第4粒 世界はやっぱり広いです(1)
ハルヒロという怪物が、爆発とともに船から解き放たれた時。海軍は、蜘蛛の子散らすように退却した。あの爆発を見て、この戦力すら絶対に勝てないと判断したらしい。
爆発で吹っ飛ばされなかった残りのオルキデ海賊団を捕まえ、一番大型の帆船へ私たちは乗り込んだ。奴隷たちは、第三甲板にある船倉に押し込まれているのだそう。
「捕まったときは、強力な拘束術で魔法が使えないどころか、指一本動かせなかったんだ。でもあれこれしていたら解けてな。かなり性能のいい術だったから、海軍もまさか俺が解いてしまうとは思わなかったんだろう」
「じゃあなんでとっとと逃げなかったのよ」
「以前フォーカスで見かけたクルーが、スパイをやっているとはいえ、不自然なくらい自然に溶け込んでいたからな。こりゃ、本心はオルキデの奴だと確信して、コウさんに連絡したんだ」
コウさんは事前に知っていたのか。でもスパイを頼めるほど信頼していた人を完全には疑えなかった。それでハルヒロと一芝居打ったのか。本当に裏切り者かわかるし、海軍の武器や魔法の情報収集もできる。いざという時は、河口付近に控えていたフォーカスの別船隊が、一斉に沖に押しかけられるようになっていた。
なあんだ、私必要なかったじゃん。しかも説明もなくこんな危ないところまで連れていくなんて。全くもう、おこだよ。コウさんを睨みつけると、コウさんは肩をすくめた。それすらも絵になるんだから、くそうイケメンってずるい。
「っていうか、連絡ってどうやって⁉」
「どうやってって……おいおい、さすがに敵の船から伝書鳩で伝えるわけにはいかないだろ。電話だよデンワ」
「だからなんで人工衛星どころか電波塔すらない異世界で電話が通じんのよ!」
「アフリカで培った電波塔のノウハウを駆使して、ネーデリア王国の風車という風車に電波発信機をつけてきました。あとはこう、現世につながる呪文を応用してふにゃっと」
ハルヒロの言っていることが全然わからない。私はツッこみ疲れで、がっくりと肩を落とした。
「……退却戦が必要なかったのに、私を連れてきたのはどうして?」
尋ねると、兄は神妙な顔で、床についていた取っ手を掴む。扉が開いた。この床の下が、船倉らしい。
「子どもたちの空腹を、どうにかしてほしくてな」
上から覗く。ずらりとある人の頭。頭の大きさからして、ほとんど子どもだ。
梯子で降りると、視線が私たちに集まる。むわ、と体臭がするし、埃っぽい。
薄暗くて奥の方はよく見えないが、皆やつれている。女の子はボロボロの服を着せられ、男の子のなかにはズボンだけ履いている子もいた。目の前にいる男の子は、茶色の髪がところどころ抜けていた。警戒心が、ビシビシと伝わってくる。
私はさっそくエダマメを作り始めた。が、ハルヒロに腕を掴まれ、製造が中断される。
「お前、出せるものはエダマメだけだと思ってないか?」
何言っているのかさっぱりわからん。
二年前スキルを確かめたときに、技の表示は『エダマメ』だった。レベルが上がれば技も増えるらしいけど、知っての通り私のレベルは一のままだ。そう言うと、はあ、とハルヒロがこれ見よがしにため息をつく。
「自分の魔法の有効性に気づいてないな。他にもいろいろ出せるだろ」
ちょっと、はっきり言ってよ。と、言うと。
「エダマメが成熟したら、ダイズになるだろ」
「……」
「豆を暗所で育てたら、モヤシにもなる」
「……そうね」
ダイズ。マメ科の一年草。主に搾油か飼料目的だが、日本の場合食料として栽培されることも多い。また、植物では珍しく肉に匹敵するたんぱく質を含み、近年では食料問題の解決になるのではないかと――って考えている場合じゃない!
