第27話 目覚める森の美女 11
「おいおい、マジかよ。嘘だろ?」
有馬如華は目を疑った。
パトカーはひっくり返り、路地木はなぎ倒され、自転車やガラスの破片、石などの色んな物が勢い良く飛び交う光景が目に飛び込んできたのだ。
それはまるで巨大な竜巻が吹き荒れる惨状そのままだった。
「やりたい放題じゃねーかよ。」
我蛭兄弟脱走の一報を受けた如華と千里が、急いで駅から現場へ駆けつけると、兄弟が警察署前で大暴れしている最中だったのである。
それに対し警察官達はと言うと、防弾盾を装備して兄弟を取り囲むのが精一杯と言った感じに見えた。目の前で起こる怪現象に誰もがついていけない様である。
竜巻級の超能力で暴れる兄弟の前で、武器の使用許可が曖昧な日本警察では仕方ないとは言え、多勢の成人男性がなすすべ無く、じりじりと後ろへ下がる姿は情け無く見えた。
超能力者を取り押さえるのに今の警察では何の役にも立たないと言うことが実証されたのである。
如華はこの状況に少し違和感を感じた。
圧倒的な力の差があり、何故、未だこの警察署前にいるのか?
警察の包囲網は簡単に突破できそうに見えるのに。
兎に角、如華は千里と2人で何とかしなきゃいけないことを理解した。
「どーする?エビチリ?」
如華の何気ない問いかけに、千里がお手上げのジェスチャーを示した。
「どーするったって、私は探し専門だからさぁ。あれは、手に負えないわよ。大の大人の男共が取り押さえられないんなら、か弱い女性は盾の後ろで見学するほかないでしょ?」
確かに、と如華は思った。同じ超能力と言っても千里では畑が違う。そうなると、自分だ頼みの綱なのだ。
如華が真剣な眼差しになる。
「あの、暴走を一時的にでも止めれば、警官が取り押さえてくれるんだよな?」
「そうだろうけど。いくら何でも、如華ちん1人じゃ厳しくない?」
千里が不安な顔を見せた。
いくら如華が念力を使えるといっても、10年ぶりに覚醒したもので使い熟せるとはお世辞にも言えないからである。
「大丈夫だよ。アタシに考えがあるから。誰か、逮捕用のロープ持ってない?」
「ロープでどうするの?」
千里の顔がますます曇っていく。
「悪者を縛り上げるに決まってんだろ?」
如華は飛び切りのドヤ顔で応えた。
如華には自信のある特技が一つあった。
紐を自由自在に操れるのだ。
子供の頃あやとりにはまり、紐の魅力に惹かれて以来、毛糸の編み物から漁師の網編み、ロープワーク、ローピングなど、ロープを使う事柄は一通り極めていた。
近年は紐好きが転じ、SM倶楽部のS嬢としてバイトがてらに客を縛り上げていた。その時に、捕縄術と言うのがあるのを知り、独学で勉強し、様々な緊縛の仕方をマスターしていた。
如華はロープの強度を確かめながら、包囲網の隙間から兄弟を観察した。
我蛭弟の怪力パワーが倍増しているのがひしひしと伝わってくる。山小屋の時とは比べものにならない位、活き活きとしていた。
車をいとも簡単にひっくり返すし、原付バイクを軽々と放り投げるのだ。恐らく兄が近くにいるからだろう。
兄もまた、弟がそばにいる為、護ろうとする想いから100%以上の能力を発揮していそうだった。
と言うことは、最高のパフォーマンスをする我蛭兄弟を、如華1人で相手しなければならないのであった。
「やってやるよ!」
如華は奥底から湧き上がる責任感を勇気に変え、盾の隙間から身を乗り出した。
視線が如華に集まる。
我蛭兄弟の4つの目が獲物をとらえた。
