第7話 日帰りできて、助かった



 農業改革が進んだことで、宗介は毎日異世界に行っては日に三度地球に帰ることをやめていた。甜菜大根による砂糖の発明や菜種油による油を利用した揚げ物料理、ホームセンターで購入した高層の栽培成功による味の強化などに寄り、満足する食生活を味わえるようになったためだ。

 その代わり社会人として、ロケット工学者としての仕事も忙しくなってきたので平日の昼間は地球に居ることが多くなっていた。

 それでも昼食時と定時後(超ホワイト企業なのでいつも五時上がり)はかならず異世界に行くようにしていた。

 こうした移動の繰り返しをしているのには、一つの理由があった。宗介の活躍に不満を持つ不平派貴族が宗介の身を狙うのを避けるためだ。宗介が地球に行っている間にアルビノを抹殺して、宗介を追放してしまえば良いのではないかとの考えももちろんあるが、それは二つの理由から不可能だった。

 まず、グラフィスと軍の幹部がアルビノを四六時中護衛していてアルビノを狙う隙を見いだせない。それから、アルビノを殺すことで異なる世界を繋いでいる力が暴発してしまい、ちょっとどころではない大災害になるおそれがあるためだった。

 ちなみにその力のことをけがれと呼んでいる。

 

 逆に週末や祝日の京介は一日の大半を執務室で過ごし、軍事に、政治に、外交に忙しく働いている。各種の戦略ゲームで鍛えていた宗介にしても生物の政治は大変で、そんなときに息抜きに行うのが巡幸だった。

 学園を巡っては生徒や教師の意見を聞き、軍を巡っては将軍から兵士まで広く意見を集める。農業実験場を見学しては出来上がったばかりの実験作物をもらって、それをアルビノに持たせる。と言うかアルビノがもらう。その日の夜は実験作物を使っての料理となるのが決まりごとだった。ちなみに宗介も気づいていないのだが、こうして広く現場を見て回り、意見を吸い上げてくれるということが、宗介の人気の秘密でもあった。

「でグラフィス、不平派貴族共はなんと言っている?」

 当然のように食事に相伴しているグラフィスに、宗介は尋ねる。

「専横には我慢ならないが今までの功績を考えると簡単に手を出すのも難しい。何とかして失脚させることはできないか? といったところでしょうか」

「なるほど。概ね想定内だな。ところで、王家の姫に妙齢の娘がいたはずだが?」

「ご結婚をご希望で? それも想定に入れてすでに調べてありますが、アイーシャ姫、御年17歳。明朗快活で人当たりも良く、育ちも良いために恨みや妬みや嫉妬と言った感情からもご縁がないご様子。王位継承権は4位で、アイーシャ姫と結婚されても閣下が王位を狙うことはまず難しいかと思われますがそれでもよろしいのですか?」

 もちろん、それでよかった。王族とつながりを持ちつつ、貴族との対立を狙うには都合が良かった。

「それと、糸をつかってこのような書状を手に入れたのですが……読み上げましょう」

 内容は外国と組み国内への進軍を助ける見返りに、その国の有力な貴族と婚姻関係を結ぶというものであった。討伐軍の大将には宗介を予定しているらしい。

「実質、閣下を戦死させるための策略と見て間違いないでしょう」

 そうだ。それくらいわかる。問題はこれを利用できるかできないかだが……

「グラフィス。この出兵に合わせて不平派貴族にアイーシャ姫を誘拐させることはできるかな?」

「工作してみましょう。場所は……ツフル砦が良いでしょう。閣下をお見送りに参られたアイーシャ姫を、不平派貴族共が誘拐し、婚約を解消させようと迫る……という筋書きですね?」

「そうだな」

 グラフィスに頷く。

「ゆ~しゃさま~。アルビノ、わかりません」

 アルビノが脳天気にくちばしを挟むが、宗介はそれでいいんだよ、とアルビノの頭を撫でる。

「そう言えばな、グラフィス。お前は何故俺に良くしてくれる? 副官として以上の働きだ」

「――私も、アルビノに行われた非道な扱いが許せないからです」

「っ! 気づいていたのか!!」

 グラフィスの以外な言葉に、宗介は驚きを隠せない。

「同じ気持ちだったから、でしょうかね? それに私は、彼女に恋をしています」

「こい?」

「あなたが大好きだということですよ、アルビノ」

「えへへ。私もグラフィス好き~」

 アルビノの純真な笑顔に、グラフィスは悲しそうな表情を見せる。

「辛い恋だぞ?」

「わかっています。それでは閣下、根回しの方はお任せを」

「ああ、任せた」

 宗介は驚きをにじませた表情のまま、残っていたパンのかけらにかじりついた。


 その夜、グラフィスは国王と密会していた。

「――ということで、勇者様とアイーシャ王女との婚姻をお認めいただきたいのです」

「確かに勇者殿ならばアイーシャの嫁ぎ先としても問題あるまい。だが、最近一部の貴族が勇者殿に反感を持って密かに集会を繰り返しておるようでな、余としてはそれが心配だ」

 グラフィスは目を見張る。王の情報収集能力もなかなかあなどれないらしい。

「ご心配には及びません。勇者様の軍には四人の勇士がおります。その中のひとり、魔女イサドラ様ならばアイーシャ様の御身を守りきることは簡単でしょう。もちろん、勇者様も他の勇士がお守りいたします」

「噂には聞いておる。なんでも、かの学園から見出した傑物らしいな。それならば七日後の夜に夜会を行い、そこでアイーシャを勇者殿にお目通りさせよう」

「かしこまりました」

 膝をついて頭を下げ、グラフィスは王に最大の敬意を示す。

「では、下がるが良い」

「はっ!」

 グラフィスの気配が消える。

「あの勇者殿はえらくアルビノに同情しておったようだが、果たして私も彼に? いや、なんとしても取り込まねばならんな……」


 一方、グラフィスの報告を聞いた宗介は――

「ダンス!?」

「はい。貴族の集まりともなればダンスは同然の嗜みでございます。閣下はダンスなどは……できないようですね」

「グラフィス! これから暫くあちらに帰る。よほどの急用がない限り呼びつけないように。何か用事があってもアルビノ経由の通信で済ませられることならば、通信で処理しろ。夜会の日には戻る!」

「はい。かしこまりました」

「アルビノ、一度あちらに返してくれ」

「はい、ゆうしゃさま」

 宗介は地球に戻るとネットで評判の社交ダンススクールを探し、有給休暇も取って練習漬けの日々を送るハメになるのであった。

「はあ。日帰りできる異世界で助かった……」



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