第3粒 一筋縄ではいきません(1)


 父は、『共感』の「きょ」もない人だ。

 こちらがどれだけ話題を振っても、相槌すらうたない。

 妻にも、子どもにも愛情を表現するということは絶対にしない。一度私に、「優しくすると軟弱な人間ができるから」と理由を述べたが、意味不明だ。「浮気をしない」「お金を稼ぐ」だけで夫と父親としての義務は果たしていると本気で思っている。「ありがとう」も「ごめんなさい」も言わない。

 母がヒステリーを起こしても、常に放置な父。しかし、小六から起こり始めた父とハルヒロの喧嘩は、父と息子の喧嘩っていうか、動物のオス同士の闘いだった。


 母は、共感ばっかり求めて、『同情』が欠けてしまった人だ。

 おしゃべりなくせに、人の話は全く聞かない。躁鬱が激しくて、その日「この人が大好き!」とべた褒めしていたのが、次の日になると親の仇のように侮蔑する。ちなみにその対象は、普通に家族も含まれる。前の日には「コヨミは私の自慢の娘だよ!」と言っていたのが、次の日には「あんたなんて産まなきゃよかった!」と怒鳴られるのは当たり前。

 言動に一貫性がなくて、その度に喜んだりガッカリしたり、死ぬほど悲しい思いをした。


 この両親を例えるなら、事故るからってアクセルを踏まないのが父。アクセル踏みっぱなしで車を大破するのが母だ。どちらにしたって困りもの。

 私は実家を飛び出し、高校三年間は母の姉に当たる美澄さんの家に居候していた。母と違い、美澄さんは良識もあって優しくて、私の話を真摯に聞いてくれた。思春期は本当に情緒不安定で、夜中に泣き喚き、暴れる私に寄り添って、得体の知れない恐怖やイラつきの理由を、一緒に考えてくれた。

 この人がいなかったら。私は、本当に死んでいただろう。

 同情というのは、人の心に寄り添い、労わることだと教わった。

 可哀そうだと勝手に決めつけ、いらぬ世話をするのは「親切の押し売り」で、同情はそこから遠い位置にあるものだと考えている。同情も共感も、私は欲しかった。親身になってほしかったし、自分の感じたことには否定しないでほしかった。その役割は、伯母美澄さんじゃなくて両親にしてほしかった。


 ……私は、アラン君を自分に重ねていた。

 彼は十七歳だと言っていた。船の中を暴れるアラン君は、三年前までの、夜中に泣き喚く私に似ていた気がするのだ。


               ◆



「は? 奴隷船にいる? ハルヒロが?」


 同窓会の翌日。あの意味不明な呪文を唱え、異世界に――フォーカス海賊団の船に戻ると、コウさんから驚くべきことを伝えられた。


「コヨミちゃんも聞いているかもしれないが、あいつは俺たちよりずっと活躍して暴れている。オルキデ海賊団の船を大破したのはいいものの、うっかり足が吊っておぼれかけていたところを捕らえられたらしい」

「ああ、ハルヒロならやりますね……」


 中学時代も、色々できるぶん調子に乗りすぎて痛い目に遭うなんて、しょっちゅうだったもんなあ。

 にしてもメール簡潔すぎ。そんな大変な状況になってるんなら、もっと書き込め。


「それにしても、随分詳しいですね? まるで見ていたかのような」

「ああ、オルキデ海賊団に、ウチのもんが潜っている。そいつの情報だ」


 要するにスパイか。

 オルキデ海賊団は、表向きは貿易会社ではあるものの、その裏は奴隷・東洋オリエント(マスターの故郷やガルナが東洋の方に含まれる)や他の大陸の植民地支配が目的。国家公認の海賊団であるということは、その暴虐が国家の意思であるということだ。

 フォーカス海賊団の大半は、他の大陸出身のクルーで占められている。こっちも表向きは貿易会社だけど、真の目的はオルキデ海賊団と国家に歯向かい、奴隷解放や植民地支配を終わらせることなのだ。


「ハルヒロのハイスキルとその暴れっぷりは、海軍でも随分有名だ。交渉は無理だし、奴隷船も放っておけないから、ここはさっと船ごと乗っ取ってさっと逃げる。コヨミちゃん、また指示頼んでいいか」

「どういうことだ? それ」


 開けっ放しの船室のドアから、アラン君が入って来た。


「コヨミちゃんは退却戦の名人なんだよ。それでしょっちゅう助けられているんだ」

「盛らないでください、二度だけじゃないですか。最初に助けられたのは私ですし」


 二年前、奴隷船に捕まったところを助けてくれたのがフォーカス海賊団なんだけど、長くなるので割愛。なお、退却戦というのは、その名の通り船ごと逃げることだ。敗北を悟った船は、これ以上の犠牲を出さないように逃げるのだが、これが一番難しい仕事だと言われている。その退却戦の指揮をなんで私が得意とするかと言うと、ハルヒロが調子に乗ってイタズラしたのがバレて、私まで一緒に逃げているうちに、妙に勘が良くなってきたのだ(いやな理由だ……)。

 とはいえ、私は戦力になるところか、自分の身すら守れない(なにせ魔法がエダマメだ)。そこでコウさんが、デッキに皆を呼び出して、「誰かコヨミちゃんの護衛希望する人―」と声を掛けると、


「俺がやる!」


 アラン君が手を挙げた。

 ……というか、アラン君、なんかみんなの輪に溶け込んでない? 顔つきも穏やかだ。私がいない一日の間で、どんな心境の変化だろう。落ち着いたのなら、それが一番いいけどさ。


「アラン君って、魔法使えるの?」

「おう。属性は火で、レベル一二だ!」


 もしかして、オルキデ海賊団の顔に酒を掛けたのは、その後火の魔法で引火させるつもりだったんだろうか。恐ろしい子。


「……なあ、コヨミ」


 アラン君が声を掛けてきた。なに? と聞き返すと、何故かあー、とかうー、とか言って、

「やっぱなんでもねえや! 後でな!」

 と言って、はにかんで私に背を向ける。

 おかしい。耳や頬が紅潮しているし。どこか足取りが軽いっていうか、浮いているっていうか。酒でも飲んだのか、もしくは。


「……熱でもあるのかしら」


 私の小さな呟きを、聞き逃さなかったコウさんがぶはっと噴き出した。










 敵は大きな船一隻、比較して小さい船二隻。

 私たちはその三隻を囲んで、奴隷船ごと乗っ取って逃げる、という計画を立てた。計画ってほど手順ないじゃん、とツッコむなかれ。なんでも複雑がいいってもんじゃない。

 ただ、気になることがある。コウさんが言った通り、ハルヒロは超有名人だ。私はほとんど知らないんだけど、どっかの独裁政権を倒したりしたこともあるみたいで。おまけに四大元素魔法全部使えるし、私が知っている限りレベル五十越え。権力者としては恨む反面、喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 フォーカス海賊団の行きつけの酒場で、アラン君が待ち伏せしていたぐらいだ。ハルヒロとフォーカス海賊団の関係が噂になっていても、おかしくない。

 ……そういえば、酒場に来たオルキデ海賊団は、モラン村の酒場にフォーカス海賊団が向かっていることを知ったっていってたけど、それはどこで知ったんだ? アラン君も、そこまではわからないでただ待ち伏せしていたようだし――。

 そう思った時、嫌な予感がした。


「……ひょっとしてコウさん、スパイの人にも、今自分たちがどこへ向かっているかって連絡してます?」

「ああ。しているけど」

「――逃げましょう、今すぐ‼」


 私の声と同時に、砲弾が船室に撃ち込まれた。

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