「何やってるんだ!君!危ない!下がりなさい!」
誰かの声と同時に、如華に向かって物が飛んできた。
如華は自転車をヒラリとジャンプでかわした。
飛んでくると分かっていればかわすのはさほど難しくない。
当たりさえしなければ何が飛んでこようと問題はない。
如華は意外なほどに冷静だった。
「あぶない!」
千里の声が響く。
しかし、如華はその声の出所の対処も万全であった。
ガラスが如華の喉元寸前で宙に浮いて止まっている。
我蛭兄が念力でガラスの破片を投げつけたのだ。
だがそれを、如華が念力で止めたのである。
如華の能力に周りがざわつき始める。目の前で起こっている攻防が信じられないと言った感じである。
如華の頭は冴え渡っていた。
誰もが驚く派手な超能力とは言え、この兄弟は物を投げるだけの単純な攻撃なのだ。
ケンカはパニックになった方が負け。はったりにビビらない事で対等に持ち込める。まず、精神の闘いに勝つのだ。
とは言え、2対1では分が悪い。
「いいから、早く!」
「ちょっと、蛯名さん!やめてください!」
「男でしょ!」
「わーーー!」
その時、包囲している盾が1つ、押し出されるように前へ飛び出す。どうやら、千里が蹴り出した様だ。
「さぁ、蜂谷君!頑張って!」
「ホント、強引なんだもんなぁ。」
と、ブツクサ言っている男の顔に如華は覚えがあった。
山小屋で我蛭弟を投げ飛ばした奴だと気付く。
そう言えば客船では我蛭兄も投げたとか。
生身であの兄弟の両方に1度勝っている男だ。頼もしい。
これで、2対2だ。
如華は蜂谷に歩み寄った。
「デカい方は任せるから。」
「任せるって簡単に言われても。超人ハルクみたいになっちゃってるじゃないですか?山小屋の時と同じワケにはいきませんよ!」
「とにかく、アタシが兄の方を片付けるまで時間稼ぎして。」
「・・・ふぅ。かしこまりましたよ。」
蜂谷はブツクサ言いながらも、少し男の顔付きになる。
「誰が誰を片付けるって?」
我蛭兄が如華に対峙する。
面と向かっても、如華に心の動揺はない。
失恋は吹っ切れた様だ。
「正義の味方のアタシが、クソ犯罪者のアンタを、ボコボコにしてとっ捕まえてやるっつってんだよ!」
そう言って、如華は念力でガラスの破片を我蛭兄に向かって飛ばした。
「阿婆擦れが吠えるな。」
我蛭兄が指を鳴らすとガラスが空中で砕け散った。
ここに、闘いのゴングが打ち鳴らされたのである。
警察の盾で包囲されたリング内で、2対2の闘いが始まった。
我蛭兄を中心に落ちていた複数の物が浮かび上がる。
石やレンガと言った類いだ。
如華はいきなりピンチを迎えることになった。如華が自由に動かせるのは、今の所1つだけなのである。
「誰か、盾をちょうだい!」
後ろへ叫ぶと同時に、様々な物が如華に襲いかかった。
寸前のところで盾を受け取り、石の集中砲火から避難した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
盾への衝撃で足元がふらつき、如華は尻餅をついてしまった。
慌てて立ち上がり臨戦態勢をとる。
思った以上の振動で手がしびれていた。
我蛭兄に視線を戻すと、人差し指を上に向けていた。
その方へ目をやると、無数のガラスが氷柱のように宙に浮いていた。
フィンガースナップの音が鳴り、ガラスが如華に向かって一気に降り注いだ。
慌てて、盾を空に向ける。
ガシャッガシャッガシャッガシャッガシャッガシャッガシャッーンッ!!
