物語は、美しくとても静かに流れていきます。空気や風を感じるような、ものの色や形が見えるような、実に丁寧な描写とともに。
その隅々まで配慮が行き届いた筆致も見事だと感じましたが、特筆すべきは、繊細で鋭く、的確な心理描写です。表現力が高く、こまやかな仕草などがそれをより印象付けています。
亡くなった祖父への愛情、気にかけてくれる少女への感謝の念、木が好きだという想い、それに、自身を卑下する気持ち。本心とは裏腹な言動をしてしまい、後悔する。そんな素直になれない人の苦悩は、ぐっと惹きつけられるセリフとなって、読み手の心に突き刺さってきます。そして迎える感動のラスト。胸が熱くなりました。
木が好きで、大工として就職していたデリクは、職場で苛めに遭い、退職するはめに。幼友達に裏切られ傷心のデリクは、木彫り細工職人の祖父の許で暮らし始める。街を離れ、祖父と共に好きな木に囲まれた暮らしは、彼を少しずつ癒していった。
その祖父が、逝ってしまった。
やがてデリクは、祖父が遺した大量の細工物を、彼の作品を好んでくれた街の人々に配る作業を始めた。その過程で、デリクは一人の少女に出会う。彼女の待つ街へ通ううちに、デリクの気持ちは少しずつ変化していく。
短い物語ですが、木を愛する職人の心、傷ついた青年の成長と友情の再生が、丁寧に描かれています。ひとつとして同じ物のない木の細工に、職人の手の温もりを感じさせるような描写が、素敵でした。
エルカという木がある。
のびやかに、自由に育つ木だ。
木彫り職人だった祖父が愛した木だった。
祖父はエルカの棺の中で眠り、土に還っていった。
祖父の死をきっかけに、青年は久方ぶりに町へ出て人と話す。
仕事仲間に苦しめられた2年と、祖父に守られた2年が過ぎた。
引きこもってきた彼の心は、開き方を思い出せるだろうか。
尻込みしそうな彼の前に、天真爛漫で元気な少女が現れる。
青年の繊細な心の動きが、静かな筆致で描き出されていく。
彼の苦しさが浮き彫りになるが、少女のしなやかさに触れ、
彼の目に映るものが次第に変わっていく様子が鮮やかだ。
力強さを感じさせるラストが印象的だった。
この物語は主人公の衝撃的な体験から始まる。大好きだった木彫り職人の祖父の死である。題名にある「エルカ」は主人公の名前でもヒロインの名前でもなく、祖父が愛した植物だ。
主人公は祖父が残した多くの木彫りの作品を、誰かに大切にしてもらうために譲り渡すことにするのだが、その過程で少女と出会う。
主人公の過去に端を発する友情。そのために内向的で頑なになっていた主人公の心を救ったのは、やはり木彫りという職業だった。少女は主人公を修行に送り出す。
よく「木彫り」に関する本を読んでいると「木彫りの彫刻とは、木から何かを作り出しているわけではなく、木の中に埋まっている物を取り出す作業である」という文章を目にする。主人公の祖父の作業はまさしくこれだったのではないかと思われる。
「さようなら、また会う日まで」というセリフ縛りがある作品だが、その縛りをよく生かしている作品だった思う。
是非、ご一読ください。
そんな言葉が最後にふと思い浮かんだ作品でした。
それほど長くない物語ですが、多民族が共存する西洋的ファンタジー世界の片隅の空気だけでなく、少年少女たちの怒りや悔しさ、無気力、ほのかな思慕といった素直な感情が伝わってきました。物語の展開も過不足がなく、自然で。なんとなく、パステルカラーとか丸みのあるイラストとか、そういう優しいものが似合いそうと勝手ながら思いました。
一人では立ち止まってしまう悩みでも、誰かと一緒なら歩いていけるんですよね。読んだ後には、暖かく柔らかな風が吹き抜けていくような気持ちになりました。
個人的には、デリクとクロのやりとり、とりわけクロがデリクを励ますシーンが好きです。