エピローグ
「かんぱーい!」
煙が立ちこめる店内で景気良くグラスのぶつかる音がした。
肉の焼ける匂いが充満し、食欲を刺激する。
如華は生ビールの中ジョッキを一気に飲み干し、隣の席にまで聞こえるゲップを出すと、勢いよくメニューを覗き込んだ。
「ヨッシャー!肉を食いまくるぞ!にーく!にーく!にーく!」
都内某所の焼肉店「牛牛詰め」にて、千里、如華、犬養の打ち上げが始まったところである。
呼び出しボタンをすと、店員が5秒もせずに注文を取りにきた。
「アタシは和牛特上カルビ5人前、和牛特上ロース5人前と、和牛特上みすじ5人前とー・・・」
「ちょっと、如華ちん。特上ばっかり、しかも5人前って、わんちゃん大丈夫?予算は?」
千里が不安そうに犬養の顔を覗く。千里は奢りと聞いていたのでお金を余り持ってきていなかったのだ。
「心配するな。好きなのを頼むといい。事件解決の褒美だ。」
「だってよ。あっ、生ビールおかわり、急ぎでな。」
如華が通り掛かりの別の店員に声をかけた。
「太っ腹ね。じゃあ、私も遠慮なく。とりあえず、特上ハラミと特上中落ちカルビ、特上牛タンを2人前づつにするわ。わんちゃんは何にする?」
「あっ牛タン忘れてた!アタシも牛タン追加、厚切りで。」
「5人前です?」
店員がまじめな顔で聞くと、如華は親指を立てて答えた。
「俺は、ツラミとマルチョウ、それにレバーを。」
一通り、注文が済むと間髪入れずに如華の生ビールが運ばれてきた。千里は店の対応の早さに感心しながら、ジョッキを如華に回した。
「では、今回の事件解決の立役者、如華ちんから一言どうぞ!」
「はぁ?何を言えってんだよ?」
「ホラ、感想よ。悪者を捕まえた。」
「感想?んー・・・、そりゃ、ま、それなりに気分が良いよ。」
如華は一口でジョッキを半分にした。
「えー、それだけ?つまんなーい。如華ちんらしい、もっと、激しいの頂戴よぉー。」
千里が如華の肩をつつく。
如華は少しはにかみながらジョッキを置くと、炭火を見つめた。
「いや、何というか、実はさ。今は自分の感情に驚いている所なんだよ。・・・実感したんだ。念力の能力が役に立ったこと。自分に備わった意味がやっと分かったと言うか、見いだしたと言うかさ。とにかく、目が覚めたって感じで、今回の件で念力にしっくりしたのは間違いない。正直、嫌っていた念力の能力が、やっと少し好きになれた気がするよ。」
千里は目頭が熱くなるのを感じだ。
「もう!何よ如華ちん。急にしんみりさせないでよ!はい!もう一度カンパイしよ!はい!念力にかんぱーい!」
「何だよそれ?」
「良いから!念力にかんぱーい!ほらー!わんちゃんも!さ、早く!」
嫌々感を隠さずに犬養がグラスを持つ。
再度乾杯する席に、店員が両手一杯の生肉を運んできた。
「お待たせいたしました。特上カルビ、特上ロース、特上ハラミ、特上牛タン、ツラミになります。」
「ヤッホー、きたきた。肉食うぞー!何ヶ月ぶりの牛肉だ?アタシ?」
テンションが上がる如華。ビルの屋上住まいで牛肉はかなりの贅沢品だったのである。何か特別な金を手にしない限り、チェーン店の牛丼が精一杯だったのだ。
如華の様子を見て再び涙ぐむ千里であった。
「よし!私が焼いてあげるから!いっぱい、いっーぱい、食べてね。」
箸で運ばれる最初の肉に注目が集まる。肉の焼ける音に耳を澄ます一同。皆、焼肉の醍醐味を心得ていた。
「如華ちん。特上カルビ焼けたわ。はい、召し上がれ。」
「んーーーーまっ!口の中で肉がとろける-!」
と、感無量の如華。
「はい。わんちゃんツラミをどうぞ!ハラミはわたしっと!」
焼肉奉行千里がどんどん肉を裁いていく。
「そう言えばわんちゃん、あの兄弟はどうする事になったの?」
犬養は口の中にあるツラミを焼酎で流し込み、ゆっくりと口を開いた。