サヤがカラッカラに乾燥したダイズを想像する。すると、ポン! とコミカルな音と煙をたてて、ダイズが現れた。
今度は暗い場所でニョキニョキと育つモヤシを想像する。同じくモヤシが出てきた。
「……なんで、魔法の技名が『エダマメ』で登録されてたのかしらね」
「たしかに、エダマメという植物名はない。しかし、近年ではエダマメ用とダイズ用は違う品種になりつつあるから、その配慮だろ」
今じゃサクラからサクランボはとれないしな、とハルヒロ。私は膝から崩れ落ちる。
なんてことだ。なんですぐに『エダマメ=ダイズ=モヤシ』が連想できなかったんだ。エダマメの調理法なんて塩ゆでぐらいしかできない。でも、モヤシはモヤシ炒めにできる。ダイズだったら、他にももっといろいろ作れる!
「……コヨミ、お前ちゃんと自炊してないだろ」
図星! ハルヒロの言葉が五芒星になって、角っこで私の頭をぐさっと刺す。
「俺は言ったはずだ。いくら料理がニガテで手間と時間がかかるからって、食材すら手に触れなくなったら、後でツケが来るって」
グサ、グサ。
「料理はチンして錬成出来るわけじゃない。そのうち豆腐がダイズで出来ていることすら忘れるぞ」
グサグサグサ――‼ と次から次へと刺される。
特に一番効いたのは『常識』という言葉。こんな存在自体が非常識な奴に、常識を説かれるなんて。でも正論だから言い返せない。
顔を上げない私に、アラン君が「大丈夫か⁉」と声をかけてくれる。ありがとう、本当にあなたって優しいね。でもこれは自業自得としか言いようがない。
「おっしゃる通りでございます、お兄様……」
「ん。出来たぞ」
ハルヒロの言葉に、何ができたんだ、と顔を上げる。
いつ着替えたのか、白いフリフリのエプロンと三角巾をつけたハルヒロが、
「肉もどきとモヤシ炒め!
醤油はないけど冷ややっこ!
そして、きな粉餅とずんだ餅だ――‼」
「あの一瞬でどーやって作ったのよぉ⁉」
三分クッキングにも程がある‼
「肉もどきってなにさ⁉」
「最近ダイズミートってあるだろ。タンパク質が豊富だし、食感も肉に似せたやつだ。モヤシとダイズ油で炒めた」
「豆腐はにがりがないと固まらないでしょ⁉」
「実はこないだ錬金術をマスターしてな。海水からにがりを取り出せるようになった! 麹菌がないので、さすがに醤油は無理だったが」
「ずんだ餅って何⁉ なにこの緑⁉」
「伊達政宗公が愛したずんだ餅を知らないのか? エダマメをアンコみたいにして、餅につけたものだ。餅はモチ米じゃなくて、イモのデンプンだけどな! もちろんきな粉もダイズを炒って粉々にした!」
「にしたって作るのにもっと時間がかかるものでしょ――⁉」
「魔法って便利だな!」
結局はそれかい! いや、本当に魔法だからって結論付けていいのかな⁉
「そういうわけだ、諸君!」
船倉にいる子どもたちに伝わるように、ハルヒロは大きな声で言った。
「基本的な材料は馬車馬のように働く妹が魔法で出す。足りない材料や調味料は俺が全部回収した! 思う存分喰らうといい‼」
「『馬車馬のよう』はいらない! 素直に働きたくなくなる!」
とはいえ、お腹を空かしている子を放置するわけにもいかないし。警戒心は解かれないものの、美味しそうな匂いがして限界だったのか、子どもたちはもう食べ始めている。
ハルヒロが作ってくれるというのなら、私も働かざるを得ない。魔力がギリギリ尽きるまで、私はモヤシとエダマメとダイズを生産し続けたのだった。
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