第3話 ナポレオンの大砲学
宗介は自宅に戻ると、学校の鞄から関数電卓を取り出す。宗介は工業系高等専門学校の学生で、電子工学を専攻していた。そしてそこで学んだ物理や情報処理の中には、電子計算機が発達したそもそもの理由――すなわち大砲の弾道計算が基礎の基礎としてカリキュラムに取り込まれていた。そしてもうひとつ必要なもの、100キログラムまで計量できるデジタル体重計を手に取る。
「たしか、1ポンドが454グラム。一般的な大砲の砲弾の重量は12ポンド砲が有名だからまあ、5キロ前後かな? あとは斜方投射の式を一度教科書で……」
宗介は教科書を開いて数式を確認する。空気抵抗はこの際考慮に入れない。あちらの世界と地球との空気が同質であるとも限らない。第一射の着弾予測地点と実際の着弾を比較して誤差を修正したほうが早い。宗介はそう考えてアルビノから受け取った通信機のボタンを押した。
甲高い音がしてから、アルビノの声が聞こえた。
「勇者様ですか~?」
その声はどこかおっとりとしていて、戦争の緊張感というものがまるで感じられなかった。
「ああ。準備は済んだ。そっちに呼び戻してくれ」
「わかりました~」
その間の抜けた声とともに襲ってきた眠気に身を委ねて宗介が意識を取り戻すと、そこは教会の中だった。
「おはようございます勇者様~」
「ああ、おはよう……じゃない。すぐに王宮に連れて行ってくれ」
この真っ白な少女相手に口を開くとつい無駄話をしてしまいそうになる。宗介は自制をして事務的に告げると、アルビノの案内で再び王宮に戻った。
国王や武官文官の歓迎の声。宗介はそれら一切を無視して状況を尋ねる。
「はっ! 高台と最前線への配備はすでに終わっております」
兵士がしゃちほこばって答える。
「よろしい。では最前線は砲弾の代わりに集めた釘や鉄くずを詰めて、砲を水平にして敵兵士に向けて射撃すること。場所は出来れば一本道の通りの端などがいい。敵が集まったらとにかく撃って撃って撃ちまくれ」
「了解!」
兵士は敬礼をしてから伝令のために去っていく。
「よし、では誰か僕を高台案内してくれ」
その言葉に対し、高級将校らしい質実剛健な軍服にたくさんの勲章を縫いつけた初老の男が答える。
「あなたは?」
「私はタルナーダと申します。三将軍の一翼を務めております」
丁寧で落ち着いた話し方をする男だった。宗介は信頼できそうだ、と心のなかでランク付けをする。もっとも、任務に忠実な軍人というのは時として考えられないほど非道なことをする場合があるということを宗介は歴史を学んで知っている。したがって、信頼できるが要警戒と頭の中のメモに付箋を付けておいた。
やがてタルナーダの案内で高台に到着する
兵士たちの歓声。
「みな、あなたに一縷の希望を託しております」
将軍のその言葉に、嘘はないだろう。だが、そんな言葉で心が揺れるほど宗介は子供ではない。宗介は抱えていた体重計を地面に置くと「砲弾を一つ貸してください」と言って砲弾を持ってこさせる。そして体重計に乗せるとデジタルの数字は5.44の数字を示す。
「やはり12ポンドか……」
先代の勇者が持ち込んだ法則なのだろう。大砲の砲弾はきっちり12ポンドだった。
「将軍、ここから敵までの距離は?」
「はっ! 砲兵、勇者様の質問に答えたまえ」
タルナーダの命令を受けて一人の砲兵が宗介の前にやってくる。その砲兵はこちらの世界で使われている弾道計算の方程式などの各種条件を宗介に提示する。
「なるほど……やはり重力加速度と空気抵抗が地球とは多少違うが……計算式自体は地球とほぼ同じだな」
「はい。ただ、計算が複雑でして、どの陣営もなんとなくでやっている感じですね」
砲兵の言葉に、宗介はさもありなんと考える。それから宗介は関数電卓を使って最適と思われる射角を割り出す。
この世界の大砲が地球と違うのは、爆発にもサラマンダーの力――すなわち魔法を使っていることだ。砲兵部隊の中にはそのサラマンダーを使役するために必ず精霊使いがいる。
この形式のメリットは火薬式と違って天候の影響を受けにくいこと。デメリットは精霊使いが万が一的に殺されるなどした場合、部隊そのものが無力になる点だ。そのため、砲兵部隊には必ず護衛の兵士が付けられる。
「さて、試しに次の条件で試射してくれないかな? それから着弾観測を忘れずに」
宗介の言葉に従って一門の大砲から砲弾が発射される。
「だんちゃーく、いま」
なぜか自衛隊風の着弾確認の後に着弾したポイントを割り出す。
「いかがでしょう?」
砲兵の言葉を受け、宗介は説明する。着弾を想定したポイントとのズレが殆ど無いことを。
「ズレはないな。では、ここから敵の砲撃拠点まで届くか試してみよう。サラマンダーの爆発の威力を最大限に調整! 現在の射角で試射!」
蒼甫の言葉が復唱される。そして砲弾が込められた大砲の中にいるサラマンダーを精霊使いが操ると、爆音とともに砲弾が滑りだして滑空する。
それは市街地に攻めてきている敵兵の頭上を飛び越し、郊外に陣取っている敵の砲兵部隊の付近に着弾する。
砲兵部隊は慌てて退避したため、街の中への援護が疎かになってしまった。そして、街中に攻めてきた敵兵は釘やパチンコ玉、ガラスなどで体を引き裂かれ、回復不能な傷を追って撤退していく。こうして宗介の勇者としての初陣は、圧倒的な敵勢力を追い返すという大戦果で終わったのだった。
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