カクヨム地底7000メートル

かぎろ

有人書読探査機『かくよむ』の旅

「有人書読探査機『かくよむ』潜航開始!」


 全長9.7mの探査機が、深く地中へと潜っていく。


 ここはカクヨム大陸のど真ん中。草原がうねり、地平線は遠い。クルーがユニットを操作して探査機『かくよむ』の掘削用ドリルを唸らせると、けたたましい音とともに土くれが飛び散った。

 降りていく。

 カクヨムの深部へと。


『かくよむ』とは、有人書読探査機の名の通り、クルーが乗り込んでカクヨム大陸の地底の調査活動スコップを行う探査機である。

 地底深部の未知なる脅威に耐え得る〝耐筆圧殻〟や、真っ暗闇でも文字を照らせる〝精読器〟などのシステムを搭載。中でも〝マニピュレータ〟は、エネルギー資源を内包した『★』と呼ばれる物体の採取などに用いるため、非常に重要な役割を果たしている。


 今回の調査でも、ふたりのパイロットと、ひとりの研究者が探査機に乗り込んでいた。


「地上は真夏の日差しが照りつけてんのにちょっと潜ったらすぐ真っ暗ですね~」

 軽い口調で言うのは、パイロットの柿村かきむらだ。男性だが声が高く、本当に声変わりしたのかを怪しまれている二十九歳である。


「そんなの当たりまえ……。当たりまえのこと言うのにカロリー割くな……」

 眠たげに毒舌を振るうのは、こちらもパイロット、詠沢よみさわ。唯一の女性だが、その操縦の腕は一級品。緊急時にはキリっとした表情をする。正確無比な判断力はとても二十一歳とは思えない。


「もー、詠沢さんは酷いなあ。まだ雑談する余裕くらいあるでしょ?」

「そうだね……おやすみ……」

「いや寝られても困るんだけど!」


「はっはっは、やはり若者は元気でいい」

 白ひげの、いかにも好々爺然とした男がチャーミングに笑った。

「私も見習わなければなるまいな。さて、今日の目標を改めて確認しよう」


 この男こそが、カクヨム地底研究の第一人者、門川文彦かどかわふみひこである。


 亜須木あすき大学の名誉教授である門川は、早い段階でこの地底深部の重要性に気づいていた。

 元々〝掘削せし者スコッパー〟とも呼ばれていた彼の仕事は、地中から〝メイサク〟を発見しては学会に発表することだった。メイサクとは、サクシャという謎の存在によって作られた文字の集合体〝ネットショーセツ〟の中でも、面白く、心動かされるような、良質なものをさす。

 ある時、予想もしないほど深い地中からメイサクを掘り当てた彼は考えた。「地底ならば更に埋もれたメイサクを見つけられるのでは?」と。


 それまでに築き上げた実績の賜物だろう。プロジェクトの発足や資金調達はスムーズだった。JAKSTEC(国立研究開発法人カクヨム研究開発機構)の立ち上げと同時に、カクヨムの地底調査は始まった。


