近所の本屋さん
Erin
近所の本屋さん
小さい頃からあった、近所の小さな本屋さん。
外には児童書が並べられ、中はいろんなサイズの本が棚や、机に並べられていた。
私は一回も中に入ったことはなかった。通るたびにただ、母を引き止め、目に止まった本を手に取って、気に入った本を買ってもらっていた。でも、中は少し明かりが暗く、入るのが怖くて、いつも母に会計を済ませてもらっていた。中からひょこっと顔を出す店長さんは、若くて優しそうなお兄さんだった。
私が成長して行くうちに、母と出かけることも少なくなり、通学路の関係で本屋さんによることはなくなった。
近所のおばさんたちの会話で、その本屋さんはまだあると分かったが、余計な噂も混ざっていた。それは店長さんの噂話だった。
少し昔に奥さんと離婚し、最近別の女性と再婚したと。近所のおばさんたちは「切り替え早いわね〜」や、「新しい奥さん、悪い噂があるらしいわよ」といつも根拠のないことを口に出していた。
大学を卒業して上京した頃には、近所のおばさんたちの噂や、本屋さんの情報も途切れた。
でも気になるから、実家へ戻る時に、本屋さんに寄ろうと決めた。
外は昔と変わることなく、児童書がザッと並べられていた。児童書を手に取ることなく、初めて中を入った。
何故小さい私は怖かったのだろうか。明かりの色がただ薄いオレンジで照らされ、リビングにいるような気持ちにしてくれるのに。
棚や机にはベストセラーや、古い本まで無造作に並べられていた。そう、出版されたばかりの本と何年前に出版されたかもわからない本が隣り合っている。客は今、私しかいないが、他の客がいた形跡は残っている。
あの時のように、気になる本を探し始めた。
目に止まったのは白いカバーで覆われた文庫本。それを手に取り、一ページ目を開く。
『好きになことに理由はいらない』
一文目はそう書かれていた。
気に入った。この本を買おう。迷いはなかった。
久しぶりに見る店長さんの顔。老けて白い髪が増えているけど、昔より人生が楽しそうな表情を浮かべていた。
店長さんに本を渡す。中身を確かめると、柔らかい表情でそれを見つめ、口を開いた。
「好きなことに理由はいらない……か」
私は首を傾げる。店長さんは続けた。
「俺はそうは思わないな……。理由はあるけど、言葉に出来ないってことだと思うんだ……」
店長さんの言葉になんとなく私は、嬉しさを感じた。
本は袋に入れられ、私に渡される。
「じゃあ、気をつけてね」
私に向けられた笑顔は、昔と変わらなかった。
「うん。ありがとう、
ーーーーお父さん」
近所の本屋さん Erin @Little_Angel
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