二代目日帰り勇者の苦悩

碧風樹(あおかぜいつき)

第1話 召喚

 古川宗介(よしかわそうすけ)は、普通の学生であった。

 ただ、普通の学生と違うのは、彼が戦略ゲームオタクでありミリタリーオタクであり、かつ様々なロケット大会で賞を総なめするほどのロケットオタクだったことである。それこそが、彼が召喚された理由だった。

 それは彼が広場で化学燃料ロケットの打ち上げの実験をしている時だった。

 点火したロケットが、いつまでたっても飛び上がらない。

「おかしいな……」

 宗介は頭をひねるとよせばいいのにロケットに近づいた。

 その途端、ロケットが膨張し、爆音と閃光が宗介の視野と聴覚を支配する。

 そして、一瞬遅れて衝撃。

 宗介の意識はブラックアウトしたため、己の体が空中に浮き上がっていることなど感じるべくもなかった。

 宗介の周囲には天から降り注ぐ光の柱が立ち並び、宗介はまるで未確認飛行物体に吸い上げられるかのようにどんどんと上昇し、ある程度の高度になった時点でふっと消えた。


「……様……しゃ様……勇者様」

 気がつくと、体が揺すぶられていた。

 そして誰かの声がする。

「ん~、眠いよ母さん」

 宗介は寝言のようにつぶやいた。

「あのー、私は勇者様の御母堂ではないのですが~?」

 間延びした女の声。

「え……?」

 宗介はゆっくりと目を開ける。そこには、金糸で刺繍を施した豪華なドレスの少女がいた。

「あ、お目覚めになりましたか~」

 その少女は、白かった。

 白い髪に白い肌、血のような真っ赤な瞳。

「アルビノ?」

 宗介は脳内データベースから該当する言葉を探し当てる。その少女は、アルビノであった。

「わたくしはアルビノという名前だったのですね~ ありがとうございます、勇者様~」

 少女は、それを自分の名前と勘違いしたようだった。

「いや、違う……って!?」

 宗介は驚いて起き上がる。そこはクリスチャンである彼が常日頃訪れていた教会のような石造の建物であった。軽く三百人くらいは収容できそうな広さである。

「ここは……どこだ?」

 宗介の疑問に、少女は答えた。

「クラースヌイですわ」

「……日本ではないのか」

「それは勇者様の故郷ですわ」

「故郷?」

「勇者様は勇者としてここクラースヌイに召喚されましたの」

「そうか……って、ええーっ!! 召喚!? これはあれか? 異世界召喚ものか? オーラロードが開かれるのか!?」

「わけが分かりませんの」

 少女は困った顔をしてそういう。

「待て待て待て待て待て……そんなことがありえるのか? そんなのファンタジーかSFだけのものだろう? そうだ、外に出てみよう」

 宗介はそうつぶやきながら、出入口と思しき扉を開ける。

 すると宗介の目に飛び込んできたのは、どこからか飛んできた鉄の塊で吹き飛ばされる人々。

 おそらく砲弾だろうと推測される鉄塊の着弾する轟音と爆煙。ひき肉のように潰れる人間……

 宗介は再び意識を手放した。

「……様……しゃ様……勇者様」

 気がつくと、体が揺すぶられていた。

 そして誰かの声がする。

「ん~、眠いよ母さん」

 宗介は寝言のようにつぶやいた。

「あのー、私は勇者様の御母堂ではないのですが~?」

 間延びした女の声。

「え……?」

 宗介はゆっくりと目を開ける。そこには、金糸で刺繍を施した豪華なドレスの少女がいた。

「あ、お目覚めになりましたか~」

 その少女は、白かった。

 白い髪に白い肌、血のような真っ赤な瞳。

「アルビノ?」

 宗介は脳内データベースから該当する言葉を探し当てる。その少女は、アルビノであった。

「はい、アルビノです~」

 少女はそう答えた。

 既視感と違和感。

「……どこかで、会ったことあるっけ?」

「はい、先程、勇者様が気絶なされる前に」

 気絶?

