どうなったの?


 意識を取り戻し始めた頃、視界に広がるのは白く明滅する星々が散りばめられた亜空間。宇宙にも似たその場所は境界の女神ボルダナ達が次元境界線の神達が司る場所だった。


 見上げた先、俺達を囲み心配そうに見下ろす枯木の巨神達。


「バクド……ダイジョウブカ?」


 深淵のローブを纏う一体の巨人が俺の体調を伺う。ここで生き死にを繰り返している為か、モブの枯木爺にまで心配され始め、妙な連帯感が生まれつつある。


「その……なんだ、調子は悪く無いよ。枯木爺さん達。ところで俺はどうしてたんだっけ?」


「バクド、マタ死んだ。アレが千切レタ。凄イ痛そう……タマヒュン」


「アレが!?」


 激痛を思い出し、慌てて自らの股間を見下ろすが、どういう訳か虹色に発光していた。


 俺を轢いた婆、もとい虹色に輝く美少女女神が白い額に汗を滲ませ、頬を赤らめながら俺の股間に手を当てて千切れた箇所の修復を行なっている。力を行使する時は女神の属性により発光色が違うようだ。


 彼女の視線は明後日の方を向いているとはいえ、裸の男が股を開き、線の細い少女の手がその根元に伸びている光景はちょっと色々不味い気がする。


相手は美少女……だが元婆だ。しかも俺を轢き殺した。


 とにかく平常心を保たないとな。こいつは轢いた婆……こいつは轢いた婆……だが、躊躇なく俺を羽虫の様に潰した何処ぞの巨女神とは違い、今も必死に自らが千切った罪を贖おうとしている。


ぼんやりと見えるシルエット的には一応繋がったみたいで安心はしている。


 ほんのりとその付近に暖かな熱が拡がって心地良い。気持ちいいとは口が避けても言えない。


 この美少女は俺を轢いた婆だ。


 こいつは婆なんだ。


 安心して下さい、大事な部分は眩い虹色の光に包まれて何も見えてませんから。


相手は元婆とは言え、現在進行形で童顔美少女なので犯罪臭が半端無い。せめて服を着たいのだが、この虹の女神は転生者の肉体に触れる事によってその肉体の修復は可能なようだが、無機物の修復は出来ないらしい。


 着ていた作業着は血に塗れ、所々破けたままだ。俺は境界の巨女神、反重力Iカップの持ち主、ボルダナに協力を求める。


「ボルダナさ、衣服の再構築って出来きる?」


 少し離れた場所で視線を逸らしながらも、きっちりと答えてくれるボルダナさん。


 外宴のマントで身体をすっぽり隠してしまっているので亜空間に顔だけが浮かんでいる様に見える。透明になれる光学迷彩マントらしいが、ちょっと怖い。


「出来ますよ? まだ漠土さんはステ振り後の初期装備選択をされていませんからね。最初の装備を選んで下されば私も転生手続きを行なえます」


「助かった! 流石、女神!」


「それでは選択画面のパネルを表示しますね〜Now Roading!」


(神業の一種らしく、Loadの誤表では無く、神を意味するRoadの方で合っているらしい)


 俺が安堵の溜息を吐く。すると、手を股間に翳している虹色美少女が笑顔で話しかけてきた。


「良かったね! お兄ちゃん! これで恥ずかしく無いね!」


「ブファッ!?」


 多分、近所のおばちゃんが言う感じのお兄ちゃん呼びなのだろうが、その幼さを強く残した透き通る様な声でそう呼ばれると吐血しそうになる。


 妹属性までこの女神に付与されたら婆として見られなくなる。ちなみに……現世で妹は居た。改造爺に殺されたけどな。閑話休題。


「えっと、カルミナさん、俺の事は漠土と呼んでくれないか?」


「私、人の名前を覚えるのが苦手で……漠土、漠土、漠土……」


「ぐはっ、美少女に下の名前でこんなに連呼されるなんて!」


 だ、ダメだ。俺はダメだ。可愛いと全ての事象がプラス方向へと向かってしまう。こいつは轢いた婆、轢いた婆だっ!