ガラスの集中豪雨を受けている途中で、我蛭兄の動きを目が捉えた。
第3弾の発動だ。
両手を上に向けた無防備な態勢の如華へ、再び石の集中砲火をあびせようと言う訳なのである。
ガラスの集中豪雨が終わるまでは盾を手放せない。
如華は咄嗟に念力を使い、ロープであやとりのダイヤモンドを作り出した。ロープで盾を作ったのである。
石がロープに当たり跳ね返る。
2、3個はロープの間を通過したが急所は免れた。
「ちっ、これじゃ防戦一方だ。この距離じゃ分が悪い。」
如華と我蛭兄では念力の射程距離に圧倒的な差があった。経験や性質上の差である。遠距離戦では圧倒的に不利なことを思い知らされた。
如華は危険を承知で距離を徐々に詰めていくことにした。
一方、蜂谷VS我蛭弟はというと、蜂谷もまた距離に悩まされていた。捕まると一巻の終わりな事は誰もが気付いていた。
しかし、柔道で対抗する蜂谷の距離は至近距離なのだ。
さらに、我蛭弟は蜂谷に投げられた事を覚えているらしく、距離をつめさせない様にしていた。
原付バイクや自転車をじゃんじゃん放り投げてくるのである。
蜂谷は軽快な動きでそれをかわし、間合いを詰めていった。
捕まらない距離を保ちながら、追い詰めていく。
我蛭弟は本能的に後ろに下がっていった。
投げ飛ばされたことに多少なりと恐怖を覚えているに違いない。
蜂谷は、この調子なら、しばらくは時間稼ぎが出来ると、如華の方へ目を向ける。苦戦中なのを見て取り、呟いた。
「早めに、決着をつけて下さいよ。」
如華は左手に盾を持ち、右手でカウボーイの様に投げ縄を回しながら我蛭兄との距離を縮めていった。
如華の念力が発揮出来る距離になったとき、おのずと我蛭兄の念力も力が増すことになる。
石つぶての強さが増し、盾を持っていられない程の衝撃に変わっていった。
それでも、前に出て自分の攻撃距離まで詰め寄っていく。
すると、いきなり目の前でマンホールが浮かび上がった。
我蛭兄が攻撃道具を変えたのだ。
如華の顔色が変わる。流石に、あの重量の物をぶつけられるとなると怪我だけじゃ済まないだろう。
「くらえ!」
如華は慌てて先手を打った。投げ出された投げ縄が綺麗な輪を作って我蛭兄へ襲いかかる。
しかし、投げ縄が我蛭兄に届くことはなかった。1メートル手前で地面にへたれ込んでしまった。
何故なら如華が、マンホールの襲撃でリング外まで吹っ飛ばされてしまったからである。
「イッーーーーーーーーッ・・・・・・・」
如華は痛すぎて息が出来なかった。
みぞおちをやられたのである。
マンホールが盾をへし折り、腹部を切断する勢いで突き当たり、46㎏の身体を5メートル程吹っ飛ばしたのだ。
落ちた先が人の上だったのが如華にとっては救いだった。堅いアスファルトの上だったらどこかしら骨折していたに違いない。下敷きになった人は気の毒なのだが。
周囲の心配する声が、痛みで如華の耳には届かなかった。
「如華ちん!大丈夫!」
千里が慌てて駆け寄った。
如華は苦痛の顔で応えた。
「もう、無茶しないで!あの兄弟に真っ向勝負じゃかなわないわ!今に、警察が何か対抗策をとるわ!どうせ何処にも逃げられないんだし。逃げたところでアタシがすぐ見つけてやるわよ!だから、如華ちん、もうやめときましょう!」
「・・・・・・なっ、ふざっ・・け・・・んなっ。」
如華がゆっくり立ち上がる。
「ふざっ・・ふざけんなよ、エビチリ。アタシはケンカで負けた事は1度もないんだ!1度始めたケンカ、決着つくまでやめる気はねぇからな!」
如華はそう言って我蛭兄を睨み付けた。
我蛭兄の視線がズレているのに気が付く。
我蛭兄は千里に殺意のある眼差しを向けていた。
「見つけたぞ。」
如華は我蛭兄の口の動きを読み取り、ハッとした。
最初に感じた違和感の意味が分かったのだ。
兄弟が直ぐに逃げずに、わざわざ派手に暴れた訳が。
我蛭兄は最初から千里が目当てだったのである。
警察関係者に追跡能力者がいると知っていたため、先ずそれを排除してから逃げ切る予定だったのだ。
だから、あえて派手に暴れて、千里をおびき寄せたと訳だった。
つまり、狙いは千里の命なのである。
我蛭兄が千里めがけて歩き出す。
如華は千里を隠すように前に立ち塞がった。
「千里、どっかに退いていろ。奴の狙いは千里、アンタだ。」
「えっ?」
我蛭兄の歩行速度が徐々に早くなる。
途中でマンホールがふわりと浮かび上がった。
我蛭兄はマンホールを頭の高さまで浮き上げると、マンホールの底面で人差し指を回し、皿回しのように回転させ始めた。
