第6話 日帰り勇者の本領発揮 あるいは現代知識チート
アルビノを作り出したクラースヌイの連中が許せない。アルビノを薬物と魔法によって記憶を消去し、異世界との連絡用に調整を施された人形に仕立て上げた。
その行為は、潔癖なクリスチャンである宗介にとって、神を侮辱する行為に他ならなかった。そして、それ以外にも人として感じる理不尽さ、不愉快さ。そういった諸々の感情が、宗介に対しクラースヌイ上層部への正義の執行を求めていた。
それは宗介個人の正義であり、他人からすればそれも理不尽なものであっただろう。また、宗介は現代の学生として、神の名のもとにどれ程の非道が行われたのかを知っている。だからそんな歴史を繰り返すような過ちはしなかった。
俺はまずクラースヌイの軍に対する指揮権を完全に確保すると、ブラウとの戦闘が行われた回廊のブラウ側の出口に要塞を築き始めた。工事には軽く三ヶ月ほどかかるそうなので、その間に別のことをするとする。
「勇者様~」
と、アルビノが俺のもとに駆け寄っってきた。
「どうした、アルビノ?」
「お食事に戻られるお時間です~」
ああ、なるほど。腕時計を見ればそろそろ正午になるところだった。
「カレーパン、お願いしますね♪」
アルビノは俺がお土産用に持ってきたカレーパンを体操気に入ったらしく、事ある毎にねだってくる。
「わかってる。忘れずに買ってくるよ」
アルビノの頭を撫でると、彼女は子犬のような反応を見せる。
「くすぐったいですよ勇者様~」
なんでも
まあ、そんなこんなで俺とアルビノのやり取りを生暖かく見守っている軍人共に仕事をサボるなよ、と指示を出してからアルビノに転送させる。
たどり着いたのは寮の俺の部屋。カバンからモバイルパソコンを取り出し、立ち上げてネットに接続すると幾つかのソフトをダウンロードする。ついでにソーラーチャージ型のモバイルバッテリーに充電するのも忘れない。
着替えてから部屋の外に出ると宅配ボックスに荷物が入っていたのでそれを開封する。中身はテーザーガンで、ワイヤレスタイプ。射程は30メートルほどのものだ。あっちの世界での護身用に隠し持っておくために個人輸入したもので、税関で引っかかっていたがようやく届いたらしい。俺はテーザーガンをカバンに入れると、寮の部屋に鍵をかけて食堂に向った。
それから30分後、アルビノを呼び出してあっちの世界に転送してもらう。
俺が考えているのはクーデターだ。クーデターでこの国の上層部をしらみつぶしに抹殺し、アルビノへ行った行為の対価としてやる。とりあえず軍の統帥権はモノにしたので、今は軍に屯田兵をさせて食糧事情の改善を行っている。この次に欲しいのは外交か内政にアクセスするための地位と権限だ。
まずは内務を先に手にしたい。なので副官ことグラフィスを呼び出す。
「この国の内務大臣について情報と資料を。それと、教育についてはどうなっていたか?」
「はっ。個人的には少々欲の皮の突っ張った人物と言わざるをえないでしょう。特に金銭や宝物については強欲と言って差し支えないかと。逆に女性方面にはあまり強くないようで、むしろ愛妻家と呼んで差し支えないかと思われます。教育については貴族が家庭教師を入れて学ぶのが精一杯かと」
「では、内務大臣に取り入るには贈り物が良さそうだな。グラフィス、適当に見繕ってくれ。それと、内務大臣との面談の約束を」
「かしこまりました」
グラフィスは一礼をして去っていく。
執務室に入ると、冬の農閑期に軍人として働く農民を募集する手続きをした。常備軍への布石であり、農民に戦う方法を教えるためでもある。ついでに貴族のボンボンを集めて作った私設部隊を、信頼できる人物・手元においても良い人物とそうでない人物に分類し、当人の意向も問いつつ配置換えをしていく。三分の一ほども残ればよいかと思ったが半数ほどが残ったのは思わぬ収穫だった。
当然これらの実務を行うのは、俺に割り当てられた文官たちだ。手足とするべく、文官は国王からかなりの数を借りている。
「閣下、砦に配置する部隊はどのように致しましょうか?」
これは作りかけの砦に配置する部隊の人事についての質問で、有能だが復讐対象に入る貴族の将軍を指名しておいた。配下の部隊もほとんどが復讐対象の貴族で構成されている。これは厄介な連中を遠ざけておくためだ。
少し疲れた俺が休憩をしていると、グラフィスが戻ってきた。
