幸福*クランベリー

レモネード

        プロローグ  

 春休み。冬休みや夏休みと比べるとだいぶ短いが、小学生のさちにとっては、どうってことない。休みさえあればいいのだ。おまけに、休みの短さと比例して、宿題も少ない。ちょうどいい長さというわけだ。天国である。


そうして幸がのほほんと商店街の道を歩いていると、自転車のキイイィィィッという、心臓によろしくない音が目の前で鳴り響いた。幸は、おもわず耳を手でふさいだ。


うっさいなぁ。急ブレーキかけたのは、どこの誰や?


ムシャクシャしながら顔を上げると、目の前には、友達の真彩まあやが自転車を降りて心配そうに幸をうかがっていた。

「マーヤかい!!」

おもわず、幸の口からキレのいいツッコミが飛び出る。

「いや、おつかいで来ててさ。そしたら幸がいて、やけにセンチな顔してるなと思って全速力で幸のところ行ったんだけど、幸が気がつかなくて。何かあった?」

「何にもないし、センチメンタルな気分にもなってえんから!」

すかさず返答すると、真彩は幸の顔をぐるぐる眺めて、「もしかして、春休みだから浮かれてたんじゃないの」と言った。


エスパー!?


と一瞬びっくりしたが、すぐに気を持ち直す。真彩にこうして心中を当てられるのには、慣れている。真彩が言うには、幸は分かりやすすぎるんだとか。幸は、自分が表情に出ているとは思ったことが無かったが。かなりの重症なのかな。

「幸は何しにきたの?」

「鉛筆買いに」

幸の用事は、幸が住んでいる町、幸福町こうふくちょうの真ん中にある商店街の、「幸福商店街」に行くこと。幸福商店街は、様々な店が所狭し《ところせま》と並んでいて、老若男女問わず通っている。このご時世じせいよく言われる、シャッター商店街のシの字をかすりもしない、珍しく元気な商店街だ。

その、幸福商店街の中に入っている文房具店に今から行くところなのだ。

昔ながらの、おじいちゃんおばあちゃんが経営する文房具店なのだが、おばあちゃんが流行に詳しいらしく、常に流行りのカワイイ文房具が揃っていて、なかなか人気だ。名前は、サツキ駄菓子屋という。

駄菓子は数えるほどしか無いのだが、昔の名残なごりだそうだ。


「サツキさんとこ?じゃあ、わたしも行きたい!行かせてください!」

真彩が、両手をこすりながら幸を拝む。

「いいけど、何で」

当たり前の疑問である。すると、ケロリと一言。

「だって、お菓子一個おまけしてくれるから」

「それが狙いかあ!」

幸が、右手でこぶしを作りパンチの準備をするが、真彩はそれに気づかず後ろにあるシャッターが下りたお店の前に、走って行ってしまった。


あれ?今日ノリ悪いんか・・・?


幸が一人で首を捻っていると、真彩がシャッターを指差しながら「何だろう、あれ」と言って首を捻った。シンクロだ。


せやけど、あれとはなんやろ。

真彩の指の先には、下りたシャッターしか無いと思うけど・・・。


目を凝らすと、シャッターにチラシが貼ってあるのがかろうじて見えた。意外にも、幸はなかなか視力が悪い。メガネを掛けなくていい、ぎりぎりのところだ。


「あのチラシのこと?」

試しに訊いてみるが、チラシにも変なところはないように見える。

「そーそー。早く来てー」


あれ?チラシであってんねや。


だけど、やっぱり変ではない。

チラシに近づいたが、チラシはチラシだ。おかしなところは無い。

「このチラシがどうしたん?」

「読んでみて」

口調からして、どうやら真彩は完璧にチラシの異質さに気づいているようだった。


マーヤは気づいているのに、うちが気づかないとは、少し悔しい。


幸は、少し自棄やけになって読み進めた。だけど、そこまで本気を出さなくても気が着くことだった。暗に、幸はサブタイトルを読んだところで、すぐに声を出した。

「なんやこれ?」

チラシの一番上に書いてあったタイトルは、

<従業員 募集中!!>。

ここまではいい。この文だけ読んでも、何も驚かない。むしろ、普通すぎだ。<テナント募集中!!>というチラシと同レベルの普通さ。

問題は、その文の下に書かれているサブタイトルだ。


<悪の組織に入りませんか?>


そう、書いてあった。

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