8 それからのこと

「それで結局、金神の祟りは、サナさんが栞さんを怖がらせようとして吐いた嘘だった、ってことですよね」


 帰りの車の中、僕は後部座席に声をかける。


「で、呪詛のくだりは、先輩が、サナさんを懲らしめようと吐いた嘘」


 つまり、超常的なモノなど、一切なかったってことだ。


「よーするに、クソチャラ眼鏡が全部悪いねん」


 表情は見えないが、先輩の声は不服げだった。


「まあ、そうですね。何が原因で彼女と別れたか知りませんけど、僕もアイツが悪いと思います。ええ、間違いなく」


 ふたりとも、あの男に関わりさえしなけりゃ、ずっと仲のいい友達でいられたかもしれないのに。

 しかもアイツには、なんの悪意もないのが、ムカつくんだよな。


「いっそ、アイツを呪ったろか」

「……僕は何も聞かなかったことにするので、お好きにどうぞ」


 先輩は少し考え込むように黙ったあと、ぼそりと呟く。


「……ま、パーィーまでは勘弁しといたる」


 女子大生との合コン。

 先輩を溺愛する、怖ーい保護者サマに邪魔されず、レッツパーリィーなんて、果たして出来るのだろうか、と思うが、とりあえず黙っておこう。


「そういえば、金神がいないことになっちゃうんなら、歳徳神もいないことになって、恵方もなくなっちゃいませんか?」


 話題を変え、ふと気になったことを尋ねると、先輩も声のトーンを変えた。


「迷信も占いも、エエモンだけ信じとったらエエんや。その方が、毎日ハッピーやろ」

「いいんですか、そんなんで」

「エエねんエエねん。『吉凶は人によりて日によらず』って兼好法師もゆうとるやろ。暦の吉凶より、自分の行いの良し悪しのが大事なんやて」

「先輩、吉田兼好、好きなんですか? 前にも『徒然草』がどうのって――」

「卒論に使うたから、覚えとるだけや。それよか、オレ腹減ったわ」


 確かに、もう二時近くになるのに、何も食べていなかった。

 水分補給しただけだ。

 祟りは嘘でも、お経は真面目に上げてたワケだし、先輩、僕よりずっと疲れてるだろうな。


「どこかで何か食べていきますか?」

「そうしたいとこやけど、うっかり僧衣汚してもうたら面倒やからなぁ。なんぼポリエステルゆうても、絶対イヤミいわれるに決まっとるし」

「じゃあ、急いで帰りましょう。先輩、早くゴハン食べたかったら、人のマンガ勝手に読んでないで、真面目にナビして下さい。僕、この辺、不慣れですから」

「へえへえ。ほな、裏道じゃんじゃん行こか。次の次の次の信号を左や」

「えっ、ちょっと待って下さい。次の次じゃなく、そのさらに次ですね」


 僕は、朝通ってきた大通りを離れ、見知らぬ道を走り始める。

 ただ、先輩の言葉だけを信じて――。


        *


 それから、約ひと月後。

 僕は例のごとく、何の前触れもなく押しかけてきたアイツから、新しい彼女が出来たという話を聞いた。

 栞さんとは、あのあとすぐに別れてしまったらしい。


「はぁっ? なんでっ? 栞さんと一緒に危機を乗り越えて、よりいっそう愛が深まったりとかしなかったのか?」

「ああ、吊り橋効果的な感じで? でも、そのドキドキはごく一時的なもので、それを長続きさせるのってすごく難しいらしいよ」


 などと、屈託のない笑顔でぬかすのを見て、やっぱコイツは先輩に呪って貰わなきゃとダメだ、と心から思った。


 そして、先輩待望の合コン、もとい、祟り解消おめでとパーィーは――急に女の子たちの都合が悪くなったとかで、ヤツの友達の野郎ばかりが集まり盛大に開かれたそうだ。

 お気の毒さま。

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7-seven- 一視信乃 @prunelle

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