コミカライズ発売記念『眷属シリーズ:未知との遭遇』

「最近奇妙な目撃情報があるのです。ブロガーさんにはその調査をお願いしたいと思っています」


【古都プロフォンデゥム】召喚師コーラーギルドのギルドマスター、エレナ・アイオライトは困ったような表情で言った。

 豪奢なソファと重厚な木製のテーブル。壁に掛けられた杖に、乱雑に本が積み重なった机はただの背景だった時代と比較し大幅にリアリティが上がっていたが、同様の風情を残していた。


 隣に座ったサイレントが何も言わずに僕を見上げていた。エレナは両手を組み合わせまるで乞い願うようなあざとい仕草でこちらを窺っている。


 突然呼び出されて何を言われるのかと思えば……。


 エレナの話には具体性の欠片もなかった。目撃情報が何人から、どれほどの範囲で出ているのかや、その形や危険性についても何も触れられていない。

 ギルドで受けられる他のクエストと比べても余りにも情報がなさすぎた。一体何を考えているのだろうか?



 脚を組み、目を細める。




「仕方ないなあ、その件、僕が請け負ったよ」


「そこをなんとか……報酬の方もエレナの権限内でできるだけ――え? いいんですか?」


「え? やるのか、あるじ?」


 何を言っているのだろうか?

 確かに僕はエレナにはさんざん痛い目に遭わされたし、エレナ死ねと何回思ったかわからないが、そもそも所詮はゲームのNPCである。


 だから僕はエレナがイベントで何の前触れもなくサンタの恰好をしたり水着を着たり浴衣を着たりしても写真を撮ってイジるだけで馬鹿にしたりはしないし、クエストが発注されたらそれがどれほど適当で人に頼むレベルのものではなかったとしても、特に理由がない限り受けるのだ。


 奇妙な目撃情報。エレナは詳しい情報を何も言っていなかったが、アビコルにはテンプレートというものが存在している。



 これはピックアップガチャの前触れだ。



 アビス・コーリングの召喚ガチャは基本的に闇鍋である。

 アビコルと他の似たようなソーシャルゲームの異なる点の一つとして、このゲームには基本的には期間限定で引ける眷属というものが存在しない事が挙げられる。


 このゲームでは召喚対象が減らない。お正月で実装されたキャラもクリスマスで実装されたキャラもバレンタインで実装されたキャラも、全て眷属召喚の中に含まれる。アビコルのガチャが闇鍋と悪名高かった理由だ。


 唯一、他作品とのコラボキャラだけは異種召喚アナザー・コールという別のガチャに分けられていたが、その他のキャラについては全て眷属召喚アビス・コールの召喚対象に加わり、一年三百六十五日いつでも出現する可能性があった。

 当然、特定の眷属を召喚できる可能性は眷属の総数が増えれば増える程、低くなる。アビコルの運営は召喚対象は多ければ多い程いいと考えていた節があるから、アビコル後期に於いて望みのキャラクターを単発で引ける可能性な天文学的確率――とまではいかないにしても、相当に低かった。


 その救済策として存在していたのが、ピックアップイベントである。


 ピックアップ期間中は特定の眷属の出現確率が大幅に上がるのだ。対象は冥種や天種など大きく区分で指定されていた事もあれば、特定のシリーズの眷属だった事もある。


 今回の『奇妙な目撃情報』は、特定シリーズの眷属がピックアップされる際に発生するイベントだ。


 眷属のお披露目イベントも兼ねており、クエストをこなすことで今回ピックアップされる眷属のグラや能力を垣間見る事ができる。まぁ、それと手に入るかどうかはまた別の話だけど――。


 ゲームだった時代は事前に運営からお知らせの形でピックアップ情報が出されていたが、リアルだとそんなものがないので貴重な情報源である。


 さて、今回は何がピックアップされるのだろうか……新規に眷属が実装された際にもピックアップされるので全くの未知の眷属の可能性もあるが余り期待しないほうがいいだろう。

 アビコル運営・開発会社はとっくに解散してるし――。



 対象によってはこのブロガーの全力を見せる事に――貯めに貯めた石を放出することになるだろう。



 にやりと笑みを浮かべる僕を、エレナは失礼なことに気味悪そうな表情で見ていた。








§ 









「あああああああああああ、ぶろがーさああああああああああああああん!!!」




 宿の部屋で準備を進めていると、まるで帰還を見計らったかのようにナナシノが部屋に飛び込んできた。


 変わった叫び声を上げながら部屋に飛び込んできたナナシノに、思わずため息をつく。


 机の上に腰を掛け、言いつけどおりに魔導石を数えていたフラーが目を瞬かせ不思議そうな顔でナナシノを見る。


 別に部屋に勝手に入ってくるなとは言わないが、最近ナナシノのバイタリティに少しついていけない。どうやら根本的に僕とは熱量が違うようだ。

 アビス・コーリングの世界では疲労がないはずの僕に精神ダメージを与えるとは、これが若さの力だろうか。


 ソシャゲーに関しては負けているつもりはないが、基本的にソシャゲーは部屋に引きこもってやってたからな……。




 僕、忙しいんだけど……また今度にしてくれないかな。あいにく今はナナシノの奇行にかまっている暇はない。一緒に来るって言うなら止めないが――。




 迂闊な態度を取ると尾を引くからな……リアルの世知辛さに眉を顰めていると、クリスマスツリーに擬態していたサイレントが、ナナシノに尋ねた。




「どうしたんだ? ななしぃ、そんな突然」


「そ、それが――って、何ですか、その格好!?」


「あるじが、つりーかざらないっていうからあ、『きせつかん』を出すためにちょっとな」


 だってツリーなんてでかいのが外に飾られているし……この現代でイベントとソシャゲは密接な関係にあるものなのである。

 今回も、ピックアップイベントが終わったらクリスマスに取りかかる予定である。


 まったく、毎年のこととはいえ、年末は忙しくて仕方がないな。


 サイレントの無意味な行動に出鼻をくじかれたような顔をしたナナシノだったが、すぐにこちらに詰め寄ってきた。



「そ、そうだ! ブロガーさん、さっき石が溜まったので眷属召喚アビス・コールしたのですが――おかしなのが出てきて――私、びっくりして『送還デポート』を――」


「………………ふむ……?」



 何勝手に眷属召喚してるんだとか、ぐっと我慢して石を節約している僕に言うことかとか色々言いたいことがあったが、僕は慣れていたので我慢した。


 未だ課金機能が実装されていないリアル版アビス・コーリングに於いて魔導石は貴重なものだ。そして、その希少度は僕よりもナナシノの方が上である。何しろ、クエストをやれば石を貰える僕と違ってナナシノが石を手に入れる方法は確立されていない。


 クリスマスなのでついつい召喚してしまうという気持ちもまぁわかる。僕も昔はクリスマスを言い訳に全力で課金したものだ(もっとも僕はほぼ毎月全力で課金していたのでクリスマスに限った話ではないが)。



 でもなぁ……ナナシノもシャロも無意味に運がいいからな。ひょいひょいレアで有用な眷属を出しそうな雰囲気がある。


 別に他人がどんなレアで有用な眷属を出したところで僕には関係ないし、ゲームだった時代に大抵の眷属は持っていたので悔しくもないし、マルチプレイで役に立つから彼女が強化されるのは僕にとっても助かる事なのだがそれとこれとは全く別の話として――ナナシノが単発でレアを出したら僕は平静でいられる自信が余りない。



 しかしタイミングがいいと言うか悪いというか……確認しないという選択肢もまたなかった。

 知識のないナナシノのためというのもあるが、ゲーマーとしての悲しい性もある。


 ナナシノも既にこの世界にはある程度慣れている。そんなナナシノがおかしな眷属というのだ、時期が時期だしピックアップの対象の可能性が高い。



 アイちゃんが不甲斐ない主にやれやれと肩を竦めている。

 まったく、これで最高レアなんて引いていたらナナシノをどうしてやろうか?



