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プロローグが終わったところで、さちの、詳しい身の上話をしておこう。

幸は、大阪府悠南おおさかふゆうなん小学校へ通う小学6年生だ。今はちょうど春休みで、正確に言えば、小学6年生になる直前の段階だ。なので、今の幸にはというものが、全く無い。

だが、幸は、自分の特技なら自覚している。と言っても、全く褒められたものではない特技なのだが。幸の特技は、だ。ひとより、わたしはツッコミが何十歳か上手い、とかツッコミは経験だ!とか、意味不明なことを常日頃つねひごろ言っている。ちなみに、関西弁と日本語のバイリンガルだ。

(そこまで、関西弁がキツくはない)

次は、幸の外見を見てみよう。

幸の特徴というと、すぐに出てくるのは、濃く長いまつげだ。黒々とした眼の上と下に、きれいに縁取ふちどられている。髪は、眼と同じく漆黒しっこく。肩までの長さで、しばるのがめんどくさいので垂らしたままだ。くせ毛で、毛の先っぽが何本かぴょこんとはねている。



 「悪の組織ぃ?」

幸は、またまた、首を捻った。

「ねえ、幸。これ誰が書いたと思う?」

マーヤは、顔をしかめてチラシを眺めていた。

「こんないたずらするの、野内のうちさんとこのチビか、佐志原さしはらさんとこのチビしかいないよね」

マーヤは、そう続けた。


いたずら?


と幸は思った。


悪の組織がほんまにあるんかもしれへんのに


とか考えたのは、ほんの一瞬だけである。悪の組織とか、戦隊ヒーローとかが地球にいないのは知っている。家から持って来た炭酸水をごくごく飲み、一息ついて言った。

「あーあの小学1年生二人ね。たしかに、野内さんと佐志原さんとこの男子二人なら、やりかねない」

素直に同意した。なぜって、あの2人のチビは凶悪だ。最近だと、家の庭の草取りを手伝っているとき、通りかかった二人に、抜いた草をばらばらと幸の頭にふりかけられた。

そのまえは、マーヤと公園で遊んでいて、いつのまにか、持ってきたボールが、地面の奥深く埋められていた。あのときは、見つけて掘り返すまで、1時間もかかってまったく遊べなかった。

しかも、二人のチビにはそれぞれ兄がいる。野内琢弥のうちたくやと、佐志原勇之介さしはらゆうのすけ。二人ともが、幸と同じ6年生で、幼なじみなのだ。ましてや、兄弟二人は、非っ常に似ていてとんっでもないバカである。

だが幸は、なんとなく琢弥と勇之介とは馬が合うらしく、よく遊びに誘ったりしている。




そう思っていたとき。

「あー!幸と真彩だー!!」

後ろから、やんちゃな声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。


この声は、まさしくあの忌々いまいましいチビ二人や!まだ、琢弥と勇之介の方が良かったのに・・・・。


幸のテンションが、みるみる降下していく。

「ね、マーヤ。そろそろ家に帰ろっか・・・」

マーヤをみると、がくがく頷いて同意していた。

幸とマーヤは、サツキ駄菓子屋に行くのも忘れて、来た道をダッシュした。

「あ!!逃げたー!追いかけろー!」

小学1年生二人に、大人げないほどのダッシュの幸とマーヤだ。

「おい~!待て待てー!!」

だが、チビ二人はめげない。チビは、幸とマーヤよりは幾分いくぶんかおそいが、スタミナ切れはしない性質タチなのだ。そんなチビと対照的に、幸たちはぜーぜーと肩が上下しながら休憩し始めている。

最近、水泳スクールを辞めたのが関係しているのかもしれない。

「ち、ちと待ってーな・・・」

疲れきった声がして、振り向くとガタイのいい筋肉ムキムキのタンクトップのおじさんが、幸の肩に、角張かくばった手をぽん、と置いた。

「ぎゃあぁぁ!だれー!!」

頭の中が、?マークでいっぱいの幸。叫びながら、おじさんの手を野球の素振りのように、グワンと振り払う。

「ち、ちゃう!君は誤解している。わては、怪しい者では全くなーい!」

「その言動が怪しすぎるわーーっ!!」ばこーん!

幸の持っていた、炭酸水のペットボトルが、おじさんの頭をクリーンヒット!


あ・・・・ちょいと、強う叩きすぎてしもうたかも・・・・。せやけど、どっちかっていうと非はおじさんにあると思うし・・・・。


少し乱暴なところはあるが、根は優しい幸である。

「あの、大丈夫ですか?叩いてすみません」

謝ると、意外にニコニコして答えてくれた。

「いいって。いいって。これくらいは、おじちゃん慣れてるかんな」


ペットボトルで頭を叩かれることに慣れてるって、だいぶブラックな会社にお勤めなんやなぁ。大人の世界は厳しいわ・・・・。


そう思って、目を伏せているとおじさんが、元気な声でまくしたてた。

「いんや~。それにしても、わてらの組織に興味持ってくれてるとは、ありがたいわぁ。ささっ、本部に案内しますんでついて来てくださいねえ」

「え?・・・・・どういう、こと・・・ですか」


組織やら、本部に案内やら、さっきからよく分からない。は!もしかして、うち、誘拐されてしまうんやないの?!組織とか、本部っていうのは、このおじちゃんの隠れ家みたいなところで・・・・。つれていかれたら、うちは大勢の大人にふんづかまえられて、キャリーケースの中に押し込まれ・・・・裏山にポイッ。(近所に裏山なんかないけど)うっそうとした山の中では、男達の高笑いだけが響く・・・・!

あぁ、想像するだけで怖くなってきた!ここは、何がなんでも逃げ切るのが得策ッ!


「わわわたし、こ、これからちょっと用事が!!」

言い終わらないうちに、幸は商店街のアーケード目指して駆け出した。だけど、おじさんはまだしゃべる。

「いや、ちょいと待ってーな。用事もなにも、あんたさん、商店街の入り口のほうに貼ってある、チラシ、じっと見てはったやろ。ホラ、『悪の組織に入りませんか?』てな感じで書いてあるやつ。あと、炭酸のペットボトルも落としてはるよ」


見覚えのある言葉が、幸の耳を通り抜けていった。


『悪の組織に入りませんか?』もしかしなくても、あのシャッターに貼ってあったチラシのことやんな。ますます、どゆことやー!?


「あれ、わてが作ったんや」

おじさんは、タンクトップからむき出しの、浅黒くぶっとい腕を、幸のペットボトルでポカポカ叩きながら言った。




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幸福*クランベリー レモネード @lemon-lemonade

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