第8話 化物のような美しい姫
夜会の日、正装に着飾った宗介は、少しマシな青年に見えた。一方で王宮の広間のあちこちからは宗介を値踏みする視線が集まり、声が響く。
もちろん、皆宗介の功績は知っているので、「あれをあの青年が」とか「まあまあの見た目ですわね」などの内容がほとんどだったが。
その中で一人の貴族が、宗介に先陣を切って声をかけてきた。背が高い痩身の、インテリタイプの貴族である。
「勇者様、お初にお目にかかります。私はワイマーズ領ワイマーズ男爵家の当主、テオドール・デ・ワイマーズと申します。本日は勇者様にお目通りが叶うと聞き及び、いの一番にお礼に伺おうと思っておりました。以後よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします。お礼、ですか?」
困惑する宗介にテオドールは語りかける。
「わが男爵領は湿地が主な領土でして、満足に農作物も作れない状態だったのですが、勇者様が試験栽培に成功された水耕野菜の数々。あれらを湿地で栽培することに成功いたしました。おかげさまで我が領土の税収は一気に増え、農民たちも冬でも飢えずに暮らしていけると勇者様には感謝しております」
「――なるほど。そうでしたか。お役に立てたのなら非常に嬉しい限りです」
「今夜の料理にも我が領土の水耕栽培の野菜を数多く提供しております。ぜひお楽しみください」
「はい。ありがとうございます」
宗介とテオドールは握手を交わし、別れた。
次に現れたのは壮年の恰幅の良い髭面の男だった。
「はじめまして勇者様。私はフランツ・ジョセフ・ディートリヒ准男爵と申します。爵位も低ければ領地も貧しい准男爵家でしたが、勇者様が導入された仔牛の育成方法のお陰で我が領地では食肉用の仔牛が主要生産物となり、税収も数十倍の規模で増え続けております。これはもう、勇者様には感謝してもし足りませんで、本日の料理には我が領土の仔牛もふんだんに使われておりますれば、ぜひご堪能いただきたく存じます。そうそう、おかげさまで男爵の爵位を買うことができる運びとなりまして、ますます勇者様には感謝の念が絶えない次第でございます。勇者様もお忙しいでしょうから今宵はこれで失礼致します」
フランツが去ってから、宗介はつぶやいた。
「以外に影響与えていたんだな」
「それはもう。ご自覚がないのは本人ばかりにございます」
そう答えたのはグラフィスだった。
それ以外にもお礼の相手は絶えなかった。梅毒やペスト天然痘と言った伝染病で苦しんでいた地域からは予防法や治療法を知らせてくれた礼が絶えず雨のように続いた。
特別に招待されたというスラム街の代表者からは貧困が一掃されたと深く礼を述べられた。輪栽式農業が根付いたことに寄り、各地の農民代表からも頭を下げられ、フランクリンストーブの普及によって冬の燃料代が下がったといろいろなところから頭を下げられた。
日帰りで異世界と移動できるならば特別な能力など持っていなくてもいい。現代社会の知識、それそのものがチートとなって異世界の病人や貧困者、本来は死ぬべきはずだったものを救ったのである。
とくに手袋とマスクの導入、蒸留酒の発明とそれによる高濃度アルコール消毒の導入、それらに付随する公衆衛生医学は死ぬはずだった人々を生かし、病に倒れるはずだった人々を復活させた。宗介はクラースヌイの人々に感謝されてもされたりないほどの恩を売ってしまっていたのである。
だからこそ反対派貴族の怨念は凄まじかった。今も会場の片隅で、呪い殺せそうな視線で宗介のことを睨んでいる。
が、暗い雰囲気なので誰も近づかづにいた事が彼らを救った。何故ならば彼らはこの公の場で犯罪の密談を堂々と行っていたのだから。
それはともかく(便利な言葉だ)挨拶が終わると国王がアイーシャ王女を伴って現れた。
衆人観衆はアイーシャ王女の美貌に沸き立つ。
「アイーシャ王女、はじめまして。ソウスケ=フルカワと申します。古川とは
宗介は社交ダンスで教えられた最大の礼を持ってアイーシャ王女に対した。
「ソウスケさまはじめまして。わたくしはアイーシャ・デ・リュミエ・クラースヌイ。クラースヌイ家王位継承権4位を持つ王女にございます」
アイーシャも最大の礼を持って相対したが、王位継承権の話をここで出すということは宗介に対する最大の牽制であると同時に、他の貴族から自己を守るための最大の保身術でも有った。
「存じております、アイーシャ姫。だからこそ私はあなたに対する婚礼を申し出ました」
「野心はありつつも、ありすぎない。そう見せかけるためですね?」
鋭い。宗介はアイーシャ姫をぼんくらではないと評価した。
「御意。このままですと、私は貴族共に殺されてしまいそうですので」
「知っているわ。あなたの活躍を妬む能無し貴族共でしょ?」
ここで宗介はアイーシャの評価を有能(?)と改める。
「御意にございます。そしてこのような書状も」
宗介はグラフィスから渡された国内貴族の裏切りを証明する書状を渡す。
「……愚かな。我が国の貴族はここまで腐っていたのですね」
「残念ながら」
そして宗介は続ける。
「そしてこのままでは私は遠からず謀殺されるでしょう。そこで姫の手をお借りしたいのです」
「わたくしの?」
「はい」
アイーシャの憂いを秘めた表情を、宗介は見つめる。
「姫には、ルフツ砦まで私を見送りに来ていただきます」
「そこでわたくしが誘拐されると?」
「はい。我が騎士団の力を持って万全に防ぎますが、そのように敵から証言させることが必要です」
「わかりました」
「はい?」
宗介は、疑問の表情を浮かべる
「わかりましたと言ったのです。わたくしとて王家の姫。様々な事態を想定して訓練はされています」
「御見逸れいたしました。すぐに手配しましょう。わたくしとの婚姻は?」
「勿論お受けしますわ。ソウスケ様」
「それでは成約の口吻を」
「んっ……」
宗介とアイーシャは、こうして口吻を交わしたのだった。
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