるように倒れた。


「……いやぁ――――っ!」


 倒した、倒しちゃったぁ――! 助けてくれた人、鼻から! 鼻からガツンってフライパンでノックアウトしちゃったぁ――‼


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「……へ、へへへ‼ ざまあねえな! 隙だらけだぜ!」


 彼の身体を抱え、謝り倒す私に、立ち直ったボスは私目がけて拳を振り下ろす。

 ああもう私のバカ! 助けてくれた人攻撃しちゃうし使える魔法はエダマメだしもうなんなのよ――! 

 自分のしでかしたことに頭がいっぱいになっていた私。このまま殴られるかと思われたところに、

 ボスの後頭部を誰かがガツンと殴った。

 酒場の空気が変わり、はっと我に返る。倒れるボスの後ろに立っていたのは、焼けた肌は健康的で、脂肪はなく、無駄な筋肉もなく、金髪をたなびかせ、殺気立っていてもどこか菩薩様のような柔和な顔をしてたたずむ四十代の男性。


「コウさん!」

「よぉ、久しぶりだな、コヨミちゃん。大事ないか?」


 フォーカス海賊団、副船長のコウさんだ。

 ということは。


「……ほら、フォーカス海賊団ですよ。お客様。これで気が済みましたか?」


 マスターが呆れた顔でいう。

 フォーカス海賊団の精鋭たちは、あっという間にオルなんとか海賊団を叩き出したのだった。


               ◆


 酒場の休憩室。ソファで眠っていた青年が、パッチリと目を開いた。


「大丈夫ですかっ。私がわかりますかっ」

「……あんたは、ウエイトレスの……さっき、フライパンを豪快に振り回した……」


 よし、意識も記憶もしっかりあるようだ。

 私は一度休憩室の扉へ向かい、そこから助走をつけ、


「申し訳ございませんでしたぁ!」

「⁉」


 思いっきり膝で滑りながら、土下座した。


「本当にごめんなさい恩知らずにもほどがありますよねフライパンは目玉焼きを焼くためにあるのに凶器に使うなんて本当にごめんなさい」

「いや、あんた膝! 今ものすごく擦りむいてないか膝!」

「……なにやってるんだいコヨミちゃん」


 休憩室の扉から、コウさんが現れた。


「スライディング・土下座です、コウさん。私の伯母の家じゃ人様に怪我をさせてしまった時はこうやって謝ってました」

「そうかい。でも、そこな青年が青い顔しているからやめた方がいいよ」


 そう言って、コウさんは青年の方にゆっくりと歩く。


「お前さん、もう平気かい? なんにせよ、顔は腫れるだろうから、薬持ってきたんだよ。ガナラ特性の、よく効く塗り薬だ」

「……あんたが、フォーカス海賊団の副船長か」

「ああ、そうだよ? なんだ、お前さん俺のファンかい?」


 ひとまずコウさんの言うことに従い、立ち上がって埃がついたスカートを振り払う(フワリと広がるカラフルな線が引かれたロングスカートは、マスターの趣味だ)。

 ひゅうッという空気を切る音がした。

 慌てて顔を上げると、青年の拳がコウさんの口めがけて飛び出していて、それをコウさんが首を後ろに引いてかわしていた。

 驚いて、私は声がでない。



「……やっと見つけたぜ。フォーカス海賊団副船長、コウ!」


 青年は、狂犬のように白い歯をむき出しにして笑った。

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