「今回の目標、それは人類未踏の最深部に到達することだ」

 門川が白ひげを揺らす。

「前回のカクヨム調査では、ドリルの故障で地下5000mまでしか到達できなかったからね」


「メイサクを発見するまでは、無数のダサクを掘り進めないといけませんからね。スコッパードリルも萎えて壊れるというもの」

「こらこら。ダサクというが、それはあくまで分類上での話だ。どんなネットショーセツも、誰かにとってのメイサクなんだ。それを忘れてはいけないよ」

「す、すみません」


「さんぜんめーとる、とうたーつ……」

 詠沢が眠たげに報せる。

「順調だねー……おやつ食べよっか……」


「おやつなんて持ってきてたのか詠沢さん……。ま、いいけどね。この程度気にしてたら、地底探査なんて負荷がかかるミッション、成功させられませんから」

「君らパイロットは流石だよ。私など、今この瞬間、暗黒の地下にいるのだと想像すると身震いしてしまう」

「まあ、慣れですよ慣れ。……ん? 詠沢さん、どうしたの?」


 探査機が減速したことに、柿村は疑問を呈した。一方詠沢は、「見て」と精読器の光をある部分に当てる。

 覗き窓の向こうに、石板があった。

 文字が書かれている。


〝tKRXszVtInwLA8sQY36AN1llXKmNQkVt〟


「……なんですかね、これ」

「わかんない……」

「ふむ。何か重要な暗号なのかもしれない。採取してみよう」


 柿村が「了解です」とマニピュレータを操作する。ロボットの腕を石板に伸ばした、ちょうどその時だった。


 地響きとともに探査機が震動した。


「何だ!?」


 柿村が叫ぶとほぼ同時、精読器に異常が起こったのか光がフッと消えた。


「地震!?」「このタイミングで!?」「まずい、せめて防護形態に移行を――――」


 ズズン、と音がして探査機がバランスを崩す。このままでは耐筆圧殻にも限界が訪れるかもしれない。


「くうっ……! どうなっているんだ!」

「地震が強すぎる……最悪の状況です……!」

「ふたりとも落ち着いて」

「詠沢さん!?」「詠沢君!」

「わたしが操縦で打開する。先輩はサポートを。教授は頭押さえてて」

「お、おう……! あっ、なんだこれ?」

「どうしたの」

「付近に空洞と思われる座標をレーダーで発見したんだけど、地震の影響が及んでないように見える!」

「わかった。そこへ避難する」

「座標のユーアールエルは――――〝https://kakuyomu.jp/users/kagiro_/news/1177354054883802745〟!」

「アクセスするよ。掴まって」


 ドリルが唸り、探査機は〝https://kakuyomu.jp/users/kagiro_/news/1177354054883802745〟へアクセスした。




























































































 座標〝https://kakuyomu.jp/users/kagiro_/news/1177354054883802745〟から帰還した有人探査機『かくよむ』は、遂に地下6000mに到達していた。

 即ち、そこは前人未到の領域。

 今回の目標深度まで、残り1000mである。


 三人は適度に会話を楽しみ、意識的に緊張をほぐすよう努めていた。そうすることでコンディションを良好に保っているのだ。こんな地底でも談笑できる三人は、ベストなトリオだといえた。


「ところで、あの文字列、何だったんでしょうかね」

 柿村が詠沢のチョコボールを口に放り込みながら言う。

「tKRなんちゃらってやつ」


「あれか。マニピュレータで採取しようとする前に写真を撮ってあったから、それを見よう」


 門川が操作すると、モニターに先の石板が映し出された。

〝tKRXszVtInwLA8sQY36AN1llXKmNQkVt〟と彫られている。


「完全に無作為な文字列に見えますけど……教授、何かわかりそうですか?」

「この文字列が何なのか。意味がある文字列なのだとすれば、可能性はふたつだ。暗号か、あるいはパスワードのようなものなのか。暗号だとしたら、このような形のものは見た事がないしヒントもないから、解読には時間がかかるだろう」

「パスワードだとしたら?」

「うむ。もしそうなら簡単だ。必要になった時に使えばいい。見たところ石板には欠損もないし、問題なく使えるはずだ。ただ、使う場面がいつなのか。どのような方法で使えばいいのか。そして、使ったらどうなるのか……わからないことだらけではある」


「……なるほど」

 考え込む柿村。

「けど、まあ、どちらにしても、」


「調べ続けるしかないわけですねー……」

「あっ、詠沢さんそれ僕の台詞!」

「ふわあ……ねむねむ……」

「ちょっと、寝ないでよ? もう少しで、っていうかもう目標深度まで秒読みなんだからね」


『かくよむ』は掘り進めていく。計器は既に地下6900mを示していた。


 三人はそれぞれ思いだす。この調査で採取してきた、埋もれたメイサクのことを。

 柿村のお気に入りは、戦隊物の雑魚戦闘員が知恵とハッタリで正義の味方を倒さんとする物語だった。

 詠沢のお気に入りは、未来が視える女子高生と過去が視えてしまう男子高校生による恋愛物語だった。

 門川のお気に入りは、少年にも少女にも見える旅人が様々な国を巡っていく物語だった。


 そのどれもが、埋もれさせておくにはもったいないものばかりだ。

 地上に持ち帰り、文字通り日の目を見せてやらねばならない。

 三人はそのためだけに、カクヨム探査に情熱を注いできたのだから。


 計器が地下7000mを示した。


 そこはカクヨム最深部。


 周囲を光で照らしてみる。


 そこにあったのは――――〝https://kakuyomu.jp/shared_drafts/〟という文字列であった。


「これは?」

「座標ユーアールエルに似ているが……詠沢君、どうかね?」

「こんな座標、ないよ……? お探しのページは見つかりませんでしたって出る……」


「うーむ……」

 門川が両腕を組む。

「座標のようだが、存在しない……。存在しない座標……?」


 瞬間、門川の頭の中でなにかが繋がりだす。

 カクヨム最深部。

 この世に存在しない座標。

 埋もれたメイサクの更に下。

 埋没しているという次元を通り過ぎた場所。


 


「柿村君っ!」

「え、はい?」

「その文字列の横に、石板にあった文字を書き込むんだ! 君のマニピュレータ操作技術なら可能だろう!」

「は、はい! でも、なぜ?」

「パスワードだったんだ!」


 門川は、興奮しながら叫んだ。


「石板の近くにプロフィール空間がありサクシャがいたのはなぜか! あの石板はサクシャにとって必要なものだったからだ! 何に必要なのか! 仲間に見せることにだ!」

「どういうことー……?」


 マニピュレータが文字列を書き込み終える。

 すると、辺りが光り輝き始めた。

 狼狽する柿村と詠沢の横で、門川が拳を握る。


「これより有人書読探査機『かくよむ』は――――最深部の最奥に突入する!」


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/tKRXszVtInwLA8sQY36AN1llXKmNQkVt

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