この世のあわいに蝶が飛ぶ

静かな物語だ。人々の青ざめた表情が目に浮かびそうな、病んだ空気が流れている。そのあわいを白い蝶が飛ぶ。空気に抵抗してひらひらと上下して、視界をふと横切っていく。
これは蝶が繋いだ呪いの物語、とも言える。いなくなった存在に、縛られる兄弟の鎖。先祖から遺伝してきた「蝶吐き病」の形で、あるいは介護の末もたらされた変化によって、呪いはその輪郭を象られる。
疲れた男の語り口で聞かされる事のあらましは、まるで死人が語っているようで、それなのに、ひどく心を揺さぶってくる。
読み始めたら止まらなくなる。人知を超えた運命にも似たなにかに振り回されるながら、男は蝶と向き合う。抗う男から目が離せなくなる。そして彼が飛ぶ蝶を見つけるとき、不思議なことに、その言葉が急に息づいたように思えるはずだ。
この世のあわいを飛ぶ蝶に、僕は、生の諸相を見た気がした。

このレビューの作品

蝶の巣

その他のおすすめレビュー

犬井作さんの他のおすすめレビュー109