 そうだ思い出した。

 僕は悲惨なものを見て……

「って、ここは戦争のまっただ中だろ? ゆっくりしていていいのか?」

 宗介はこの建物の外で人が死んでいたことを思い出して少女に尋ねる。

「はい。ここは結界で守られていますので~」

 結界……どうやらファンタジーの世界のようだ。

「さっき僕は召喚されたといったな? 帰れるのか?」

 となれば重要なのはそれだけ。日本に戻れるのか?

「ええ、いつでも戻れますよ~。もう連絡回路は形成されてますので~」

 それを聞いて宗介は安堵する。さすがに現代のオタクである。こんなシチュエーションはゲームやらアニメやら小説やら映画やらで嫌というほど見ている。

「そうか……で、僕はなんでくら……ここに呼ばれたんだ?」

「クラースヌイですわ。そうですわね、簡単に説明するとこういうことです~」

 そう言うと少女は手元の機械を操作する。すると空中に映像が投影され、音声が流れ始めた。

 それを纏めるとこういうことになる。


 かつて、世界には争いがあった。

 魔族と呼ばれる異形の者と、人間との争いである。

 人は、チキュウと呼ばれる異世界から勇者を召喚し、魔族との戦いに勝利を収めた。

 勇者は帰還し、世界には平和が訪れたかに見えた。

 だが、勇者が残した科学が、つかの間の平和も許さなかった。

 蒸気機関ーーそれは勇者の世界ではすでに消え去った技術。

 しかしそこに魔法の力が加わった時、世界は大きく変貌した。

 炎の精霊サラマンダーを燃料としたことによる蒸気機関の小型化と産業革命、そして軍事への転用。

 それは魔族をことごとく滅ぼしつくし、魔導科学という猛獣の牙は、同じ人間の小国へと向けられたのであった。


「ということでクラースヌイはかつて勇者を召喚したブラウに狙われておりますの」

 宗介はそのあまりにも出鱈目な出来事に頭を抱えた。

 先代勇者とやらは何をやっているんだ。異世界に科学文明を持ち込むなんて……チートどころの騒ぎじゃねえぞざけんな! とまあ、心のなかで口汚く罵った。

「要するに、その侵略を受けている状況をどうにかしろと?」

「はい!」

 少女は素直に即答した。

「断る! 人間同士の争いなんだからそれくらい自分で面倒みろよ! 何かあるごとに異世界から勇者を召喚するような他力本願な世界だからこんな狂った事態になるんだよ!」

 戦略ゲームが好きでサバゲーが好きでもそこは平和な日本人。争いごとは好みではない。ましてリアルな戦争等想像の範疇外だ。先代勇者は魔族とやら相手だったからノリノリだったかもしれないが僕をそいつとは一緒にしないでくれ。

 宗介がそう叫ぶと、少女は困り果てた様子でつぶやいた。

「では、クラースヌイは滅びるしかないのでしょうか……」

「知るか! そんなの自分たちで考えろ……というか、なんでここには君しかいないんだ? クラースヌイとやらのお偉方はどうしたんだ?」

 宗介はやっとそこにたどり着いたようであった。

「はい~。わたくしは勇者召喚のために処置を施された人形ですので、世俗の方々はわたくしと一緒にいることができないのです。穢が感染(うつ)ってしまいますので~」

 その物言いに、宗介は絶句する。処置を施された人形? 穢が伝染る? なんだそれは! 聞いているだけでも不愉快な単語だ。

「何だそれは!」

「はい。薬物と魔法によって、記憶を消去し、異世界との連絡用に調整を施された人形です~」

 少女は事も無げにそう言った。あるいは、自分ではその意味はわかってないのかもしれない。

 クソクソクソ。なんだこれは? 苛つく。巫山戯るな。なんだこの理不尽は。記憶を消される? 巫山戯るな。それが人間のやることか!? 潔癖なクリスチャンである宗介にとって、それは神を侮辱する行為に他ならなかった。

「わかったよ……手伝ってやる」

 宗介はやっとのことでその言葉を絞りだすとともに、内心である決意を固めていた。

 そして宗介は、教会(教会でいいらしい。炎の神を祀っているそうだ)の地下にある隠し通路から王宮へと向かった。

 しかし、僕が召喚されたからといって市街地で大砲をぶっ放すほど侵入されてるのに勝ち目はあるのか?

 宗介はそう考えながら、黙って少女の後をついて行った。

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