「閣下、内務大臣との件、今晩にも可能です」
「では、そのとおりに」
「はっ」
グラフィスを一歩下がらせると、俺は印刷した紙の束をカバンから取り出して、文官の中から翻訳官を呼んだ。これは先代勇者が残したシステムの名残で、こっちの世界と地球の文字を翻訳して書類を書き換える仕事をする文官だ。内務大臣に渡す計画が書いてあり、重要度と機密度は極めて高いので、翻訳官の待遇は良いが、最後にグラフィスに確認させる。
その間にも軍の編成を許せる人間と許せない人間で分け、許せない人間を国境などの危険地帯に配属していく。
ついでに文官から周辺国家について聞き取りをし、危険な国と安全な国に分類していく。当然、現在の外交状況を確かめるのも忘れない。そして、一度地球に戻って軽く腹に食べ物を詰めてから、内務大臣との密会と相成った。当然ながら懐にはテーザーガンを忍ばせておく。
「これはこれは勇者殿。いや、今は軍務大臣殿でしたか。ともかく、あれ以来こうして直に対面するのは初めてになりますな。私は~」
内務大臣の名前を聞いたが、面倒なので内務大臣で通すことにした。
「大変素晴らしい贈り物をいただきまして感謝しております。特に首飾りや指輪などは……」
「なに、内務大臣殿が愛妻家とお伺いしましたので、女性物は特に気をつけて選ばせました」
「これはこれは、お気遣い感謝いたします。して、今夜はどのようなご用件で?」
用件を聞かれたので、翻訳官に翻訳させた書類を取り出して手渡し、自分もコピー用紙に印刷された書類を取り出す。
「お手元の資料をご覧ください。質問は逐次お受け付けいたしましょう」
まず書かれているのは農民以外の平民向けの学校に関して。教育の重要さを説き、望むものには広く門戸を開く、としている。
「これは……平民が余計な知恵をつけかねませんかな?」
「心配はご無用でしょう。むしろ身につけた知識で商売や学問に手を広め、この国の礎となると期待しております」
嘘だ。実際には内務大臣の危惧が正しい。これはクーデターと、その後の共和国化へ向けた布石だ。
「それに、この学園の中から文官を見出すことも期待できましょう。同時に簡単な軍事教習も行いますので、兵士も補充しやすくなるでしょう。富国強兵。そして祖国防衛。そのための第一歩とお考えください」
「な、なるほど……」
「そしてこれを監督する権限を、私にお与えいただきたい」
「そ、それはっ……」
絶句する内務大臣。
「大臣閣下、どうぞこちらを」
そこに同行していたグラフィスが、召使に箱を運ばせてくる。その中には大量の金貨と希少な宝石や工芸品が入っている」
それを見た内務大臣は、興奮を隠せないようだった。
「わ、わかりました。学園に対する権限、たしかにお約束いたします」
「ありがとうございます。それから……」
追加で幾つかの権限を、内務大臣からもらっていく。形式的には副なにがしと肩書をもらうことになった。
種は蒔いた。もらった権限で農業改革にも力を入れる。これは地球で購入した農業の本と、インターネットからダウンロードしてオフライン保存してある農業関連のサイトを参考に着手した。
特に役立ったのは江戸時代の肥溜めと公衆便所のシステムだ。人糞を肥料にすることで土壌を豊かにしつつ、町中の景観美化も行える。馬糞を拾って掃除する職業も作り出したので、道路はきれいになった。ついでに民家に対する汲み取り式便所の導入も、補助金をつけて大々的に行った。汲み取りをする職業もできたので、これで経済の周りは少しは良くなるだろう。ついでに輪栽式農業とフランクリンストーブも導入した。
日帰り勇者にとって武器となるのは知識だ。近くのホームセンターで購入してきた苗を試験栽培させて普及させたり、公衆衛生学を取り入れて死亡率を下げ、伝染病を駆逐したり、できることは色々ある。
もちろんこちらの世界の技術レベルの都合でできないこともたくさんあるのだが、こうして撒いていった種は数年がかりで目を出して花を咲かせ、ようやく実を結んだ。地球での俺はロケット工学の道に進みつつこちらの世界では内政や外交にも係る権限を手に入れ、実権と名声と民衆からの人気を確実に集めていった。
そして、クラースヌイではいつしか俺に対する不満を持った貴族たちが密会を繰り返すようになっていた……
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