「ああ、実は逮捕後の報告を兼ねて今日は集まって貰ったんだ。」
我蛭兄弟は再逮捕後、起訴、裁判まで24時間厳重監視の措置の特別拘置所にて身柄を拘束となった。
始め、兄の優一は証拠不十分で不起訴になるところであった。
犬養は取り調べで我蛭優一の弱点を突き、自白に追い込んだのである。
兄の弱点、それは弟の良二であった。
弟の罪の重さは凄まじかった。山小屋から少し離れた場所で埋められたばかりの痩せ細った女の死体を発見した。如華の前に檻に入れられていた女性だ。更に、その周囲から女性のものと思われる大量の人骨が掘り起こされた。数年に渡って行われてきた拉致監禁殺人が発覚したのである。そして、如華と山へやって来たパンク男の死体も見つけ、良二の指紋が採取された。
会話もままならなく善悪の判断が曖昧な事から精神鑑定をするとは言え、残虐性の高い大量殺人の罪で良二の死刑は確実であった。つまり、弟が死刑になることを武器に兄を揺さぶったのである。
犬養は弟より兄の優一の危険性を優先させる事にした。
兄の殺人能力をこれ以上社会で野放しにする事は出来ない。かと言って、軽犯罪で裁いても初犯の兄は執行猶予付きで処理されてしまうだろう。更に言うと、刑務所送りに出来たとしても、念力ですぐ脱獄するのが関の山だ。そして、死刑の弟を助けるために行動を起こすはずである。
この厄介な性格と能力の犯罪者を大人しくさせる為に、犬養は一つ、策を講じた。
弟を人質として、兄を檻に入れると言う苦肉の策を。
弟の死刑を免除する変わり、兄の自白で無期懲役の刑期で監獄入りを求めたのだ。
弟の場合、精神科閉鎖病棟送りにし、倫理範囲内での薬漬けで借力の能力は対処できると踏んだのである。
犬養は弟を監禁状態で生かす代わりに、兄に自ら檻に入る様に仕向けたのだった。
その提案を、優一が思いのほかあっさりと受け入れた。
母親とその彼氏殺し、安藤美玖殺人未遂、そして、弟の犯した凶行の共犯者として罪を半分被る事で、事件解決となったのである。
「へぇー。意外ね。ホントに刑務所で大人しくするのかしら?」
千里が牛タンを裏返しながら言った。
「予知能力があるわけではないから分からないが、心を読む限り弟を思う気持ちに裏はなかった。弟を人質として生かしている間は大人しく檻の中にいるだろう。念の為、24時間監視体制を敷く予定だ。」
「腑に落ちないけど、超能力犯罪者にはそのやり方が最善の対策なのかもね。」
「で?あいつは何で人殺しなんかしてたんだよ?」
如華が言った。
「そうね。動機は?」
「そうだな。本人の口からは詳しい動機は聞きだせなかったが、心を読んだところ、母親が原因で犯行に及んだって所だ。母親は身体を売って生活しており、生活苦のストレスから、望まず出来た子供に対して暴力をふるっていたらしい。弟の知的障害も後天的なもので、虐待が原因だと兄は言っていた。」
「虐待・・・」
千里が痛ましい顔を見せる。
「全身の傷はそのせいか・・・」
如華は我蛭兄の身体を思い出していた。身体中にあった痛ましい傷の数々、そして、仰々しい形になっていた生殖器の事を。
アレが全て母親からの虐待による傷だとすると、悲惨と言う言葉では片付けられない子供時代だったのだろう。
「母親は殴る度、ハッピーか聞き、ハッピーと答えないともっとひどい目に合ったという。出会い系のハンドルネーム『ハッピーマン』は恐らくそこからきている。」
「つまり、母親の様に身体を売る女性を狙っていたワケね。」
「そうだ。事故に見せかけひっそりと汚れた女を間引き、自分達と同じ様な不幸な子供を増やさない事をライフワークとしていたと自白した。しかし、そっちの件は自白があったとしても立証出来ないとし、無罪になる見込みだ。」
