第4粒 世界はやっぱり広いです(2)


               ◆


 どんちゃん騒ぎで目が覚める。私はフォーカスの船の寝室にいた。魔力が尽きて意識を失ったあと、運ばれたらしい。

 どんちゃん騒ぎは船室から。また酒盛りやっているのかな。軽傷人しか出なかったとはいえ、元気すぎる。っていうか、死者が一人も出なかったのがすごい。

 外に出ると、空と海は真っ暗だ。一人でビールの缶をあけていたアラン君が、私に気づいた。


「もういいのか? 魔力切れ」

「大丈夫。ハルヒロも眠っているの?」

「いや、あいつは今酒盛りで踊っている。変な踊り」


 ハルヒロは、昔から創作ダンスを踊るのが好きだった。私が知っている限り、『スタイリッシュ・ドジョウすくい』か『パントマイム・ラジオ体操』なるものを作っていたけれど。想像つかない? 大丈夫、見ても説明できないから。


「倒れたのは魔力切れより、ハルヒロへのツッコミ疲れのような気がするわ……」

「はは、言えてる。でも、ハルヒロって面白い奴だな。最強の魔法使いだって噂で聞いていたけど、まさか本当だったとはな」

「ケンカ売らなくていいの?」

「売らねーよ、もう」


 アラン君の隣に立つ。私は柵に腕を乗せた。

 墨を透明な水に落としたように、夜空をそのまま吸い込んだような海。


「夜の海っていうのも、きれいね」


 吸い込まれそう。

 このまま船から落ちて、海に飛び込みたくなる。


「……なあ、コヨミ。なんかあったろ」


 アラン君が、唐突に切り出した。


「何って……」

「ホントは突撃前に聞こうとしたけど、状況がアレだったし。フツーの顔にも見えたし、気のせいかなって思ったけど。今も、なんか落ち込んだ顔してる。フツーの女は、今日の《死にかけた》ことに落ち込みそうな気がするけど。あんたのは、そうじゃないよな」


 大砲で撃ち込まれた時よりも、帆が落ちてきたことよりも、私には怖いものがある。そう思う私は、どこかおかしいのかもしれない。言ったところで、誰か信じてくれるだろうか。

 同じ境遇で育ったハルヒロですら、私の気持ちはわからない。あの人は中学を卒業した時に、親への興味を失っている。両親であったという事実を肯定も否定もしない。親の存在にこだわらないのだ。完全に、自然に、自分の世界から『両親』を消去デリートしている。その潔さに、私は尊敬と嫉妬を抱いていた。



「泣いたり怒ったりしている理由をわかってほしいのに、闇雲に怒鳴りつけてくる人がいてね」


 どうせ全部説明するほど興味もないだろう。適当に濁しちゃえ。


「その人とずっと、喧嘩している感じ。まあ、大したことじゃ」

「あんた、本気で話す気ないだろ」


 矢のように、アラン君の言葉が心に突き刺さった。

 私は隣に立っていたアラン君を見る。

 海風で互いの髪がなびいていた。客室から漏れるオレンジの光が、アラン君の金髪を闇夜から浮き上がらせる。


 改めて見ると、彼はきれいな顔をしていた。顔立ちが中世的な美少年、という感じではないけれど。今、青年らしい表情の中に、柔らかいものを覗かせている。濃い瞳は、静かな森に立つ大木のような色だった。樹皮にコケを生やし、太い根を張って生きているような、そんなイメージ。


「別に全部話せなんて言わないし、うまく説明できないことだってあるけどさ。俺は真面目に聞いているんだ」


 コヨミが言ったんだろ、とアラン君は言った。


「『同情も共感もなくて聞くなんて、喋っている人に失礼だ』って。――真剣に聞いている奴に、真剣に話さないのは、失礼じゃねえのかよ?」



 震えた。

 何かはわからない。でもたしかに、共鳴するように震え、頬に涙が一筋伝う。アラン君のぎょっとした顔に、私は慌てて言った。


「泣いているわけじゃないの」


 手の甲で拭って、私は笑う。

 世界は広い。きっとどこかに、自分をわかってくれる人がいる。

 昔から言うけど、二つの世界を行き来できる場合は、その範疇に入るのかしら。


「なんかね、嬉しかったの。ふしぎなくらい」


 ここに、私の話を聞いてくれる人がいる。私の言いたいことを汲み取ってくれた人がいる。

 それがとても、嬉しかった。



               ◆


 次の日の朝の港。フォーカス海賊団の出港だ。


「フォーカス海賊団に入るよ」


 そう言うアラン君の笑顔は、朝日がよく似合う。

 彼はやっぱり、自分でちゃんと居場所を見つけたらしい。もっとも、コウさんが酒場から連れてきた時点で入団したようなものだけど。


「私もそろそろ帰らなきゃだから、お別れだね。また、休みの頃に来るよ。コウさんのメルアドも教えてもらったし。モラン村に寄る時は教えてね」


 そう言って、私は右手を差し出す。


「またね」


 そう言うと、アラン君は、ぽかんと呆けたような顔を浮かべてから。

 少し、寂しげな顔をして。

 そして、弾ける笑顔で、握手した。


「ああ、また!」


 私よりも大きな手は、すっぽり私の手を包む。

 手のひらは、少し乾燥していて、ちょっとかたくて、温かかった。









 帆を広げ、沖へ進んだフォーカス海賊団の船隊。

 また会えることへの期待と、寂しさを抱きながら見送っていると、ピロリロリンという音が鳴った。レベルアップの通知だ。


「コヨミ、お前じゃないのか」

 ハルヒロに言われ、私は慌ててスキルを開く。

 自分のスキルの見方は、念じれば見える。

 レベル二になったら何が出せるのかなー、とワクワクしながら見た。



【コヨミ レベル2

 魔法 植物魔法

 技 『エダマメ・ガダ・セール』

   『アズキ・ガダ・セール』】


                           終わり

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えだまじょ! 肥前ロンズ @misora2222

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