「美少女なんて……言われた事ないよ? えっと……漠土……君?」


「照れながら上目遣いで言うな!」


「えぇ〜、もう! どうしたらいいのよ! 漠土さん!」


「ツンデレッ!?」


 目を瞑って視線を逸らされてしまった。ダメだ。する事なす事、全てが尊い。これが本物の美少女……。俺が今、やらなければいけない事は、股間に手を当てている女神が婆だと認識する事と、服を着る事だ。


 早くしてくれ、ボルダナ!って、カルミナの修復能力は少し時間がかかる様だ。もしくはそれ程、俺のアレがペッチャンコに押し潰されたという事。


「ボルダナさん、まだですか? 全然、画面が表示されないんだけど?」


 やや離れた所で首を傾げているボルダナ。


「あれ? おかしいな? それがですね……上手く転生手続きの神業が発動してくれないんですよ、さっきまで出来てたのに」


「さっきって?」

「貴方を潰す前までです」

「あぁ……お前が片乳出す前までか」

「その表現は止めて下さい」

「分かったよ。乳出しデカ女」


「ちょ! 人を痴女見たいに言わないで下さい! 片方だけですし、セーフですぅ! それにあれはカルミナさんが私の衣を引き千切ったからですよ!」


「ご、ごめんね」


 そう言い、少し恥ずかしそうに鼻を掻く仕草までカルミナは可愛い。


「いえいえ、良いんですよ! 私も貴方がそんなに力が強いなんて知りませんでしたし、女神候補生だと思って気を抜いてましたからね」


 カルミナには優しいボルダナ。ん?なんか語感が似てるぞ?


「なぁ、カルミナの名前は軽井美那子から来ているっていうのは何と無く分かるが、ボルダナ=ミーエの名前はどこから来てるんだ?」


「気にしないで下さい」


「ボルダは……境界のボーダーからきてるとして、ナ=ミーエは、意外と奈美恵っていう名前から来てるのかもな。カルミナみたいに」


「当てるな!」


「当たりかよ!ってか、お前、日本人なのか!」


「悪かったわね! そうですよ! 私も昔、高齢運転者の事故に巻き込まれた初期の被害者ですよ! 女神候補生から始まった普通の転生女神ですけどねっ!」


 何だか拗ねてしまった。しかし、困った。服が無いぞ。


「まぁ、それはいいとして」


「置いとくな! 私の過去! 忘れるなその痛みっ!」


「興味無い。今は服がほしい。見せられる裸体では無いのでな」


「そうですね。そんな粗末なモノをぶら下げていたら恥ずかしいですもんね。あ、ぶら下がってすらないか」


「煩い! お前のz座標の高さから見たら全部そう見えるだけだろっ! 男も知らない癖に!」


「はぁ!?し、知ってますよ! 男ぐらい! 生物学的には。それにこれでも中学生の頃はモテモテだったんですからね! まぁ……私の最終学歴は中学までですが」


「乳しか取り柄のないお前は中坊ぐらいしか騙せねぇよ!」


「ちげーし!その当時はCぐらいの美乳だったし!」


「うわーっ、もしかして転生時にキャラクリエイトで盛った?それ偽乳?反重力で浮いてるもんなぁ……」


「そんなとこ弄らないわよ! 弄れる事は弄れるけど、大抵の転生者は生前の姿を継続するわ。それにバランスが難しいのよね。生前、CGモデリングに関わった人ぐらいしかその項目は選ばないのよ。結局、色々弄っても初期化して元に戻しちゃうの。不自然な整形顔になるから」


「俺の股間も弄ろうかな……ビッグマグナムに……」


「最低!」


「って、こんな茶番は良いから……早く初期装備画面を……」


 ふと肩を叩かれて前を向くと虹色女神が頷きながら俺を元気付けてくれる。


「大丈夫ですよ! 漠土さん! 充分その……大きいですから!」


「ブホッ! そんな慰め方要らないから!」


「えっ、でも現に修復と共に少しずつ大きく……」


「えっ?」

「あっ」

「あっ!?」

「……」


 こいつは俺を轢き殺した婆。ひきこ婆……うん、無理です。どこからどう見ても虹色美少女です。ご愛読ありがとうございました。the End。


「……えっと、ほら、漠土さんはまだまだ若い……から仕方無いよ、ね?」


「……グスン。死にたい」


「もう、死んじゃってるよ?」

「ハイ、すいません……」


 最低だ……俺。それもこれも全部、あの無能女神の所為だ!


「ボルダナぁ!!早く装備画面を出せ?」


 ボルダナの前に突如として光が渦巻き、白銀の鎧に身を包んだ一人の青年が現れた。まるで女神に忠誠を誓うような低い体勢から背筋を伸ばし、立ち上がる青年。


 風もないのにその紺色のマントが揺らいでいた……何だこいつは?




<禍星(まがぼし)>


 黒く輝く厄災を齎すとされる星。白く輝く幸星こうせいと対を為す星。こちらはあらゆる不幸を司る不運星。境界に追いやられた巨神達はその力を司るとされている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婆・女神転生 氷ロ雪 @azl7878

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