おまけ 宴のあと

「晶君、めっちゃくちゃ恰好良かったよ!」


 驚きと感動のお食事会が終わった。

 しゃがんで帰り仕度をしている晶君に駆け寄ると、彼女はちょっと照れたように笑った。成長期というのは恐ろしいもので、立ち上がると、またかなり差を付けられていることに驚く。


 真っ白いドレスシャツにピンストライプのスーツ姿の晶君はどこからどう見ても最高に恰好良い少年だった。それでもさすがにネクタイはやりすぎと思ったのか、襟元は細めのリボンタイである。しかし、だからといってそれで彼女が女の子度が上がるということはない。むしろ、そんな遊び心でおばさま、おねーさま達のハートをがっちりと掴みまくる結果である。そんなばっちり決めている中学生に「あなた男の子? 女の子?」なんて無粋な質問をする人はいなかったようで、晶君はもう自然に『晶』だった。

 それでまたかおるちゃんがクラシカルなワンピースなもんだから、並ぶと様になることなること。普段はクールな早紀もバシャバシャ写真撮りまくってたからね。


「ありがとうございます」

 

 晶君は足元のギターケースに視線を落としてからぺこりと頭を下げた。


「もうギターも弾けるんだね! さっすが!」

「ジャズはやったことなかったんですが、コガさんからお話をいただいて面白そうだと思って。どうにか間に合って良かったです」

「えぇ? 晶君、またそのパターン?」


 私が目を丸くしていると、湖上さんがニヤニヤと笑いながらやって来た。


「アキよ、そう謙遜しなさんな」

「湖上さんもありがとうございました」

「あれ? 『恰好良かった』は?」

「かっ……、恰好良かったですよ」

「ぐへへ。よろしいよろしい。でもなぁ、本当はウッドベースだったんだけどな? 俺らとマスターしか知らなかったから、何も知らねぇバイト君が余所に貸し出しちまったんだよなぁ」


 いやぁ、完全サプライズが仇になったぜ、と笑いながら晶君の肩を抱く。


「でも、良かっただろ」

「はい。皆さん恰好良かったんですけど、やっぱり父が一番衝撃でした」

「だろうな。いやー、素人っつっても、おやっさんなかなかだぞ」

「そう……なんですか? まぁ確かに上手かったと思いますけど」


 何だか身内を褒められるのは照れくさい。ましてや、いままで――彼の言葉を借りるなら――『感情のないロボット』と思っていた父である。


「気持ちが入ってたからな」

「き……気持ち、ですか」


 あぁ、父からはもっとも遠いと思っていた言葉だ。

 やっぱり私は父のことを『感情のないロボット』と思っていたのかもしれない。いや、とまではさすがにね? 乏しいとは思ってたかもだけど。


「音楽っつーのはな、やっぱりハートだからよぉ。どんなに上手くたって、中身が伴ってねぇと駄目なんだ。一瞬は騙せても、やっぱりバレちまうんだよなぁ。素人ったって何だって客は馬鹿じゃねぇんだ」

「そういう……もんですか」

「おうよ。だから咲ちゃんもオッさんに惚れたんだろうが。言っとくけどな、あれでオッさんの隠れファンって多いからな」

「やっ、やっぱり!」


 思わず健次君を見る。

 彼は少し離れたところで甥っ子君達と戯れていた。楽しそうなその横顔は私の焦りなどに気付く訳もなく、どこ吹く風と言わんばかりである。


「頑張れよぉ、咲ちゃん」

「頑張ります! 他のファンの子には負けませんから!」

 

 鼻息荒くそう宣言し、無駄に力こぶを作って見せた。――とはいっても、筋肉なんて何%もなくて、その上には贅沢なお肉がそれはそれはもうたっぷりと付いているだけなんだけど。


 そんな私を見て、晶君は不思議そうに首を傾げる。


「咲さんは大丈夫ですよ」

「そ? そう?」

「そうですよ。オッさんは今日も咲さんばっかり見てます。――ほら」

「――え?」


 こっそりと秘密を打ち明けるように囁くような声でそう言うと、晶君はちらりと私の背後に視線を移動させた。私もゆっくりと後ろを見る。すると――、


 そこにはさっきと同じように腰を落として甥っ子君達と向かい合っている健次君がいた。こっちなんて全然見てもいない。


 けれど一瞬、健次君の長い髪がふわりと宙を舞い、ぱさりと彼の肩に着地を決めたところだけは見えた。まるで慌てて前を向いたような。


 いや、晶君が言うのだ。

 彼はきっと私を見ていたのだろう。

 そう思うと顔が熱くなる。

 私はきっといま耳まで赤くなっているだろう。


「……ほーんと、君達は似たもの夫婦だねぇ」


 茶化すように湖上さんが言った。

 

「オッさん、耳まで赤くなってら」




 

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CALL MY NAME 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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