 余程恐ろしかったのだろうか? ナナシノは胸に手を当て大きく深呼吸をすると、震える声で呪文を唱えた。







「『召喚コール』」











 現れたのは、灰色の人型だった。

 身長はナナシノの胸元くらい。長い手足に大きい頭には大きくて円な黒い目が二つついている。


 それは現代日本人ならば恐らく誰もが一度は見たことのある姿だ。


 ナナシノがさっと僕の後ろに隠れる。サイレントが興味深そうに見ている。



 そして、ナナシノの召喚した眷属は細長い腕を上げる、小さな口を開いて言った。






「えわいfじゃ;lfdj;あじぇjm,z;;;みょーん」




 どんな時でも大体毅然としていたナナシノが完全におびえている。

 僕はしばらく目を瞬かせそれを見ていたが、大きくため息をついた。




「あー、ピックアップされたのは『未知との遭遇』シリーズだったか」


 ナナシノが僕の背中にぴったり頭をつけ、震え声で言う。 


「ななな、何、言ってるんですか! 宇宙人ですよ、宇宙人! 眷属召喚したら、宇宙人が出てきたんですッ!」


「落ち着いて、ナナシノ。ただのグレイじゃないか」


 まったく、変なのと言うからもっと凄いのを予想していたのに全く肩透かしだ。ナナシノが叫ぶ。


「ええ!? ただの!? ただのグレイって言いました!? グレイは『ただの』じゃありません! 明らかに宇宙人ですよ! 世界観が違います!」


「違うのはイラストレーターだよ」


「!?」


「っめん^っっmんだえ443dぉぺw――みみみみょーん……」



 グレイは余りにも不甲斐ない主を気にすることもなく、みょんみょん言っていた。


『未知との遭遇』は宇宙系キャラクターが区分されるシリーズである。その中で最もポピュラーなのがナナシノが引いた『異星からの来訪者、グレイ』である。

 与える素材の種類により進化先が分岐する、アビコルの中ではかなり珍しい眷属だ。


 サイレントが形を変え、グレイそっくりになる。グレイはゆっくりと腕を上げると、指先を向けた。なんかこのシーン、どこかで見たことあるぞ。

 ファンサービスもばっちりとは、リアルアビコルは末恐ろしい。これでコラボキャラクターなんて引いた暁にはどうなってしまうのか。


 しかし、『未知との遭遇』ピックアップなら奇妙な目撃情報というのももっともである。まぁ、エレナは何がピックアップされても同じことを言うけど――。



 僕を盾にしたことで少し落ち着いたらしいナナシノが、恐る恐る尋ねる。


「さ、サイレントさんの、友達ですか!?」




「いや、ななしぃ、こいつ――冥種じゃなくて天種だぞ。アイちゃんのどうぞくだ」



「……へ? えッ……えええええ!?」


「みょーん」



 ふむふむ、こうしてみるとなかなか可愛らしいじゃないか。

 ナナシノは随分怖がっているが、このゲーム、眷属が召喚師に逆らう事はない。NPCのエレナは強力過ぎる眷属を持て余している設定があるが、さすがのアビス・コーリングでもそこまではやらないのだ。



 まぁ、どうしてグレイが天種なのかについては全くわからないが――宇宙からやってきたから?




「んー………………『未知との遭遇』、かぁ……」



「? あるじ?」


「みょみょーん」


 多少は落ち着いたのか、後ろから抜け出してきたナナシノが恐る恐るグレイに近づいていく。


 一般的な宇宙人のイメージそのままなグレイは日本人からすれば少し怖いかもしれないが、この世界にはもっと恐ろしい眷属が大勢いるのだ(エレナの『深青ディープ・ブルー』とか)。

 それと比べたらどうという事もない。


 未知との遭遇……余りパっとしないシリーズだな。これでも割と後期の方に実装された眷属なので、弱いわけではないが――グラがまんま宇宙人という致命的な問題もあり、アビコルプレイヤーの中でも人気がなかった。

 当時、僕はそれなりの回数引いたが、それはこのシリーズに限った話ではないし、どうせ引くならばもっといいシリーズがピックアップされるのを待つべきである。


 僕は大きく深呼吸をして冷静に思考すると、大きく頷いた。








 よし――引こう。








 最近、石を節約していたせいか、僕の本能が叫んでいた。

 引きたい時に引くのが真のアビコルプレイヤーだ。余りよろしくないシリーズがピックアップされているとか、知ったことか!


 フラーが数えていた石を掴み、大きく手を掲げる。サイレントが目を丸くして聞いてくる。




「あるじ!? ちょうさはいいのか!?」


「知ったことか! お試しクエなんだからどうせ大した報酬もらえないよ!」




 確かに、未知との遭遇シリーズの眷属が地上を闊歩する様子は見応えがありそうだが、見るよりも使う方がいいに決まってる。


 何故だろうか、今日は――負ける気がしないッ!!


 そして、僕は全身全霊を込めて咆哮した。







「『眷属召喚アビス・コール』!!!」






 魔導石を握りしめた手の中から青い光が燦然と輝く。グレイが何故か拍手している。僕は早速後悔した。


 青い光は無種召喚の証だ。無種は別に弱くはないが、初心者向けの眷属ではない。

 カベオは違うが、無種のほとんどは単体では戦えない装備系だ。


 今の僕はちゃんと戦える眷属が欲しいのだ。いつまでもまともに戦える眷属がサイレントというのはよろしくない。



 祈るように目をつぶる。暗闇の中、ナナシノの歓声が聞こえた。




「うわあ! ブロガーさん、当たりです! UFOですよ、UFO!!」





「ッ…………くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ! いらねえええええええええッ!」






「みょんみょーん!」





 目を開くと、ナナシノのグレイが指先でつんつんと宙に浮いた半径一メートル程のシンプルな円盤を突っついていた。

 


 当たりじゃないよ。外れだよ! 今のタイミングで出てくるのは完全なハズレだよ! 空飛ぶ円盤は特殊な無種だ、分類は案の定というかなんというか、装備に当たる。

 装備すると各ステータスが跳ね上がる他、飛行のスキルまでつくが反面――未知との遭遇シリーズのキャラ以外に装備できる者はいない。



 ――そして、肝心な事なのだがこのゲーム――自分の眷属を他のプレイヤーに装備させる事はできないのだ。シリーズの眷属を持っていない僕にとっては完全にゴミであった。



 こうなったら、円盤を装備できるような眷属が出るまで召喚を続けるしかない。なんとしてでも出さなくては、円盤が無駄になる。



 心臓が強く鼓動するのを感じる。僕はその瞬間、確かに破滅への足音を聞いた。



 不思議と確信があった。






 これは――出ないな。






 ナナシノが円盤とグレイを交互に確認しながら、拗ねたような口調でぐちぐちと言う。


「でもブロガーさん、いくらなんでも宇宙人って、余りにも世界観に合ってないんじゃ――」


「……織田信長がダース単位で出るような世界になに言ってるんだよ……」







〜あとがき〜



本日、漫画版アビス・コーリング一巻、発売です!

原作版とはまた違った雰囲気の漫画版、宜しくおねがいします!





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アビス・コーリング〜元廃課金ゲーマーが最低最悪のソシャゲ異世界に召喚されたら〜【Web版】 槻影 @tsukikage

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