椀貸 膳貸


 椀貸、膳貸は、父の父、すなわち祖父の村では、ごく普通に行われていたそうだ。


 父が子どもの頃、村の集会場の道場で、法事や祭で人が多く集まる時は、集いの長が半紙に一筆書いた。


 それを、村から離れた山奥の鍾乳洞の入り口に持っていって、岩で半紙が飛ばないように抑えて置いておくと、翌日、半紙がなくなっていて、代わりに必要な数の椀や膳が置いてあったそうだ。


 白馬が現れた、竜宮城につながっていて乙姫様に会ったなどと、奥深く不気味な鍾乳洞については、まことしやかな村の伝説が語られていた。


 道具を貸すという話は、山間の水辺が舞台になることが多いようだ。


 実際は、山に住みついた流れものが山の衆となって、自分たちの手業で道具を作って、食料や日常雑貨との交換を、対面せずにしていることのようだった。


 流れものの常で、気が荒く、中には山賊のような暮らしをするものもいたそうだ。



 父がまだ小学校に入ったばかりの頃のことだった。


 祭の騒ぎに紛れて、お櫃に残っていためしをお椀にこそっとよそって、誰だかしらないが、そのまま持って帰ってしまったことがあった。


 祭りが終わって、膳を返す段になって、一客足りないと、大騒ぎになった。


 大人たちは、弱り果てて、借りたお椀に似ているものをなんとか探し出した。


 半紙を置きに行って膳を借りてきたものが、返しに行く決まりだった。


 ところが、その者が行くのを渋ったので、誰が返しに行くかひとしきりもめた。


 村に伝わる話では、借りたものを無くしたり、お礼の品を捧げないと、山の衆が暴れこんできて、家の打ち壊しなど、ひどい目に合わされたとのことだった。


 お椀を無くしたのがばれて、山の衆に仕返しされるのを、皆恐れていたのだ。


 結局、いつもより沢山のお礼の品を持たされて、借りてきた者が返しに行った。


 それから半月ほどは、皆、仕返しに備えていきり立っていたが、なにごとも起きなかったので、常の通りにもどっていった。



 椀貸、膳貸は、その後も続けられたが、貸し出される膳が歪んでいたり、椀の高台が割れていたりと、あまり上等なものではなくなっていったらしい。


 腕の立つ者が山を去ったのか、山の衆のささやかな仕返しなのか、それはわからないままだ。


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奥越奇譚 美木間 @mikoma

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