カクヨム

『カクヨム地底7000メートル』のエピソード「最深部・最奥」の下書きプレビュー

カクヨム地底7000メートル

最深部・最奥

作者
かぎろ
このエピソードの文字数
2,382文字
このエピソードの最終更新日時
2017年8月14日 19:52

「ここは……」


 有人書読探査機『かくよむ』が辿り着いたのは、通常のカクヨム地底とは異なる、謎の空間だった。


「成る程! やはりか……!」

「教授。ここはいったい、何なんですか」

「ここはシタガキプレビューだ」

「シタガキプレビュー……」

「公開前のゲンコーを特定の他人に見せることができる場所。それがシタガキプレビューだ。サクシャたちはカクヨムで意見交換する際に、このシタガキプレビューの中を見せ合っていたという。ほら、見てみなさい。そこに文字が落ちている」


 柿村が覗き窓の外を注視すると、確かに『第一章 旅立ち』という文字がそこにあった。他にもいろいろあり、それだけでひとつのタンペンになりそうな、文字の大きな集合体などが見受けられる。


「あれはおそらくゲンコー、それもカキカケと呼ばれるものだろう」

「カキカケ?」

「ネットショーセツは、最初から完成した状態で生じるわけではない。サクシャが力を振り絞り、悩み抜いて、やっと形になるものなのだ。だが……このシタガキプレビューという空間には、サクシャたちの力を以てしても書き上げられず、放置されてしまっているゲンコーが数ある」

「知っていたんですか?」

「シタガキプレビューの存在を最初に推測したのは私なんだ。……あっ、精読器を右へ10度! そう、そっちだ。『共有されたエピソードはここまで。かぎろさんに感想を伝えましょう!』と書かれている……成る程、あのサクシャたちはやはりここを使って、自分のゲンコーを仲間に見せていたのか」


 不思議な空間の中を『かくよむ』は進む。シタガキプレビューにあるのは〝かぎろ〟の書いたゲンコーだけではない。多くのサクシャが作りだした、未公開のゲンコーがここには集まっているのだ。


「ここにあるのはメイサクでもダサクでもない。だからここで文字を採取して持ち帰っても、意味はないだろう。ネットショーセツは形を成してこそ評価されるものだからね。……だが、可能性には満ちている」


 門川は慈しむように一文字一文字を見ている。

 柿村と詠沢も、荒削りではあるが人を魅了しようという努力の跡が滲む文字たちに心揺さぶられていた。


 やがて『かくよむ』は、認められたメイサクに吸い寄せられる物体『★』を発見する。


「★……。どうして、ここにあるんでしょう。ここにはメイサクはないというのに」

「わたしはわかるきがするよー……」

「詠沢さん」

「だってここにあるゲンコー……おもしろいもん……」


 ふたりのやりとりに頷き、門川は座席に腰を落ち着けた。


「忘れてはならないのだろうな。私たちは、このシタガキプレビューに置き去りにされた無数のボツアンやカキカケを忘れてはならない。さあ、帰ろう。そろそろ既定の調査時間を過ぎてしまう」

「わかりました。詠沢さん、行こう」

「うん……」


『かくよむ』は詠沢の操縦によって転回し、来た道を戻り始める。

 その時だった。

 地鳴りが機体を震わせて、何者かの足音が響き出した。


「また地震!? いや、これは!」

「サクシャだ! サクシャが私たちに気づいて、追いかけてきている! そうか、ここは仲間内にしか公開しない場所。そこをイレギュラーな存在である私たちは覗いてしまった……! つまりサクシャは、自分のゲンコーが盗作されようとしていると思っているんだ!」

「掴まって。フルスロットルでいく」


 詠沢が操縦桿を握りしめ、出力を最大にした。

 襲い来るサクシャから懸命に逃げる『かくよむ』。

 しかし所詮は探査機であり、最高速度を出したところでたかが知れていた。


「まずい、追いつかれるぞ!」

「これ以上スピードは出せない。先輩、周りに何かないの」

「あるにはあるけど! でも、この座標……!」

「いいから言って」

「地上の座標です! ――――!」


 不可解な柿村の報告に、しかし門川は得心がいったように目を見開く。


「そうか! サクシャは、自らの埋もれたネットショーセツがトップページに〝注目の作品〟として載っていないか何度も確認する習性を持っている。そのため、いつでも素早くトップページにアクセスできるよう、ワープゲートを用意しているんだ!」

「ワープゲート!? じゃあそこに行けば!」

「先輩、ユーアールエル貼って」

「いや、詠沢君、その必要はない。画面の左上を見てみなさい。『カクヨム』という文字が見えるだろう? あの鍵括弧のロゴマークはワープゲートを意味する! あそこに向かって進むんだ!」

「わかった」


 進路を変更し、数多の文字を避けながら、『かくよむ』はワープゲートを目指す。

 門川は一瞬、ほんの一瞬振り返って、シタガキプレビュー空間を見た。

 満足げに微笑む。

 それは、期待を超える成果を手に入れた嬉しさからくる笑みであり。

 ネットショーセツへの、感謝の気持ちの表れであった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 じきに今回の旅は終わる。

 だがサクシャの執筆たたかいは続くし、ドクシャの地底調査スコップも終わりはしないだろう。

 感動を胸に刻み刻まれたいという熱い思いが、いつもそこにはあるのだから。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「やった! ワープゲートに間に合った!」

 柿村が歓声を上げ、門川がぐっと拳を握る。


「まだ終わってない。ワープゲートを壊さないとサクシャが追ってくる」

「そ、そうか。スコッパードリル起動!」

「あっ、柿村君! ストッ――――」


 引き留める門川の声もむなしく、柿村の操作でドリルが唸る。


 その一撃は、ちょうどワープゲートを通ってきたサクシャに直撃した。


「グギャアアアアアアアアア!!!!!!」


 サクシャ〝かぎろ〟は、断末魔を上げて息絶えた。


「…………」

「…………」

「…………」


 かぎろの遺体を見下ろし、沈黙する三人。

 やがて彼らは顔を見合わせると、ドリルで穴を掘り、マニピュレータでかぎろを持ち上げ、土に埋めた。


 三人は墓前で合掌する。

 カクヨム大陸の地平線に朝日が昇る。

 空に浮かんだかぎろの霊魂が、歯を見せて笑っているような気がした。

共有されたエピソードはここまで。 かぎろさんに感想を伝えましょう!

小説情報

小説タイトル
カクヨム地底7000メートル
作者
かぎろ
公開済みエピソードの総文字数
3,912文字