如華は近くの警官から新たにロープを奪い取った。
そして、ロープで素早くハンモックの様なネットを編み込んだ。
我蛭兄の指が止まる。
マンホールの回転が限界に達しつつあった。
唸り音が、周囲を威圧する。
まるで、丸鋸だと如華は思った。
あんな凄まじい回転力のついたマンホールだと、身体を真っ二つにされかねない。
誰もが同じ想像をし、顔が青ざめ、硬直していた。
如華以外は。
我蛭兄が自分の射程内で歩みを止めた。
いよいよ、発射準備オーライなのだろう。
如華がバリアを張る様に、念力でネットを広げた。
「馬鹿が。そんなもので、これを止められると思ってるとはな。」
我蛭兄が呆れ顔で、ピッチャーの様に指を振りかぶった。
「バカはお前だ。」
そう言うと、如華はネットから念力を抜いた。
ロープのネットが地面に崩れ落ちる。
「!?」
我蛭兄の動きが一呼吸分止まった。
「みんな!頭を下げてろーーー!!」
如華が叫ぶ。
それと同時に、我蛭兄の両足に背後からロープが絡みついた。
如華はマンホールで吹っ飛ばされたときに落としてしまったロープを、密かに動かしていたのだ。
我蛭兄は急に足をとられてバランスを失い、顔面から倒れ込み、手をマンホールから地面へ移す羽目になった。
そのせいで、マンホールが当て所なく暴発してしまった。
幸い、ひと気の無い方へ飛んでいく事となる。
マンホールは唸りをあげながらパトカーを真っ二つに切り裂き、その先のコンクリート壁に突き刺さって数回転した後、落ち着いた。
皆が呆気にとられてる間、如華は一目散に我蛭兄へと駆け寄った。
我蛭兄が足に絡みついたロープを外そうと藻掻いている。
「おかえしだ!」
と如華が我蛭兄の顔面を蹴り上げた。
血しぶきが舞う。
そして、倒れている際に、余りのロープで素早く手と腕を後ろ手に縛り、完全に身動きがとれない様に身体全体を縛り上げた。
「いっちょ上がり。」
如華は口笛を吹き、余裕ぶった皮肉な笑顔を我蛭兄に見せつけた。
「グォオオオオオオオオオオオオオオー!!!」
突然、飛行機が落ちてきたかの様な音が辺りを劈いた。
我蛭弟だ。
兄の囚われの姿を見て、キレたのである。
我蛭弟は近くの電信柱を力任せにもぎ取った。それから、脇目もふらず、電信柱で邪魔者を排除しながら如華の方へ、もとい、兄の方へ向かって行った。
その凄まじい突進力の前に蜂谷は勿論、多数の警官達はされるがままに、ボーリングのピンの様にはじき飛ばされてしまう。
「ぎゃん!」
「如華ちん!逃げてー!」
千里の悲鳴が何所からか聞こえる。
しかし、如華は前に出た。
「良二!俺を運べ!」
「ゴオオオオオオー!」
我蛭弟がホームランバッターさながら電信柱を振りかぶる。
「誰がここで、逃がすかよ!」
如華は身体の前で手を素早く細やかに動かした。
すると、電信柱にぶら下がっていた電線が生き物のごとく我蛭弟の身体に巻き付いたのである。
電信柱ごと身体を拘束された我蛭弟はその場に転がり、身動き一つ出来なくなった。
電線を引き千切ろうと幾度となく足掻いていたが、我蛭弟の怪力と言えど、電線を切るのは無理のようである。
「捕縛完了!」
如華は我蛭弟に片脚を乗せて、息巻いた。
「うわぁー!」
背後で警官達のどよめきが起こる。
「今度は何?」と如華が視線の集まる方へ顔を向けると、
我蛭兄が宙に浮かんでいた。
念力で自分を浮かせたのである。
弟までも如華に封じられ、二進も三進もいかなくなり、単独で空を飛び逃げるつもりなのだ。
「それも、想定内さ。」
如華は冷静沈着であった。
ロープで作ったネットを投網の如く操り、宙に浮かぶ我蛭兄をいとも簡単に捕獲してしまった。
「アタシはここまでだから。後はポリさんヨロシク。あっ、刃物とかガラスとか、ロープが切れそうなものは近くに無い状態にしろよ。」
如華は兄弟が逃げられない事を確認すると、警察にバトンタッチした。
「如華ちん!」
千里が駆け寄り、如華に飛び付きハグをする。
「スゴイ!格好良かったわ!」
「ああ・・・、悪いエビチリ。ちょっとそのまま抱きついてて・・・」
如華は千里にもたれかかった。
念力を使いすぎて、体力の限界を超えていたのだ。
「ちょっと、大丈夫?如華ちん?」
如華は返事も出来ずに、そのまま千里の胸で眠ってしまっていた。
「お疲れ様。」
千里はそう囁き、如華を優しく抱きしめた。
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