「サッサと、能力者に対する法と罰を作れば良いじゃねぇかよ。」
如華が肉を口いっぱいに頬張りながら言う。
「まぁ、それが出来れば苦労しないわね。科学的に証明出来ないと、罪と認められない今の日本じゃ、そう簡単にいかないわよ。」
網の上でマルチョウの脂が溶け、炭に落ち始めた。その一滴ごとに炎があがる。
「それがな、その方面でも少し進展があったんだ。」
「え?」
犬養は勢いよく燃え上がるマルチョウを、箸で転がしながら続けた。
「警視庁で不能犯対策課なるものが発足される事になったのだ。今回、多くの警官が、街で暴れた兄弟やお前達の能力を目の当たりにしたからな。当然の流れと言っても良いのだが。その課は公安の連中が多くを占めるらしいのだが、俺もそこに誘われている。」
千里は予想外の展開に思考も行動も止まってしまった。
「エビチリ、そのハラミ焦げてるぜ。」
「わわっ!」
千里が慌てて焦げた肉を皿に取ると、焼肉のタレが「ジュウー・・・」と鳴いた。
「それって、スゴイ進展じゃない!」
「ああ。過去の未解決事件や現在の怪事件などを、超能力の観点から洗い出し、解決に導くのが新しい課の業務となる。そこでだが、その不能犯対策課に特別捜査官としてお前達を推薦したいのだが、どうだ?」
「いいぜ。やるやる。面白そうじゃん。」
如華が食い気味に色よい返事をした。
「えっ?ちょっと待ってよ、如華ちん。急展開な話しに、私、ついていけてないんだけど。面白そうってだけで引き受けるには早計よ。確かに、今回は捜査に協力して楽しかったけど。私の本業は探し屋だし。捜査に時間とられて仕事に支障を来すと、死活問題になるじゃない。如華ちんと言う従業員にお給金も払う立場なんだから。そっちの捜査に協力して、焼肉奢って貰ったとしても、生きていけないわ。そりゃ、焼肉は有り難いんだけど。」
「つまり、うちのボスは金次第って言ってますぜ?あっお姉さん!生おかわりー!」
如華がジョッキを空にする。
「その心配は無用だ。きちんと捜査費から謝礼金として支払うようになるだろう。時給か、固定給か、解決毎の歩合制かは、追々考えるとしてだな。不能犯罪が常にあるわけではない。我々警察も事件が発覚してから他の部署から不能犯対策課に集まる手順になる。だから、お前達も普段は通常業務にあたり、事件が起こると招集されると思っていてくれ。」
「今回みたいな捜査協力をするのね。それなら、問題ないわ。・・・だったら、1件解決毎の歩合でプラス拘束費を時給制にして貰いたいな。」
「分かった。話を通してみる。」
千里と犬養が数秒間、見つめ合い、合意を確かめあった。
「じゃ、決まりで良いんだな?面白くなって来やがったぜ!悪い奴らをじゃんじゃん捕まえてやろうぜ!」
「そうね!わんちゃんが事件を洗い出し、私が犯人を探し出し、如華ちんが捕まえる!最高のチームの誕生ね!そう、名前は特捜Eチームなんてどう?エスパーのE!」
「ダサいな。それだったらさ、特捜野郎Eチームにしようぜ。」
「野郎って、私たち女子よ。」
「別にそこはいーじゃん。語呂がいいだろ?」
「お待たせいたしました。生ビールです。」店員が如華にジョッキを手渡しする。
「じゃあさ、新しいチームの船出を祝って乾杯しようぜ!」
如華がジョッキ片手に立ち上がる。
「良いわね!」
千里もノリで立ち上がった。
「いや、立つと換気フードが邪魔じゃないか?」
「もう!ノリが悪いわね。いいから立ちなさいよ!」
犬養は少し照れ臭そうな笑顔を見せながら、仕方なく立ち上がる。
「では、不能犯対策課、特捜野郎Eチームの船出を祝って!」
「せーの!」
完
目覚める森の美女 素手勇 @statham
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます